第3話:今日は親はいません……って? え?

 店から表に出ると堅田かただが言った。


「あの……こんな人通りの多いところで相談するのもなんなので……私の家に来ませんか? 歩いて行けるところなのです」


 確かに店の前は往来する人が多かった。

 でもいきなり女子の家に?

 俺が?


「おうちの人は?」

「今日は親はいません」

「あ、ああ。わかった」


 何げなく答えたけど。

 実は鼓動が激しく跳ねた。


 あんなエッチな妄想をする女の子の家に行くなんて。

 しかも家には親はいないって?


 そりゃ、ドキドキするなって方が無理ゲーだ。


 彼女の家に向かって歩く間、しばらく二人とも無言だった。


 元々堅田って、学校で見てても喋るのは得意ではないコミュ障だ。

 そんな子が大して親しくもない男子に相談ごとをする。なかなか言い出せないのも無理もない。


 俺も彼女が何を言い出すのかドキドキしながら、何を言ったらいいのかわからない。


 俺も元々人と話すのは苦手で、中学の時までは完全な陰キャだった。

 だけど俺は高校に入るにあたって、陽キャになりたいと思った。

 そこで大阪に住む従姉弟いとこに相談してアドバイスをもらった。


 それが──


『ボケるな。ツッコめ』

 だった。

 けだし名言である。


 それだけでも一見会話に参加してるように見えるからと従姉弟は言った。


 ボケるには高度な技術が必要だけど、「なんでやねん」といった簡易なツッコミなら、すぐにマスターできる。

 ツッコミも高度な技術もあるが、それは上級者になってからでいいと教わった。


 そして俺は高校に進学する前の春休みに、熱心にツッコミの練習をたした。

 その甲斐あって、俺は今高校ではまあまあ会話に参加できて陽キャだと思われている。


 つまり俺は『ニセ陽キャ』なのだ。


 だけど所詮はニセ陽キャ。相手が喋ってくれないことには、なかなか会話が盛り上がらない。


「あ、御堂みどう君! 赤信号ですよ!」


 ごちゃごちゃと頭の中で考えてたら、つい赤信号に気づかずに渡りかけていた。

 堅田の声で思わず足を止める。

 でもここは4メートルほどしか道路幅がない小さな横断歩道。

 しかもまったく車は来ていない。


「車来てないからいいじゃん」

「ダメです。ルールは守るためにあるのです」

「おおうっ……なんでやねん!」


 いや、正論だ。

 ツッコミを間違えた。


 でも堅すぎやしないか?

 まあ、堅田らしいと言えばらしいけど。


 こんな真面目な子があんなエッチな……

 いかん、またあの小説を思い出してしまった。




 そこからほどなくして堅田の家に着いた。

 こじんまりとした一戸建て。

 堅田は財布から鍵を取り出し玄関のカギを開けると、二階の彼女の部屋に案内してくれた。


 生まれて初めて訪れる女子の部屋。

 部屋に入った途端、甘い香りが鼻孔を満たす。

 ベッドにはピンク色の寝具と小さなぬいぐるみがたくさんある。


 ここで堅田は寝てるのか……と思うと目はベッドに釘付けになる。胸の奥が甘いんだか酸っぱいんだか、よくわからない感情で満たされた。


 ベッドに奪われた俺の意識は、堅田が「コホン」と出した咳払いで現実に引き戻される。


「御堂君。今、エッチなことを考えてましたね」

「いや別に……」

「よいのですよ。エッチなことを考えてたとしても。うふふ」


 真面目な堅田が、ちょっとイタズラっぽく笑ってる。なにこれ?


「おまっ……もしかして」

「エスパーじゃありません」

「なぜそこまでわかる? 俺がエスパーかよってボケツッコミしようとしたまでわかるなんて。やっぱ本物のエス……」

「超テンプレなボケだからです」

「なるほど」


 激しく納得しかない。

 変にボケツッコミなんてすべきじゃなかった。


「そこ、座ってください」


 床に置かれたローテーブルを挟んで置かれた二つの座布団。

 堅田の指はそこを指している。

 二人、テーブル越しに向かい合って座った。


「で、相談って言うのは?」


 俺はボケツッコミに失敗したいたたまれなさをごまかすために、早速本題に入る。


「あの……えっと……」


 真っ赤になりながらモジモジする堅田。

 しかし意を決したように衝撃的な言葉を口にした。


「御堂君。私にエッチなことを、お、教えてください!」

「は?」


 ──なんだって?


 俺は頭が真っ白になった。

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