幼馴染への劣等感から別れようと告げた瞬間、「うるせえええ!!!」とぶん殴られて「ボクはぜっっっったい別れないからな!そんなこと言うやつは矯正してやる!!!」なんてブチギレた幼馴染にしばき倒された件
くろねこどらごん
第1話
僕、
成績運動ともに普通、友達は少なくも多くもない。
顔だってそれなり程度。
悪いと言われたことはないが、特に褒められたこともない。
本当にどこにでもいて、簡単に埋もれてしまうような、どこにでもいるごく普通の男だった。
そんな僕には付き合っている彼女がいた。
その子は
社交的で明るい性格から友達も多く、人の輪の中心にいて、いつも周りを引っ張っているよう子だった。
顔だってアイドル顔負けなほど整っており、常に笑顔を振りまくのだから、男子からの人気も凄まじい。
まさに住む世界の違う、フィクションのような完璧な美少女だ。
そんな子が何故僕のような凡人が付き合っているのかと、疑問に思う人もいるだろう。
事実、僕らは不釣り合いなカップルとして、学校でも時々話題に上がってる。
その度に言葉に出来ない劣等感に襲われるのだけど、答えは簡単。
僕と琴羽が幼馴染だからという、ただそれだけの理由だった。
そう、僕はただ、運が良かっただけだ。
たったそれだけの理由で学校のアイドルとも言える琴羽と付き合っている僕に向けられる視線は、いつも冷たかったと思う。
当然だ。
あんなにキラキラした女の子の隣にいるのが僕みたいな男じゃ、不釣り合いにも程がある。
気付いた時には琴羽に対する劣等感、あるいは罪悪感ともいえる、なんとも言えないモヤモヤした感情が心の中に生まれていた。
最初の頃は気の所為だと目をそらし、大丈夫だと言い聞かせていたそれも、今では随分大きく育ってしまった。
このままじゃ、いつかきっと彼女を傷付けてしまうだろう。
そんなことはしたくない。そこまで堕ちてしまったら、僕は本物の屑だ。
なら、そうなる前にいっそ―――
「別れよう」
とある日の夕暮れの公園。
そこに僕は幼馴染を呼び出し、別れの言葉を告げていた。
「え…………」
琴羽は何を言われたのか、わからないような顔をしていた。
言葉の意味を噛み締めるように、何度も目をパチクリながら、僕の顔を見つめてきた。
でも、僕が真剣だとわかったんだろう。顔がみるみるうちに青ざめていき、指先が震え始める。動揺していることが、手に取るように分かった。
(ごめんね、琴羽)
心の中で謝る。
こんな琴羽の姿を見たのは、初めてかもしれない。
小さい頃から一緒に過ごしてきたけれど、いつも琴羽は笑っていて、楽しそうな姿しか見たことがなかった。
その笑顔も、もう見れないかもしれない。
そう思うと、胸が張り裂けそうになる。
この先を言わないといけないのが、つらかった。
それでも―――
「僕達、もう別れ」
「うるせえええええええええ!!!!」
覚悟を決め、再度別れの言葉を言いかけた、その最中だった。
ジェリドッ!!
「まそっぷ!」
頬にめり込むように、何かが突き刺さっていた。
……
…………?
…………………!!??
え、なんなのなの
「いったああああああ!!!!」
数瞬遅れて、やってくるは鋭い痛み。
な、なんだ!?
なにが起きたんだ!?
頬がめちゃくちゃ痛いんだけど、いったい僕の身になにが起こった!?
「はぁっ、はぁっ……」
なにがなんだか分からず、視線を彷徨わせていると、いつの間にか琴羽は僕のすぐ近くまで移動していた。
顔は俯いていて表情はわからないけど、息を荒らげて奇妙なポーズで固まっている。
「こ、琴羽?」
それはちょうど、拳を付き出す感じ。
その拳の位置も、ちょうど僕の顔を殴れるくらいの高さ、で…
「ざけんなよ…」
「え、こ、琴羽…さん…?」
「いきなり別れるとか、ふざけるなよおおおおおお!!!!」
ガッ!
それは突然だった。
物凄い勢いで、琴羽が僕に掴みかかってきたのだ。
「ちょっ!?」
「なんでそんなこと言うのさ!?ボクに不満があったのか!?それとも、他に女作ったとでもいうのか!?だとしたらふざけんなよ!!!社はまだボクに手を出してもいないじゃないか!おかげでまだピッチピチの処
ガクガクガク!!!
首根っこを掴まれて、体が前後に激しく揺れる。
「まっ、お、落ち着いて…」
「これが落ち着いていられるかあああああ!!!!子供の頃からずっと好きで好きでたまらなくて、ようやく付き合えた彼氏を寝取られ奪われて、ああそうなんですかと黙っていられるほど、ボカァお人好しじゃねええええええええええええええええええええ!!!!!!」
ガクガクガクガクガクガクガクガク!!!!!!
どうしよう。誤解している。
激しく滅茶苦茶誤解してる。
「吐けええええええええええええええ!!!!今すぐその女の名前を吐くんだ!!!ぶっ飛ばしてやる!!!人の彼氏に手を出す腐れビッチがああああああああああああああああ!!!!絶対殺すぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「ま、ま、待って、落ち着いて。冷静に話し合お…」
「ボクは冷静だああああああああああああああああああ!!!!見て分かるだろおおおおがあああああああ!!!!!」
どこが冷静だというんだろう。
僕の目が節穴どころか覗き穴だったとしても、今の琴羽はどこからどう見ても冷静ではない。
無茶苦茶ブチギレてるし、声はドスが効いてて血走った瞳が怖すぎる。半狂乱という言葉がこれほど相応しい姿はほかにないだろう。
完全に目が逝っている。
「ぜっっっっったい別れないからな!!!!他の女に渡すものかあああああああああああああ!!!!だから吐け!いいから吐くんだあああああああああああああ!!!!」
そもそも浮気なんてしてないし。僕だって童貞だし。
存在しない相手の名前を吐くもクソもない。
女の子とは思えない物凄い力の前に、抵抗だって出来ないんだが。
「うっぷ」
ていうか、さっきからシェイクされまくって気持ち悪い。
…あ、ヤバい。喉から吐き気がこみ上げてきた…
「ちょ、ちょっと琴羽。タ、タンマ。ストップ」
「吐けえええええええええええええ!!!!!今すぐ吐くんだああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクク!!!!!!!!!!!!!!!!
ダメだ
話が通じそうにない
「やめて!うっぷ!お願いだから、これ以上乱暴にしないでぇっ!おえっ!優しくしてぇ!…うげえっ!」
「吐けええええええええええ!!!吐くんだああああああああああああああ!!!!吐けやあああああああああ!!!!!」
あ、あ、やめて
あ
ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
もう無理だこれ
あ
「庇うなああああああああああああああああああああ!!!!!今すぐボクから君を奪いやがった腐れ外道クレイジーサイコビッチの名前を吐」
「おええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
「け…え、えええええええええええええええええええええ!!!???う、うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!????」
ピ――――――――(自主規制)
…………この時、僕らになにが起こったのかは、どうか察しないで欲しい。
ただ、僕の口からナニカがマーライオンの如く湧き上がり、それが眼前に迫るほど間近に顔を近づけていた幼馴染の顔面に直撃したという事実だけは、伝えておこうと思う。
~しばらくお待ちください~
「汚された…ボク、社に汚されちゃったよ…」
ベンチの上でひざを抱えた幼馴染が、さっきから同じことをブツブツと呟き続けていた。
「えっと、その…ほ、ほんとにごめんね?」
そんな彼女に僕は、ただひたすら平謝りを繰り返している最中だ。
あれからしばし後。
水飲み場から水を汲み取り掃除を終えて、頭から水をぶっかぶった僕らはびしょ濡れの状態でベンチに座り込んでいた。
まだ匂いも残ってる気がするし、僕としてはさっさと家に帰って着替えをしたいし、なんならさっきのことを記憶から抹消したいのだが、琴羽がベンチに座り込んで、まるで動かないのだ。
説得を試みても上手くいかず、今はなだめているところである。
「ひどいよ…浮気しただけじゃなく、ゲ○までぶっかけるなんて…ボク、そんなに社に悪いことしたかなぁ…これでも彼女として恥ずかしくないよう、頑張ってたつもりなんだけどな…もうこんなになっちゃったら、責任とってもらうしかないよ…」
そんな最悪の状況ではあったけど、僅かに光明があるとすれば、頭から水をかぶったことで琴羽が多少冷静さを取り戻したことだろう。
今なら話が通じそうだった。
「ゲ○に関してはほんとにゴメン。でも、浮気は誤解だよ。そんなこと、僕はしたことないし、するつもりなかったから」
「……うそ、ついてないよね」
「うん、嘘じゃない」
ふぅっと琴羽は息を吐く。
どうやら信じてもらえたらしい。
「なら、なんで別れるなんて言うのさ。他に好きな子ができた以外の理由で、ボクと別れたいなんて理由があるっていうの?」
「……話さないと、ダメ?」
「ダメ」
「そっか」
ハッキリ言い切られたら仕方ない。
僕も男だ。腹をくくることにした。
「なら、聞いてくれるかな。情けない、僕の話を」
そうして、僕は語りだした。
琴羽を大切だと思う自分の気持ち。
いつの間にか琴羽に抱いてしまった劣等感。
自分では琴羽に釣り合わないんじゃないかという悩み。
運良く近くに生まれただけで、学校のアイドルの彼氏の座に収まってしまった申し訳なさ。
それらが不満として溜まり、いつか取り返しのつかない傷を琴羽に付けてしまうんじゃないか―――そんな恐れを含んだ自分の気持ちと考えを、全部琴羽に語っていた。
「―――だから、僕は別れようと思ったんだ。そうすれば琴羽を傷付けないで済むと思ったし、自分のことも嫌いにならなくて済むと思ったから」
全部言い終える頃には、日がすっかり暮れていた。
公園の街灯も点灯しており、服も乾きつつある。
生乾きのせいで匂いがちょっと気になるけど、それはそれとして気分はスッキリしていた。
肩の荷が降りたとでもいうのだろうか。
溜まっていたのを吐き出せた。そんな感覚が自分の中にある…物理的には、吐き出したくなかったけど。
「…………」
「あ……」
僕の話を黙って聞いていた琴羽が、ベンチから立ち上がった。
彼女はこんな情けない独白を聞かされて、なにを思ったことだろう。
(幻滅させちゃったよね)
仕方ないことだと思う。彼氏のこんな本性を知ったら、普通幻滅するだろう。
おまけに最後っ屁とばかりに、ゲ○までぶっかけたのだ。嫌われないほうがおかしいだろう。切り出したのは僕だけど、きっと琴羽のほうから別れを切り出―――
「殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ビダン!!
「うぉんさんっ!」
気付けば本日二度目となる彼女の拳が、頬に突き刺さっていた。
「な、なんでえええええええええ!!??また殴ったよね!?父さんにもぶたれたことないのに!?」
「なにひとりで勝手に決めてんだ!!!そんな悩みがあったなら、ボクに相談くらいしろよ!!!!彼女だろうがあああああああああああああああああああ!!!!!」
頬を押さえる僕の首根っこを、琴羽が再び掴み上げる。
「い、いや、だってこんなの話したら、琴羽に迷惑が…」
「いきなり別れようなんて言われるほうが、よっぽど迷惑極まりないよ!そもそも先に告白したのはどっちだと思ってんのさ!?」
え、えっと、それは…
「琴羽のほう、だけど…」
「そう!ボクだよ!ボクのほうから告白した!それはつまり、ボクのほうが君のことを、ずっと好きだってことだ!」
途端、グワッと顔を近づける琴羽。
「ちょ、顔ちか…」
「なのに、釣り合わないから別れたいだと!?ボクの気持ちはどうなるんだよ!?まだセッ
ガクガクガクガクガクガクガクガク!!!!!!
また体が激しく揺さぶられる。デジャブだこれ。
「やめてえええええええええ!!!また吐いちゃうよおおおおおおおおおお!!!!」
「ボクはぜっっっったい別れないからな!そんなこと言うやつは矯正してやる!!!」
シャアッ!!
「わかさかっ!」
激しいパンチが、僕の腹部へと突き刺さる。
「また殴った!なんで殴るのさっ!?」
「言って分からないからだろ!?分かるようになるまでボクは殴るぞ!!!次別れるとかふざけたこと言ったらぶっ飛ばすからな!!!てかしばく!!!」
「えええええええええ!!??」
DVだ!立派なドメスティックなヴァイオレスだよこれ!?PTAも真っ青なやつぅっ!!??
「言っておくけどボカァな!幼稚園の頃から君のことが好きだったんだぞ!気弱なとことか、ボクの話をちゃんと聞いてくれるところとか、繊細そうな顔立ちとか、はにかんだ時に見せる優しい笑顔とか、社のいいところをたくさん知ってるんだ!能力がどうこうとか、どーでもいいよそんなの!!!」
「っつ!!」
「そんなもん気にして付き合うとか、ボクはゴメンだね!好きだって気持ちがあれば、ボクにはそれで十分なんだよ!」
わかったか!?そう言わんばかりにビシリと僕を指差す琴羽には、後光が差しているようにすら思えた。
「琴羽…」
「だからさ、別れるなんて言うなよぅ。ボクは本当に、君のことが好きなんだよ…ずっとずっと好きだった。それなのに、君の悩みに気付けなかったボクも悪かった。だから、これからは気付けるようにする。それでも分からないかもしれないから、社からもボクに相談して欲しい。そうすれば、ボクらはずっと恋人同士…ううん、その先までいけると思うから」
そう言って、琴羽は僕に手を差し延べる。
「ねぇ、だから改めてボクらはやり直そう。今日をボク達が改めて恋人になる記念日にしようよ」
「琴羽…」
「お願いだよ、社」
優しく微笑む琴羽の顔は、僕が好きだった明るい笑顔そのもので―――
「ごめん、やっぱ無理」
「え」
「殴ってくるような女の子、僕は無理」
その裏に秘められていた暴力性を知った今では、正直めちゃんこ怖かった。
「は、はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
「三回もぶたれたんだよ!?無理だよ痛かったし!これからは日常的に暴力振るわれる可能性あるとか、たまったもんじゃないよ!?」
僕は暴力反対派の人間だ。
暴力ヒロインは嫌いだし、断固として拒否する!!!
「おまっ、ふざけんなよおおおおおおおおおおおおお!!!!今のは完璧に、イチャラブハッピーエンドを迎える流れだったじゃないかああああああああああ!!!!ここまできて流れとフラグぶち壊すなよおおおおおおおおおおお!!!!!」
「いい流れのようで、殴られる可能性は据え置きじゃないか!!!!そんなの怖いよ!!!僕は無理だよ!!!」
「浮気とか別れるとか言わなきゃいいだけだろ!?ボクに不満があるってのか!?殺すぞ!!!!!」
「そういうとこが怖いんだよ!!!DVまっしぐらじゃないか!!!普通がいいんだよ!!!」
「しばくぞぉっ!!!」
「あぁ!まったぶったあ!!!」
「ゴチャゴチャ言うな!!ヘタレを殴って悪いかあああ!!!優柔不断なくせに、なんでそこは無駄に頑固なんだ!!その決断力を、もっと別の方向に使えよ!!!」
「横暴だああああああ!!!!」
ギャーギャーと言い合う僕らは、きっと傍から見ればひどく滑稽だっただろう。
だけど仕方ない。仕方ないんだ。
人間自分の身が一番大切だ。だから仕方ないんだよ!!
「逃げるしかない!」
僕は全力でダッシュした。
「逃げるなあああああああああああああ!!!!」
追ってきた。
「乙女にゲ○ぶちまけた責任取れよぉっ!!!!」
「それとこれとは別だろぉっ!?」
「いいから取れ!すぐ取れ!今取れ!絶対取れええええええええええええ!!!!」
「いやだああああああああああああああああああああああ!!!」
「逃がさんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
幼馴染に対する劣等感は、確かに消えた。
その代わり、恐怖心が芽生えた。
これがこれから先幾度も続く幼馴染との追いかけっこの始まりだったけど、この先に待ち受けているのが僕にとっての地獄か琴羽にとっての天国か。
それは天のみが知ることであった。
ただ、僕に新しい彼女ができることはなかったとだけ言っておくとする。
幼馴染への劣等感から別れようと告げた瞬間、「うるせえええ!!!」とぶん殴られて「ボクはぜっっっったい別れないからな!そんなこと言うやつは矯正してやる!!!」なんてブチギレた幼馴染にしばき倒された件 くろねこどらごん @dragon1250
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