第39話:好きな人の好きな人には好きな人がいる14


「是空さん遅いですね」


 回向教諭が言った。本人はせき立てられながら茶をすすっていたりいなかったり。ある平日。学業が終わり放課後だ。紅蓮は事前に事情を知らされていた。


「ちょっと告白されたから振ってくる」


 いたって普遍的な用事。紅蓮や久遠が居るため霞むが是空も十分美少女である。好意を持たれたり期待を押し付けられたりすることもあるだろう。


「一緒じゃなかったのか紅蓮?」


「別に是空さんのマネージャーをしているつもりもありませんし……」


 湯飲みを傾ける。


「あうう……多いよぅ……」


 ところで茶を飲んでいる回向教諭は執筆部の入部希望者を処理することに苦心している。紅蓮。久遠。是空。ここに八聖を加えてもいい。要するに男女ともに執筆部は希望の園なのである。入部希望者が殺到し、先述の通り。執筆部に入るための入部試験を回向教諭が押し付けられている。


「小説を書いて提出……花丸を貰うこと」


 これが執筆部の入部条件だ。元より久遠が合格者を出す意志があるのかは紅蓮にしてみれば甚だ心許ないのだが、基本的に紅蓮と久遠を生徒社会から隔離するための非情処置であるため、あまり強くも言えない兄ではあった。一次審査で回向教諭が小説を読んで切った張ったしているが、一般的な高校生に面白い小説を書けと科すのが無茶ぶりではある。小論文を書くのもいっぱいいっぱいだろう。この点、久遠は例外に位置するが……希に紅蓮が思うところ久遠は小説の神様に愛されている節がある。


「…………」


 その久遠はスマホでカシカシと文章を打っていた。小説の執筆……ではない。帰ってから小説に起こすまでのアイデアの取り纏めだ。どうにもパソコンに向かわないと小説が書けない性質らしい。


「いいんだけどさ」


 とは紅蓮の胸の内。そんなこんなで部室でまったりしていると、紅蓮のスマホが唄いだした。スウェアリンジェンの『春の喜びに』……その第三楽章だ。画面を見ると『是空無明さん』と表示されていた。電話に出る。


「――――」


 聞こえてきた声は是空の物では無かった。粘つくような糸を引く声。心の底から軽蔑できるがイニシアチブはスマホの向こうの悪意の主が握っている。


「オン・ソチリシュタ・ソワカ」


 心中印を切る紅蓮だった。




    *




 あまりいい案件では無い。とはいえ罪科の在処はともかく背中の一押し程度の責任は紅蓮にもある。指定された場所に向かう。


 屋内プールの裏手。


 放課後になると水泳部が活動し、なお覗き防止のために窓はカーテンで覆われる。妙見高校に於ける一種の無法地帯。其処には紅蓮を含めて七人の人間が居た。男女比は六対一。


 一人は紅蓮。呼び出された身だ。


 一人は是空。こちらも呼び出された身だろう。


 告白の返事にと向かった先で絡め取られたわけだ。口にガムテープが貼られて手首と足首がガムテープでグルグル巻きにされ拘束されている。一応服を着ている当たり暴行は受けていないらしい。残り五人は単純な引き算で男子。ニヤニヤ笑っている。腐臭のする笑みだったがおそらく自覚はしていないだろう。何を狙っているかは想像出来るがあまり楽しい未来図でもない。腐肉を喰らう者は自身の嗜好で他者を計ると言うが、それにしても悪辣だ。


「出来れば是空さんを解放してください」


 紅蓮はそう言った。言わざるをえなかった。


「――――」


 ガムテープで口を塞がれているため言葉にこそできないが、大凡、


「逃げて」


 と云いたいのだろう事は窺える。無論のこと紅蓮にそのつもりは毛頭無いが。


「よう神通」


 悪意戦隊ヨゴレンジャーとは紅蓮の命名。丁度五人居たため戦隊ものに落とし込むのは容易かった。そのリーダー格、ヨゴレレッドがナイフを取り出して紅蓮に言う。


「言いたいことは分かるよな?」


「そちらの口から聞きたいですね」


 ヨゴレレッドの顔は覚えている。先日紅蓮に告白して無理矢理手込めにしようとした男子生徒だ。最終的に合気を用いて組み伏せたのだが、因果が巡り巡ってこう云う状況を作るとも為ればいささか逸ったかとも紅蓮は思うが。


「刺されたいのか?」


「嫌です」


「お前じゃねえよ」


「困ります」


「さすがに顔面に深い傷を負うと女子には痛恨だよなぁ?」


 ナイフをチラチラと光らせて是空の顔に突きつける。紅蓮は諦めたように嘆息。


「了解しました。何をすれば?」


 あまり見知らぬ他者と話すのは得意ではないが、是空が傷物になると八聖が悲しむ。その程度のソロバンは弾けた。


「とりあえず脱げ」


 腐敗の言葉を吐くヨゴレレッド。


「ひゃはは」


「ジーザス」


「いい感じ」


「色ッぺぇ」


 ヨゴレンジャーは喜んだ。つくづく腐敗しているらしい。


「オン・ソチリシュタ・ソワカ」


 心中印を切って紅蓮は制服に手をかけた。セーラー服だ。ヨゴレンジャーはスマホの動画撮影で紅蓮のストリップショーを撮影する。まずは上を脱ぐ。まだシャツが残っているが、細く華奢な体はそれだけで色がある。


「いいねぇ。いいねぇ」


 スマホ越しに紅蓮のストリップを見て興奮するヨゴレンジャー。紅蓮は次にスカートを脱いだ。スパッツが丸見えになる。シャツを脱ぐとヨゴレンジャーが喝采する。紅蓮の上半身が顕わになった。最後にスパッツを脱ぐ。


「あう……」


 紅蓮は全裸になった。華奢で細い身体。右腕で乳首を隠し左手で性器を隠す。恥じらいの表情はヨゴレンジャーにとって劣情の燃料でしかないが。


「これで……いいですか……?」


 碧の瞳に羞恥が映る。なお白銀の髪は燦然と。ミケランジェロの彫刻にも負けぬ紅蓮の裸体だった。


「おお……!」


 その神聖さは性欲を一時的に忘れさせるほどの美に満ちていた。もっともヨゴレンジャーはすぐに性欲を取り戻したが。


「言いたいことは分かるよな?」


 ヨゴレレッドが言う。


「はい」


 観念して紅蓮は頷いた。


「童貞を捨てたい方からどうぞ僕を凌辱なさってください」


「じゃあ俺からだ」


 ヨゴレレッドが蘭々と瞳に劣情を乗せて言った。


「できれば処女は八聖さんに捧げたかったですね」


 などと思いつつも、是空を人質にされれば逆らうこともできない。


「最初からこうしてれば是空を巻き込まずに済んだのにな?」


 ヨゴレレッドの理屈は分からないでもないのだが、論理の破綻はこの際指摘しても詮無いことだろう。他のヨゴレンジャーは強姦動画をスマホで録画する気らしい。一般的にソレを以て脅しのファクターとする気なのは明々白々だが、世の中其処まで都合良くはいかない。むしろ動画を残すことが刑事上不利に働くのだが、


「いいですね」


 さほど親切にもなれない紅蓮である。


「じゃ、いただきまーす」


 と紅蓮の体にヨゴレレッドがさわろうとした瞬間、


「何をしているんです!」


 勧告が飛んだ。


「…………」


 紅蓮は何も言わなかった。是空は何も言える状況でもなかった。ヨゴレンジャーは酷く動揺する。全裸の紅蓮。拘束された是空。そして悪意戦隊ヨゴレンジャー。七ハンのツモ上がりで、さらに二本場だ。


「なるほど」


 と声の主。回向教諭。


「いや、これは……!」


 言い訳しようとするヨゴレレッドだったが、既に跳満確定である。


「言い訳は生徒指導室で聞きます」


 そう云うことになった。

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