6
冷蔵庫を開くと、甘い牛乳の香りがした。
ラップをかぶせた耐熱ガラスに、淡い黄色のプリンが詰まっている。
「固まってる、ほんとに」
艶めくプリンに、芳樹は目を奪われていた。
「おめでとう」
隣で見守っていた里紗が言う。芳樹はまるでそこに初めて里紗が現れたかのように目を丸くしていた。
「里紗、何かした?」
「何にもしてないよ。レシピを教えただけ」
「じゃあ、俺ひとりでこれを作ったってのかあ」
当然のことを大袈裟に節をつけて言い切てから、食べるかいと芳樹は続けた。もちろんと里紗は返す。浮かれた足取りで芳樹は小皿を持ってきた。二人で食べるとき専用の、真っ白い陶器の皿に、黄色いプリンが載せられる。リビングのテーブルに移動するとき、里紗はあまり揺らしたくなくて、膝をなるべく上げずに歩いたらなんとなく仕草が仰々しくなった。一品だけの試食会。お互いのスプーンを出して、せっかくだからとティーバッグの紅茶も用意した。ティーバッグとはいえ、お湯を注ぐとあなどれないダージリンの香りがあたりにふくらんだ。
「ああ、ちゃんと美味しい」
一口食べて、里紗は言った。二口、三口と吸い込まれるように運ばれていく。堪能しているうちに、向かいに座る芳樹の手が止まっているのに気づいた。
「食べないの?」
里紗に尋ねられて、芳樹はハッとする。
「いや、なんか人に食べてもらうの初めてで。こんな感じかって」
「なにそれ、どんな感じ?」
「うれしいような、恥ずかしいような。どっちも混ざっているような」
芳樹は目線を泳がせて、ごまかすようにプリンを運んだ。里紗もつられて大きめの欠片をすくい取る。カラメルのはっきりした甘味が転がり、奥から淡い牛乳の甘味が立ち上る。それぞれの甘味は違う。違うものが柔らかな食感の下で、ひとつの連なりをもっている。
「止まって」
芳樹に言われて、里紗は手を止めた。フラッシュと、カメラの音が鳴る。スマートフォンを構えていた。
「撮ったの?」
「うん。いい感じ」
見せられた写真は、プリンに焦点が当たっていた。
「今、部屋着なのに」
「そんなの見えないよ。ぼかしてるし。顔は隠している。そうだ、これ動画に使っていい?」
芳樹に驚かされるのは、久しぶりな気がした。
「また作るの?」
「うん。お菓子作りの動画にしようかなって考えてる。撮り方はわかってるし。作り方はもっといろいろ勉強しなきゃだけど」
芳樹が顔を上げた。里紗と目線が合う。ぽかんと口を開けていた里紗が、先に笑った。
テーブルの上にふたつの小皿が並んでいる。プリンの食べ心地を味わいながら、里紗はそこに並ぶものを思い浮かべた。それらは小さくささやかな、新しい夢だった。
労働と褒美 泉宮糾一 @yunomiss
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