第40話:エピローグ


「ごめんなさい……!」


 保健室。そこでクシャクシャに是空は泣いた。迂闊と言えば迂闊だが、是空の立場としては被害者だ。


「大丈夫ですよ。気にしていませんから」


 紅蓮は是空の頭を撫でた。精神傷害を案じられて保健室に保護して貰ったが、特に紅蓮に憂慮は無い。呼び出しが碌でもないことは承知していたので、回向教諭とスマホを通話状態にして、プール裏でのやりとりを間接的に回向教諭に聞かせていた。行動が迅速だったおかげで紅蓮は処女のままだが、これについては僥倖の一言だろう。


「むしろ巻き込んで申し訳ありませんでした」


 その通りだ。ヨゴレレッドを袖にしたのが今回の発端だ。であれば自責はせずとも勘案程度はする。


「助けてくれて……ありがとう……!」


 是空は紅蓮を抱きしめた。


「いえ、まぁ、お礼なら回向先生に」


 実際にその通りなのだから他に言い様もない。ちなみに回向教諭はヨゴレンジャーを検挙して生徒指導室に連行。スマホを取り上げ紅蓮のストリップショー動画を確認した後、生徒指導並びに風紀維持の教諭を呼んで対策。さらには警察とヨゴレンジャーの保護者にも連絡し話を聞くとのこと。退学処置は自然だろう。暴行未遂も立派な犯罪だ。刑事事件でもある。少年法について紅蓮は明るくないため社会的にどうなるかは想像も付かないが。


「何で脱いだの?」


 ストリップについてだろう。


「ストリーキングなもので」


 サクリと茶化す。


「真面目に聞いてるの!」


 涙を流しながら是空は追求した。それほど許せない案件らしい。


「是空さんに傷ついて欲しくなかったからです」


「だからなんで……!」


 他人の事だ。


 放っておけば良い。


 その理屈も理解はする。けれども紅蓮には無理だった。


「是空さんの顔に傷が付くと八聖さんが悲しみますから」


 それだけ。澄み切った理屈だった。


「刹那……?」


 八聖刹那。その名が出たことに困惑する是空。


「なんでそこで刹那が出るの?」


「僕が八聖さんに恋してるからですよ」


 苦笑交じり心の吐露。少なくとも紅蓮は是空の涙を止めるために真摯な言葉を紡いだ。


「それとこれとがどう繋がるの……」


「僕は是空さんを好きな八聖さんが好きなんです」


「?」


「そうでしょうね」


 紅蓮も是空の性質は理解している。


「是空さんが傷ついたら八聖さんも傷つきますから」


「何で……?」


「八聖さんは是空さんを好きなんですよ」


 再度になるがそういうことだ。


「刹那が私を好き?」


「ええ」


「その刹那を紅蓮さんが好き?」


「ええ」


「私を好きな刹那が……好きなの?」


「そう云いました」


 矛盾しているのは分かっている。恋愛とは即ち心の交換だ。想い人に心を預ける代わりに想い人の心を背負う。そういった相互関係が基盤にある。だが紅蓮は、


「自分じゃない他人を想っている人が好き」


 などと。意味不明にも程がある。自分を好きにならない人間をこそ愛するなんて感情を是空は認識できない。が、紅蓮にしてみればヨゴレンジャーを例に出さなくとも、自身に好意を寄せる人間への感情は須く不快の対象だ。例外は久遠くらいか。


「それでいいの?」


 おずおずと問う是空に、


「ええ」


 真摯に紅蓮は頷いた。


「駄目!」


 紅蓮に抱きついていた是空がさらにギュッと抱きしめる。


「そんなの駄目!」


 強い言葉だった。


「何が駄目なのでしょう?」


「そんな報われない恋が在って良いはずがない!」


 まっこと正しい是空の言。自分に無関心な人間をこそ愛するという不条理は思春期の乙女にとって許されざる恋の形だ。


「だったら私が応援する! 同盟を組も!」


「どう……めい……?」


「そっちが告白したのでこっちも告白!」


 是空は息巻いた。


「私は烏丸茶人先生……神通久遠さんを愛しています!」


 知っている。紅蓮の妙見はその程度の把握は既にしている。


「趣味が良いですね」


 クスッと紅蓮は笑った。それだけで絵になるのだから男の娘とは不条理だ。


「でも先生は紅蓮さんしか見ていません!」


「申し訳ありません」


 元々のブラコニズムだ。近親相姦すら念頭に置いていない。愛らしくはあるが想念とはまた違うだろう。あくまで紅蓮の立場で言うならば……であって久遠の方にはまた別の思惑もあるものだが。


「だから同盟ですよ!」


 是空は高らかにうたった。


「結局何をすれば?」


「紅蓮さん……いえ……紅蓮と呼ばせて貰うよ。なので紅蓮も是空ではなく無明と呼んでくださいね」


 是空無明。それが紅蓮に抱きついている女子の名だ。


「無明さん……」


「さんも要らないのだけど……ソレは後のことする」


「はあ」


「紅蓮は私と先生が良い感じになるように配慮して」


「僕の出来る範囲でなら……」


「代わりに私は刹那が紅蓮と良い感じになるように配慮するよ」


「ああ」


 なるほどだ。


「だから同盟」


「そゆことだよ……!」


 しっかと頷く是空だった。


「けれどもいいのですか?」


「水くさいよ」


「恋敵ですよ?」


「だから同盟を組むんじゃん!」


 ムスッと是空。


「友達になろ!」


「友達……?」


「お互いの恋愛を応援する友達!」


 それは不思議な言葉だった。基本的に紅蓮は自分と仲良くする人間に辟易していた。妙見に起因するが。けれども是空無明はそんな打算をまったく弾かずに紅蓮と友達になるという。あまりな青天の霹靂。


「友達に……なってくださるんですか?」


「なる!」


 力強く無明は頷いた。


『人間不信の紅蓮』


 そに友達が出来た歴史的瞬間だった。


 好きな人の好きな人には好きな人がいる。


「オン・ソチリシュタ・ソワカ」

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好きな人の好きな人には好きな人がいる 揚羽常時 @fightmind

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