第57話 鋼の王冠を抱く皇帝

これほど、自由を奪われたはずなのに、輝かしい王がいただろうか。屈辱に燃えた眼を、聚楽に向け、唇を噛み締めて、佇む顔は、透き通るように白く、両手首には、痛々しく、茨の腕輪が食い込んでいる。それでも、立っている姿は、神々しく美しい。聚周は、思わず得た獲物に、満足していた。

「このまま、風蘭の代わりに、本物が玉座につくのもありだと思うがな」

聚周は、成徳に言う。

「正統な後継者だろ」

風蘭の身体から、姿を現した成徳は、顔を顰める。

「それでは、意味がない。妖の血を引く者に、座を渡す訳には、いかない」

「妖でも、正統だろう。蛟の精を取り入れても、蛟は、龍にはなれん」

紫鳳が、吐き捨てるように言う。

「瑠璃光。合図さえくれれば、いつでも、こいつ達を、叩き潰してやる」

紫鳳の怒りは、頂点に達しそうだった。

「だめだ」

瑠璃光は、頭を振った。

「そうだよな。風蘭を助け出したいから、こんな俺の手に落ちたんだよな」

聚周は、自分の上唇をそっと舐めた。

「何をやっても、俺より上で。ずっと、澄ました顔が嫌だった。術が使えないなら、お前も風蘭も変わらないよね」

聚周は、瑠璃光の長い髪を引っ張り、自分の頬を寄せる。

「お前に、その気があるなら、皇帝の座に座らせてもいいぞ」

「ふざけやがって」

紫鳳の閉じられた翼が、開きそうになっている。青嵐は、怒りのあまり、炎を制御できなくなっていた。紗々姫だけが、薄く笑い、このやりとりを見ていた。

「お前ごときに、瑠璃光が抑えられると思うな」

「おや・・・何か、できるのかな」

「蛟は、蛟。龍には、なれん」

「同じ妖のもの同士、獲物に預かろうではないか?」

成徳は、嘲るように紗々姫に言い放つ。風蘭の命を盾に、聚周も成徳もやりたい放題だった。事もあろうか、抵抗の出来ない瑠璃光の髪を引き上げると、聚周は、瑠璃光の頬を、弄ぶかのように、舌先で、舐め上げた。誰もが、ゾッとする光景だった。

「調子に乗りおって」

紗々姫が、吐き捨てるように言った。声は、氷のように冷たく、双眸は、冷たい光を放っていた。激しい怒りの炎が、紗々姫の中で、踊り狂っていた。

「報告します」

人知れずの薬草園に軍兵が、血相を変えて飛び込んできた。周りの異常な空気に気を取られながらも、成徳に耳打ちする。

「ほらきたか?」

笑う紗々姫の、口元が耳まで裂けるのを、成徳は、肝を冷やす思いで見ていた。その報告の内容は、紗々姫が、何故、不敵に笑うのかを物語っていた。

「陽の元の国の襲来です。」

「何と!」

成徳は、目を見張った。陽の元の国は、最近、大陸の港町に現れ、虐殺や略奪を繰り返し、最近は、大人しくなっていた筈だった。それが、この後に及んで・・・何故?成徳の視線は、泳いでいた。ふと、紗々姫の目と目が合った。

「聞いたのか?」

紗々姫の目が、まるで、猫の瞳のように細くなった。

「あれ?」

成徳は、後ろに尻餅をつきそうになった。あれは、蛟の精ではない。もっと、恐ろしい物。今にも、紗々姫の裂けた口からは、長い舌が飛び出してくる様だった。

「終わると思うなよ」

紗々姫が、呟き終わるか、終わらないかのうちに、また、一人、軍兵が、顔色を変えて聖徳の元へと走り込んできた。

「報告です」

抵抗のできない瑠璃光の髪を弄んでいた聚周も、陽の元の国の来襲を聞いて、手元が止まっていたが、更に、現れた軍兵の姿に、空いた口が閉まらないでいた。

大陸の北にある草原の国、アルタイ国が、国境を渡り攻めてきたと言うのだ。皇帝不在の情報は、高い山を越え、周辺国の虎視眈々と、侵略を狙う国達に隙を与えていた。

「どうする。皇帝不在で、どう戦う?」

紗々姫は、恐ろしい顔で、聖徳に言う。

「はなから、皇帝など、あてにしておらん」

「爺さんが、先陣切って、出ていくのもいいだろう」

青嵐は、笑った。

「聚周!先陣きって、アルタイ国に向かうのだ」

「断る。欲しい物を手に入れれば、用はない」

聚周は、瑠璃光の手を引くと、早々に立ち去ろうとしている。

「目的は、果たした。こいつさえ、手に入れば、最初から、何もいらない」

「そういう訳には、行かないのよ」

紗々姫が、いつの間にか、聚周の前にたちはだかっていた。

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