業国の魔術師

@WaTtle

業国の王宮魔術師のある日

 業国による処刑の日。

 朝陽が差し込んできた時。

 今日は男三人と女一人。

 男三人の刑は火刑。

 女は斬首刑となっている。

 女の身体は平均的に見られるが、顔は誰よりも美しく整っていた。

 体躯の大きい処刑人は女の斬首刑を先に執行することにした。

 途中で「肉付きが悪いな」と呟いた。

 女は男三人の前で首を刎ねられるのだ。

 男たちは女の名前を呼んでいたが、ふり返ることはさせなかった。

 やがて、処刑人の斧によって、女の首と胴は永遠の別れを告げるのである。

 処刑人が女の首を高々と掲げると、観衆から歓声を浴びたのだった。

 やがて、処刑人は刑吏に首を渡し、腰から剣を抜いた。

 首を失った女の身体をなます斬りにするためである。

 今日は死体を晒さないことが決まっていた。

 なぜなら、処刑された女とこれから処刑する男が貴族だったからである。

 わたしは政治に詳しくはないが、ハッキリとしているのは王子が今回の刑を決めたと聞いている。

 一撃目が入る直前に、刑吏がわたしに女の首を持ってきた。

 首だけだというのに、綺麗なイヤリングや造花の髪留めがして豪華だなと思った。

 わたしは受け取る直前で魔法で加工し、腐らないようにした。

 この手に持っている女の首を見て、王子はなにを口にするのだろう。

 なんの罪があるのかと同時に訊き出そうと思っている。


 わたしは早速王子の下へと女の首を渡しに部屋に来た。

 この部屋に来るのは、よほどの緊急事態か、わたし以外いない。

 父である現国王、弟様でさえ、入りたがらない。

 王子は決して愚王ではない。

 寧ろ、現国王より先見の才があり、提言した政策は幾度も成功している。

 民衆からの信頼も厚く、次期国王として期待を寄せられている。

 だが、民衆には知られていない。いや、兵士の口から洩れ、噂として語られていることがある。

 王子にはなにかの収集趣味がある。それが噂としての限度だ。

 事実はこうだ。

 王子には美女の首の収集趣味がある。わたしと出会ってからずっと。

 王子に首を渡すと、今までにない顔を見せた。

 喜んではいなかった。だが、嫌そうなわけではなかった。

 訊かずにはいられなかった。

「その女、知り合いだったの?」

 王子はしばらく答えなかった。

「訊いてはダメなら、消えるけどいいかしら?」

「いや、ちょっと考え込んでな。すぐ答えなかったことは悪かった」

 王子がやっと口を開いた。

「幼馴染だったんだよ。小さい頃の婚約者だったんだ」

「えッ!?」

 思わぬ答えに戸惑いの声を漏らしてしまった。

 嫉妬、はちょっとあったかもしれない。

 だが、それよりもその事実に驚愕していたのが遥かに大きかった。

「小さい頃なんだがな、こいつと遊んでたんだよ。ま、すぐに婚約を破棄されたんだがな」

「それって、わたしと関係があるの?」

 王子は首を振って否定した。

「十年経たないくらい前だ。お前は関係ないよ」

 王子は綺麗な女の首をいつものように口をこじ開けて舌を出させるようなことはしなかった。

 まるで追悼するかのように、髪を撫でていた。

 今までこんな反応を見せたことがない。

「こいつ自身に罪はないんだ。だが、貴族というのは厄介でな。罪人だった元貴族の家族がどういった末路になるのかは想像に難くない」

「なるほどね……」

 生きながら嬲られるか、ずっと犯されるか。

 生きてても地獄、というわけか。

 だからと言って、権力を使って護れば王族の名誉が落ちてしまうわけか。

 こうして処刑して、首を手元に置きたかったのかもしれない。

「なあ、頼みがある」

「うん?」

「しばらく目を瞑ってくれないか?」

「耳も塞ぎ、いえ、出た方がいいかしら?」

「いや、すぐに済ませる。そのまま待っててくれ」

 わたしはすぐに目を瞑った。

 おそらく彼が取るのは、元婚約者として別れを告げることだろう。

「やるなら、どうぞ」

「……感謝する」

 瞼を閉じたので視界は暗闇のままだが、耳がいいのでなにをしているのかはすぐ伝わった。

 長いキスだ。

 それも深く、愛しているかのように一方的な。

 首の方からなにか反応があるわけじゃない。いや、あるわけない。

 わたしはただ目を瞑って聞くしかしなかった。

 それが数分続いた。

 わたしは少し複雑な気持ちになっていた。

 このまま目を瞑ってもいいのか。

 もしかしたら、彼は首に――、

「終わったぞ。目を開けてくれ」

 視界が開くと、少し悲しそうな顔をした王子と他の首と同じように舌を垂らした元婚約者の首だった。

 王子がこれで元婚約者との因果を断ち切ったつもりだろう。

 ただの飾り物として別れを告げたつもりなのだろう。

 ただ気になったのは、元婚約者の首から漏れ出た舌から唾液が垂れていた。

「もっとお楽しみにしてもよかったのよ?」

「そんなつもりはない、と言っても信じてくれないのか」

「そろそろ沸点が来るのかな、とは思ったのよ」

「だったら、今ここでお前を犯しているさ」

「昼間から? 今日の予定を全て潰すつもり?」

 彼は午後から会議があると聞いている。

 それを壊すような真似はしないはずだ。

 例え、わたしがここで犯そうと考えても。

「悪かったよ。俺もここでつまずくわけにはいかないからな」

「そうね。元とはいえ、婚約者を手にかけてしまったものね」

「……ああ」

 王子は顔が晴れないままだが、決意したような眼差しをしていた。

 そして、机の引き出しから書類を取り出した。

「気になるのなら、片手間でもいい。読んでくれ」

 書類を受け取ると、今日処刑した家族に関する調査報告書だった。

 まだ十数行しか読んでいないが、重要なことだろうとは思った。

「わかったわ。ちゃんと受け取ったわ」

「……ありがとう」

 すると、わたしのお腹の音が鳴った。

 わたしは少し恥ずかしかった。

 だが、兵士たちに聞かれるよりは良かったと思った。

 一応、チャンスではあるかな。

「あのさ、一緒に昼ごはん食べない?」

 王子は机の上の書類と首を見て、

「悪い、昼飯はいいかな」

 どうやらまだ未練があるっぽいわね。

「そう。じゃあ、失礼するわ」

 わたしが出ようとすると、

「待ってくれ」

 振り返ようとした直前で顎を掴まれた。

「食事はいらない。だが」

 わたしは口を開けて舌を出した。

「どうぞ。わたしを味わってもいいわ」

 しばらくして、深く長いキスをされた。

 唇と唇、舌と舌を絡ませた。

 押し返す力も、意思もなかった。

 このまま続けていても苦しくはない。

 しばらく、何分経ったのかはわからない。

 気持ちよくなったところですぐに終わらされた。

「このままいくと、朝まで続いてしまいそうだ……」

 おあずけってわけね。

 でも、それはわたしにもわかる。

「お仕事頑張ってね」

 わたしは彼に向けてウィンクとペロッと舌を出して誘惑してみた。

「馬鹿女、誘惑するな」

 デコピンされた。めっちゃ痛い。

 それと同時にわたしは解放された。

「応援してあげてんのに……」

 そう愚痴をこぼして退室した。


 昼食を終え、わたしの今日の仕事は早く終わった。

 というより、処刑した女の首の加工以外は、おそらく誰でも就ける筆記の仕事だかったからだ。

 実を言うと、王宮魔術師になれなかったら筆記関係の仕事に就こうと思っていたのだ。

 字の綺麗さとスピードには魔法を頼らずとも自信があるのだ。

 例え、他人には書類の山に見える五百枚の束は一時間もあれば充分だ。

 千枚を超えると流石に疲れると思うが、一日にその量が来たことがない。

 こういう暇な時は城下へ出て、街中をブラブラ歩いている。

 業国の城下は毎日が祭りごとのように人々が賑わっている。

 わたしが初めてこの国を訪れた時は、その人混みに驚いたのを覚えている。

 そんな中で、甘味、肉などの出来立ての料理を売っている屋台や料理店が気になったり、掘り出し物の服やアクセサリー、魔導書などを探すなど楽しみが多い。

 だが、わたしが今日向かう場所はそんな国の光と呼ばれるような場所じゃない。

 じきに、闇になる場所へと足を運ばせている。

 昼食前に王子が渡してきた書類に書かれていた場所。

 今日処刑してきた貴族の屋敷だ。

 近いうち取り壊されるだろう建物がわたしの目的地だ。

 壁には様々な落書きがされていた。

 罪が露見した時点で、民衆たちが描いていったのだろう。

 最初に書き込まれたであろう悪口は芸術家が描いたかのような絵で上書きされていた。

 その屋敷を見た時、わたしは疑問に思った。

 その周辺には人祓いされたかのように人がいなかった。

 ここを通ろうとする人も、屋敷を取り壊されるまでの間に配備されたはずの兵士も見当たらない。

 すこし悪寒がしてきた。

 わたしは『慎重』という言葉を極限まで高めたまま、緊張感を持って屋敷へと向かった。

 屋敷の扉は開きっぱなしだ。

 妙だ。

 誰か入っているとは思えない。

 だが、気配がある。

 それに、人の呼吸も聞こえた。

 扉に隠れながら侵入すると、兵士が二人倒れていた。

 しかも、ここに配備されていた兵士たちだ。

 わたしは用心しながらも、兵士たちに駆け寄った。

 その間にわたしへの殺気を感じたが、不思議なことに不意打ちされることはなかった。

 殺気に気を配りながら、兵士たちの治療に専念した。

 兵士たちはなんとか意識を取り戻した。

「あ……、あ、あなたは……」

「歩けますか?」

 兵士たちはゆっくりと立ち上がってみせた。

「た、助かりました。魔術師様……」

「かまいません。それよりあなた方はここから避難してください」

「ま、待ってくださいッ! あなた一人では、あれに勝てませんッ!」

 一人の兵士がわたしの身を案じてくれた。

「あれ? いったい、それは……。いえ、やっぱり逃げてください」

「無茶だッ! あの幽霊に、あなたまで――ッ!」

 一人の兵士がなにかを言いかけた途端に、『幽霊』とやらが現れた。

 それは半透明で顔の目と口に大きな穴が開いていて、『幽霊』と呼ぶには相応しいものだった。

「焼き払え、火の短剣ッ!」

 わたしは幽霊の手から一人の兵士の間を火の魔法を使った。

「今のうちにッ!」

 もう一人の兵士が頷き、兵士の手を引っ張って外に出た。

「必ず応援をお呼びしますッ!」

 それを最後に兵士たちは姿が見えなくなった。

 確認すると、今度は幽霊に注目した。

 不思議なのだ。

 幽霊、『ゴースト』といった相手には手慣れている。

 だが、目の前にいる幽霊には既視感があった。

 この幽霊に会ったのは初めてのはずだ。

 なのに、どこだ?

 国内で死んだ女性か?

 わたしがそんな些事なことを考えていると、幽霊がわたしに襲い掛かってきた。

「くッ! 凍えろ、氷の息吹ッ!」

 わたしの放った氷の魔法でよろけた隙に、書斎らしき部屋に逃げ込んだ。

 わたしとしたことが、この程度のことで気を抜いている場合か。

 そう心で叱責していると、分厚い本が足元にあることに気づく。

 ただの本、と普通の本なら蹴飛ばしていただろう。

 だが、わたしはその本が気になった。

 魔術師だから、というのもあるが、本からどす黒いものが見えたのだ。

 それがなんなのかが気になったわたしは、手に取って読んでみた。

 どうやら日記のようだ。

 日付は今から十年以上前だ。

 パラパラと読んでいくと、あることに目が留まった。

 それはあいつ、王子と出会った時のものだ。

【――――わたしはいずれ、あの王子と結婚するでしょう。

 お父様もそう言っていたし、お母様からもそう言われてきた。

 中々の美少年でした。わたしに相応しいお方になるでしょう】

 なんというか、自信家だな。

 この女、王子の元婚約者は。

 どれ、婚約が破棄された時でも読んでやろうか。

【婚約が破棄された、とお父様が言い出してきた。

 お母様が亡くなったというのに、冗談が好きなのですね。

 わたしはあの方と結ばれる、王族になる女ですのよ】

 豪く自信のある女だ。

 なんというべきか、不気味だ。

 だが、この女の文字が少し乱れている。

 癖が付いたとか、そういうレベルじゃない。

 文字を書くのがやっと、といった感じが適切だ。

 わたしは日記を遡り、あることに注目した。

 これはまだ字が綺麗なころだ。

【お兄様がわたしに不思議なものをくれました。

 お兄様たちと同じように煙を吸い、吹かしました。

 白い煙がモクモクと、雲のように飛んでいます】

 未成年で煙草、これは貴族だから許されるのか。

 いや、わたしは知っている。

 今回処刑された家族がどういう罪で裁かれたのかを。

 日記を進めて、あるところで止めて読んだ。

 あの女が大人になったころである。

【この葉っぱを大量に作り、諸外国と関係を持ってやる。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

 わたしを捨てた王子を見返してやる。報復してやる。

 そして、首を刎ねてわたしが王族になってこの国を――】

 それ以上はもう読めなかった。

 もはや文字と呼べるレベルではない折れ線で塗り潰してある。

 彼女らの家族の罪は、二つ。

 違法ドラッグの生成による、薬事法違反。

 これだけなら貴族階級を取り下げた上で懲役刑で済む、と政治のわからないわたしに王子が書類に書いてくれた。

 問題となったのは、もう一つの罪。

 外国から武力行使を促す行為をする、外患誘致罪。

 これが死刑の決め手となった、と書かれていた。

 だが、王子が知らなかったことは、彼女自身が彼への憎悪と命を狙っていたことだ。

 安楽死、のつもりで処刑させたのだろうが、処刑されて当然の女だった。

 そして繋がった。

 処刑された家族。

 その屋敷。

 そして女の幽霊。

 わたしを探している幽霊、それはおそらく――。

 激しい物音が近づき、幽霊がわたしに掴みかかってきた。

 首を絞められた。

 苦しい。

 長い舌を突き出さざるを得ないほどの苦しみだ。

 だが、わたしは敢えて笑ってみせた。

 ヤケになったからではない。

 死を悟ったわけでもない。

 それを、こいつに教えてやろう。

「残念ね。婚約破棄されたときはさぞ苦しかったでしょうねぇ。ホント、残念ねぇ」

 わたしは舌をベロっとさらに伸ばして唇の端を上げていく。

「生憎だけど、わたしはあなたと違って、平民育ちで、ただの頭の良い魔術師だけど、あの変態王子に何回も抱かれたわッ!」

 わたしの言葉に幽霊が逆上して、首を強く絞めつけてきた。

 いや、絞めつけようとした、の間違いだ。

 幽霊の存在そのものが消えかけていた。

 やっぱり。

 わたしが持っているこの日記は、この幽霊の弱点そのもの。

 それを今、わたしの炎で燃やしているのだ。

 次第に幽霊が悲鳴を上げるように口の穴を大きくした。

 わたしは幽霊から解放されると、首の気道を整えた。

 少し、調子に乗っちゃったかな……。

 こいつが怨霊じゃなければ、わたしの首は折られたかもしれない。

 そうなった時の保険はしなかったわけじゃなかったが、生きていられる自信があった、ということは試したくはない。

 幽霊が悶え苦しんでいるみたいだし、最後に勝ち誇りながら、地獄に落とすことにしよう。

「安心しなさい。あなたの首はあなたが愛していたあいつに愛でられるだろうから、よろしく言っておくわ。さようなら」

 わたしの言葉に幽霊が再び襲ってきた。

「バーカ」

 大きく口を歪ませて、舌を突き出して、笑ってみせた。

 持っていた日記を焼き尽くす。

 幽霊の姿が半透明から既に消えかかっていく。

 声にならない音を出しながら、次第に消えていった。

 今度こそ最期だ。

 幽霊は消滅した。

 呼吸を整えると、兵士たちが増援の魔術師たちを連れて戻ってきた。

「大丈夫ですかッ!?」

「あの、お怪我はッ!?」

 わたしは首を振って、

「大丈夫です。ありがとうございます」

 すると、兵士たちは安堵の表情を一瞬覗かせた後に険しい顔になった。

「よかった。それで、あの幽霊は?」

 その問いにわたしは大きな胸を張って答える。

「それももう大丈夫です」


 その後、わたしの無事と脅威が幽霊の消失を知った兵士たちは、魔術師の魔法による大胆な屋敷の取り壊しを始め、わたしは瓦礫になるまで見届けた。

 城に帰ってみると、兵舎の医務室であの屋敷の門兵をしていた兵士たちが悪夢に悩まされたのを知った。今では嘘だったかのように、元気に目覚めたそうだ。

 それを知ってから食堂で食事を済ませ、一応、あいつこと王子に会いに行った。

 なぜか、会いたくなった。

 ただそれだけだ。

 そして、わたしが部屋に入ると、執務を終えた王子がバッと立ち上がり、すかさずわたしに駆け寄ってきた。

「大丈夫かッ!? 怪我はッ!?」

「ちょ、ちょっとッ!?」

 すごく心配してくれてる……。

 もしかして、あの屋敷のことが伝わった?

「悪い、悪かった。俺のせいで……」

 泣きそうな顔で謝らないでよ……。

 わたしだって、あなたにそんな顔見せに来たわけじゃないのに……。

「……いいわよ。わたしは無事だから……」

 そう言いながら、わたしはこいつの頭を撫でた。

「大体、わかったことがあるわ。あなたには言えないことがたくさんあるけどね」

「ごめん……。俺のせいで……」

 本当に泣きだしそう……。

 なら、食後だし……。

「わかったわ。そう言ってくれるなら、なにかお高い酒をくださる?」

「……えッ?」

 わたしはこいつの顔に近づいて言った。

「いいじゃない。折角だから酒を奢ってよ」

「そんなことで……」

「今日くらいはわたしに付き合ってくださる? 朝まで予定がないから……」

 そう言って、ペロッと舌を出して可愛い顔をしてやった。

 こいつの顔が真っ赤に染まった。

「えッ? まさか、俺に? いいのか?」

 そういやわたしから夜のお誘いは初めてだったわね。

「だって、首が手に入ったんだし、いつもしてくれるじゃない」

「えっと、今日は、そのつもりは、なかったんだけど……」

 王子が目を逸らして、元婚約者だった首を見た。

 わたしはそれに怒りを覚えたのか、グイッと王子の胸倉を掴んだ。

「なんなら、わたしの首をちょん切る?」

 今度はお化けのように舌を出しながら言ってみた。

 これは脅迫に当たるんだろうか。

「わ、わかったッ! わかったけど……」

「なに? 心残りがあるのかしら?」

 もし、それが婚約者にあるのなら、わたしの乳房を顔にうずめて窒息させてやる。

「……気を失うのはいいけど、一時間、いや、三十分は持ってくれよ……」

 あ、ああ。

 そういう、こと、ね……。

 それは自信ないなぁ……。

「ど、努力するわ……」

 わたしは目を天井に向けて、……ってそこにも別の首があった。

 まだわかんないことってあるのね……。


 目が覚めた。

 気がつけば、朝陽が差し込んできた。

 目の前には、裸の王子が見える。

 また……か。

 わたしは性行為中で限界を迎えると、気絶する。

 その証拠にわたしの顎を掴まれている。

 わたしの頭はこいつの思いのままだ。

 わたしの長い舌がこいつによって引っ張り出されている。

 めっちゃ痛い。

 あと、舌を揉まないで。

「目が覚めたか」

 こいつがそう言いながら、わたしの舌を離した。

「痛いわよ……」

 そう言いながら、足を動かすと、王子のナニに触れてしまった。

 すごく固く大きくなっていた。

「よく、わたしの頭だけでいけるわね……」

 いつものことだから言ってもしょうがないけどさ……。

 こいつの視界からは、彼自身の腕と胸、そして彼の手に乗っかっているわたしの頭が見えている。

 柔らかな大きな胸や下半身を見ようとしていない。

 だって、ジッとわたしと目を合わせて一片たりとも目を逸らさない。

 わたしの方から逸らすとなると、白目を剥き出しにしないといけない。

 わたしの顔、頭がこいつの大好物なのだ。

 それに触れること、いや弄ぶことが性行為よりも興奮することなのだ。

 こいつは王子と呼ぶより、変態と呼ぶべきだろうか。

 さっきからわたしの頭を持つ手とは反対の手でわたしの舌を弄っている。

 なぞるように優しくしつつも、わたしの喉まで指を入れてきた。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 噛んでやろうか、そう思ったこともあった。

 こいつはそれでもわたしの舌を引っ張り出すから嫌だ。

 すると、こいつはわたしの頭を顔に近づけた。

 こいつの視界にはわたしの顔しか映ってない。

 わたしはそんな彼の行動に毎回呆れている。

「たまには、胸とか尻とか揉んでよ……」

 愚痴をこぼすと、

「お前、また気絶するだろ」

 うッ……。

「それに、今日だってお前が気絶している間に何回出たか」

「えッ!? 一回だけじゃなかったのッ!?」

「最初でお前、間抜け面を俺の胸に落ちてきたんだよ」

「で、そのわたしの顔をオカズにして……」

「いつものことじゃないか……」

 そんで現在進行形でこいつの手に頭を乗せられている。

「……そんなに、わたしの頭が好み?」

 何度言ったんだろ、この台詞。

 すると、わたしの頭の上を、ハンバーガーのように反対側の手を載せた。

 そして撫でられる。髪の上と顎の下を、優しく。

 これが気持ちいいのだ。

 どうしようもなく、拒絶の意志が消えていくかのように。

「大切だよ。色々な顔をしてくれるお前が大切だ」

「だったら、王子のあの部分をこの舌で」

 と言いながら、舌を垂らしてみるが、

「よせよ。お前の舌は俺の色んな所を舐めまくるから」

 困りながら言ってきた。

 気絶したわたしはとにかくなんでも舐めてくる淫獣らしく、こいつの身体や顔はともかく、自分の乳液すらも舐めるそうで……。

 自慰行為でもそんなことしないのに……。

 だからわたしの頭を顎をしっかりと掴まれているのだ。

 でも、折角意識あるのに舌を出したんだからさ――、

「キス、くらいはいいでしょ?」

「う~ん……」

 王子が困ってる顔を見せた。

「いいじゃない。どうせ、気を失った時に舌を弄んだんでしょ? わたしからも弄らせなさいよ」

 しばらく、王子は悩んだ末、わたしを自分の顔に近づけた。

「あまり、苦しめるなよ……?」

 わたしはニヤリと笑った。

「ええ。傷はついていないだろうから」

 そして、舌を長く出して王子の口の中へと向ける。

「でも、わたしだって、女だからね?」

 そして、こいつの口の中を凌辱してやるッ!


 そんなわたしが、子宝に恵まれ、王妃としてこいつこと、次期国王の隣に立つのは、まだ先の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

業国の魔術師 @WaTtle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ