第2話:好きで書いてるわけではなくて仕方なくです

「好きでエロを書いてるわけではなくて、仕方なく書いてるのです」

「え? そうなの?」


 きょとんとする俺に、堅田かただが説明してくれた。

 WEB小説を書いていたけれど、全然人気が出ない。そんな時に、エロを入れたら人気が出るらしいという話をSNSから仕入れた。

 そこでえっちぃ小説を書き始めたらしい。


 そうなのか。

 やっぱり堅田さんって真面目なんだ。

 さっき変態かと思って悪かったな。


「……で、書いてはみたんですけど、ちゃんと書けてるかイマイチ自信がないんです」


 いや。素晴らしく良く書けてるよ。

 俺の下半身を熱くさせるくらいに。


 だけどそんなセクハラオヤジみたいなことを、クラスメイトの女子に言うわけにはいかない。


「ちゃんと書けてると思うぞ!」

「そうですか。ありがとうございます! よし、メモメモ!『ちゃんと、書けてるぞ』と」


 ポケットから小さなメモ帳を取り出して、メモをし始めたよ。

 そんなこと、いちいちメモしなくても大丈夫だろ?


「経験豊富な御堂君がそう言うなら安心しました」

「いや、俺は別に経験豊富でもなんでもない。未経験なら豊富だけどな」

「謙遜しなくてもいいです」


 後半のボケをスルーするのはやめてくれ。

 『未経験が豊富ってなんですかぁー?』ってツッコんで欲しかった。

 いや、コミュ障女子にそれを求めるのは酷というものか。


 そして俺の言葉は謙遜なんかじゃない。

 俺は正真正銘の童貞だし、キスもしたことない。

 なんなら女の子と手を繋いだこともない。(幼稚園時代除く)


 しかし俺は学校でリア充の友達といつも一緒にいるせいで、女性経験豊富だと誤解されている。


「謙遜はしてないけど……まあ事情はわかった。それにしても創作って大変なんだな」


 小説なんて書いたことないし、ましてや素人作家が人気取りのために努力してるなんて初めて知った。


 それにしても……めっちゃ真面目で堅物だと思ってた堅田が、エッチな小説を書くなんて意外すぎる。


「あの……とは言え、こんなの書いてる女の子なんて、さすがに御堂くんはドン引きですよね?」


 正直に言ってドン引きだけど。

 堅田はメガネの奥で、うるうると泣きそうな目をしてる。


 こんな近くで顔を見るのは初めてだ。

 彼女は地味だしクラスではいつもうつむいてるから気がつかなかったけど……


 よく見たら、この子結構可愛いじゃん。

 こんな子を泣かせるのは罪悪感がある。


「別に……普通でしょ。男だって女だって、色々とエロい妄想するもの……だよな。まして堅田さんは創作のためなんだから」

「ホントにそう思いますか?」


 堅田は少し明るい顔になった。


「ああ。ホントにそう思う。それどころか頑張ってて凄いと思うよ」

「やった……」


 なぜかガッツポーズしてる。

 いや、喜びすぎじゃね?


「そうですよね。御堂君が言うように、エロは正義ですよね」


 そこまでは言ってないわい!


「よし、御堂君の名言をメモしときます。『エロは正義』と」


 堅田はまたメモしてる。

 それだとまるで俺がエロの権化ごんげみたいに見えるからやめてほしい。


「だから俺は言ってねえって!」

「あ、でも……」

「ん? どうした?」

「こんな小説を私が書いてることは、学校では絶対に内緒にしてほしいです……」

「あ、おう。わかった」


 そりゃそうだよな。

 こんなこと他の人に言うつもりはない。


「ありがとうございます。御堂君は口止めを承諾する代わりに、私の身体を要求するのですよね……?」

「そんなことしないから!」


 いや、俺、鬼畜かよ?


「あ……そうですよね」


 変なことを言ったと気づいた堅田は、真っ赤な顏でもじもじしてる。

 両腕を前で絞るようにするもんだから、大きな胸がさらに盛り上がって目の毒だ。


「安心しろ。元から他人に言いふらすつもりはないから」

「あ……はい」


 よっぽど恥ずかしかったんだろう。

 頭の上から湯気が出るくらい真っ赤になって汗ばんでいる。眼鏡が曇りだした。


 堅田は眼鏡を外して、ワンピースの袖でゴシゴシ擦る。そしてかけ直すため顔を上げた時に目が合った。


 ──なんだこれ。めっちゃ可愛い。


 目はぱっちりしてるし鼻筋が通った小顔。

 この子、結構どころかめちゃくちゃ可愛かった。


 地味でオタクかと思ってたけど、これだけ可愛けりゃ、そりゃ経験済みだとしても不思議じゃない。


「そっか。堅田って、実は経験豊富だったんだな……」

「いえ……私、そんな経験はまったくないです」

「え? マジ?」

「はい。男性とお付き合いしたことも、手を握ったこともないのです」


 うわ。めっちゃしゅんとしちゃった。

 なんか悪いこと言っちゃったな……

 まあ俺だって同じく経験皆無だけど。


「ということは、さっきの小説は……」

「はい。完全に想像の世界です」


 そっか……想像の世界なのか。


「あ、そうだ御堂君。相談があります」

「なに?」


 堅田が口を開こうとしたその時、お店のドアが開いて母が買い物から帰って来た。

 それで堅田は口をつぐんでしまった。


「母さんが帰って来たから、今日はもう俺はお役御免だ。なんなら外で話の続きを聞くけど?」

「あ、はいっ。ぜひお願いします!」


 ぴょこんとぎごちない動作で頭を下げている。

 やっぱ真面目だなこの子。


 俺は母に「今日はもう上がるよ」とひと声かけて、堅田と一緒に店を出た。


 それにしても──相談ってなんだろう?

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