第56話 龍神と蛟の王
瑠璃光の解毒の舞は、次第に周りを興奮の渦に巻き込んでいった。美しくも華麗であったが、香を使うせいか、周りは、普段とは違う空気の飲まれていった。陶酔したような気分になり、周りは、華やかに花が咲き乱れ、誰もが陶酔した。桃源郷とは、こんな景色なのであろうかと思われる、そんな景色が見え、周りの者達は、陶酔していった。新鮮に浸かる風蘭も、清く冷たい泉に浸っているだけなのに、次第に、肌は、桜色に染まっていった。細く裂かれた菖蒲が、肌に食い込み、揺れる姿は、苦悶にのたうち回る様にも、見えるが、その顔は、酔いしれているかの様にも、見えた。双眸は、深く閉じられ、長い睫毛が揺れている。
「身を任せたくなるような、気だるさの中にいるのよ」
紗々姫は、そう言った。解毒を行いながら、その元を引き寄せる。
「今のうちよ。本物が現れる」
紗々姫の大きな一重の目は、その時が、いつ来るのかと、しっかり見極めようと見つめている。
「最初は、眠り続けている様な、気持ち良さなの。だけど」
紗々姫の顔色が、変わったので、青嵐は、慌てて視線を瑠璃光に送った。今まで、無表情だった瑠璃光の、目は見開いたまま、驚愕の色を浮かべていた。天たかく開いた扇子から、散っていく桜の花びら。
「まさか・・・」
小さく瑠璃光が、呟く。
「出る・・」
瑠璃光が、動くより早く、紫鳳が翼を広げた。神仙に沈む風蘭に被されるに、両翼は、空を切り、姿を覆った。
「やはり・・・」
紗々姫が身構える。
「瑠璃光!」
紫鳳が叫ぶと、瑠璃光は、扇子で空を切り、香と辺りの空気をかき混ぜるように、回転する。それは、次第に、鮮やかな瑠璃光の衣装の色から、紫鳳の翼の色に変わり、瑠璃光の姿と紫鳳の姿が、入れ違っていた。
「同じ事を」
紫鳳と入れ違った瑠璃光の前に、現れたのは、宿敵の成徳の姿だった。成徳が、そこまで、術を磨いているとは、知らず、瑠璃光は、風蘭から姿を変えた成徳の姿に、顔色が変わっていた。
「そういう事だよ」
神泉に浸かり現れたのは、最早、蛟の化身となった成徳の姿だった。
「式神と入れ替われるのは、自分だけと思っていたか」
成徳は、神泉から抜け出ると、濡れた衣服を脱ぎ捨てた。
「風蘭は、元に戻らぬ。私が死ねば、同じく死んでしまう」
「成徳!」
「生き続ける為には、私の傀儡になるしかない。どうする?瑠璃光?」
瑠璃光は、畳んだ扇子で、成徳の額を押した。
「瑠璃光。こんな所に、よくぞ、立派な薬草園を築いていたな。2人で、力を合わせようじゃないか」
「気分が悪い」
瑠璃光は、成徳の胸元を掴み上げる。
「まぁまぁ、慌てるな。今、遭わせてやるから・・・ただし、交換条件な」
「交換条件とは」
成徳が見つめる方向を見ると、聚周が、瑠璃光達が、抜けた通路を通って、現れる所だった。
「聚周・・・」
瑠璃光は、低く呻いた。
「交換したいのは、瑠璃光。お前だ」
勝ち誇ったように、聚周は、笑い。黒ずんだ棘の腕輪を、投げつける。
「術を封印しろ。そしたら、交換だ」
「やめろ!」
紫鳳や青嵐が止めようとするのを、瑠璃光は手で制した。
「わかった」
瑠璃光は、周りが制するのも、聞かず、両腕を棘の腕輪に通すと、腕輪は、締め付けるかのように、細く締まるのだった。
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