湖畔のナックラ・ビィビィ②ラスト

 弟子の急激な魔導力の成長に、ナックラは喜びを感じるのと同時に不安も感じはじめていた。

(この娘には、元々魔導師の素質が備わっていたのか? 儂はもしかしたら、とんでもない化け物を作り出そうとしているのかも知れんな……かと言って、弟子の育成をやめるワケにもいかん)


 そしてついに、ヴィヴィの体に魔導生物を寄生させる日がやって来た──ヴィヴィは、片手の甲に癒着して根を張って寄生した、目の形をした魔導生物を眺める。


「どうやら、その魔導生物に気に入られたようだな……魔導生物との相性が悪かったら肉体を乗っ取られて怪物に変わる……普段は体の中に引っ込んでいる、魔導を使いたい時だけ現れるから心配するな」


 ヴィヴィはナックラから、魔導力を注入した魔導カードの容器を渡された。

「魔導カードを挿入したり、スラッシュするコトで自由に魔導力を操れる……おまえの体に寄生した魔導生物と仲良くしろ、その生物が病の進行を遅らせる」

 そう言って、老魔導師ナックラは先端に、歯車が覗く三日月が付いた愛用の魔導杖を擦った。


 ヴィヴィの修行は続いた。

 ある日、ホウキで床の掃き掃除をしていたヴィヴィは、いつも師匠が積み上げた書籍の中で、熱心に書きつづっているモノについて訊ねる。

「いつも書いている、それなんですか?」

「さまざまな書籍から抜粋して、自己流に内容を凝縮した暗黒教典だ──人の心を歪ませ混沌を生み出し、災いを呼ぶ新たな教典を作成している……【ググレ暗黒教典】と名づけた」

「なぜ、そんなモノを?」

「西には厄災が必要だからだ……残しておきたいじゃないか、儂の生きた証は弟子のおまえと、暗黒教典だ……気に入らなければ教典を否定しても構わんからな」


 数年が経過した──まったく容姿が変わらない弟子のヴィヴィを見て、肉体の老いが進行するナックラは、ふっと弟子の魔導レベルを再確認してみようと思った。

(弟子の魔導力を、王立魔導ランク協会に送って確かめてみるか)

 魔導力を込めさせた石板をランク協会に送り、数日後に送られてきたランク結果を見てナックラは、ヴィヴィの前で思わず驚きの声を発する。

「王立きょく級魔導師レベルだと?」


 魔導師のランクは下級から、上級・特上級・ほまれ級・最上級・特級そして、西方で過去を通じて一人も現れなかった『極級』へと続く。

 ナックラのランクは特級……せいぜい、弟子は誉級くらいだと思っていた老魔導師は困惑した。

(儂は……とんでもない、化け物魔導師を、育ててしまった)

 このままでは、ヴィヴィは協会に拘束され、兵器魔導師として利用される危険があった。

 実際に、ヴィヴィを協会の監視下に置くことが記されていた。


 ナックラは、掃き掃除をしているヴィヴィを眺め、ある決断をした。

 その夜──謎の魔導隕石が協会建物に落下して、協会建物は保管してあった魔導師ランクの資料と共に高温で焼かれ、灰になって消滅して、協会もしばらくして解体されて消滅した。


 ◇◇◇◇◇◇

 さらに数十年が経過した──【グリーン・ファングレイク湖】の湖畔を見下ろす丘にある小さな墓地に、花を添え祈り終えた美少女が立ち上がる。

 師匠の形見の、三日月型の魔導具が付いた、魔導杖を持った。

 師匠ナックラの名を受け継ぐ、西の大魔導師『ナックラ・ビィビィ』

の姿がそこにあった。

 姿がまったく変わらない、美少女ナックラ・ビィビィの髪を風が揺らす。

 ナックラ・ビィビィに声を掛けてきた者がいた。

「久しぶりだな、ヴィヴィ」

 声を掛けてきたのは見知らぬ若い男……だが、ナックラ・ビィビィには魂の波動から、男が誰かすぐにわかった。

 若い男の姿をした父親──グレゴールが言った。

「暗黒教典に示されていた地図から、浮遊異端暗黒都市【オガム】が隠されていた遺跡の場所がわかった……今はググレ暗黒教の教祖となり、ググレ・グレゴールと名乗っている」

 ググレ・グレゴール大司教が片手をナックラ・ビィビィに向けて差し出す。

「待たせたね、さあ行こう……一緒にググレ暗黒教を、西方地域に広めよう」


 我が子を、暗黒教に迎え入れようとする父親。

 だが、ナックラ・ビィビィの反応は父親が想定していたモノと違っていた。

 父親を睨みつけ、三日月の魔導杖を向けたナックラ・ビィビィが言った。

「黙れ、クソ親父」

「えっ!?」


「わたしは、こんな姿で生き続けるコトを望んではいなかった……あの時は、親に逆らうコトは間違っているという時代の風潮があって……わたしも親の言葉に従うコトに疑問は抱いていなかった……だが時が流れ、それは大きな間違いだったと気づいた」


 ナックラ・ビィビィの目に涙のような、滴の輝きをグレゴールは見た。

「おまえに、同年の友人が年老いて死んでいくのを、見せられる者の気持ちがわかるか! わたしはクソ親父を絶対に許さない! 暗黒教典が人を惑わす教典なら、わたしは人を導く道標になる」


 父親に背を向けて歩き出した、西の大魔導師ナックラ・ビィビィの長い旅がはじまった。


大魔導師ナックラ・ビィビィの誕生~おわり~

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西の大魔導師【ナックラ・ビィビィ】の地図作り魔導旅 楠本恵士 @67853-_-

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