第34話 幼帝 風蘭と青瑠璃院の若き主

鏡に映る姿は、まだ、若い女性の姿だった。信頼できる宦官は、成徳を含め、ほんの2〜3名。他の公主達の様に侍女に髪を梳いてもらう事もない。いつから、ここに閉じ込められているのだろう。風蘭は、枕元にある引き出しをそっと開けてみた。小さな引き出しの奥には、髪飾りが入っていて、それは、誰にも言えない瑠璃光との思い出があった。

 皇宮の奥、東宮には、誰も、入れない園庭があった。幼い頃から、男子として育てられていた風蘭が、宦官達と一緒に遊ぶのは、鞠蹴りや凧揚げだった。その日、園庭で、凧揚げした風蘭は、風に煽られ、園庭の西側奥に凧を落としてしまった。普段であれば、宦官達は、凧を拾いに行くのだが、今回は、様子が違った。

「困りました」

宦官達は、顔を見合わせた。

「よりによって。。。あそことは」

風蘭が、自分で、取りに行こうとするのを、1人の宦官は止めた。

「おやめなさい。あそこは、行ってはいけません」

「もう、誰も、住んでいない。廃妃となった院だから、誰も、行かないんだよ」

もう、一人が言うと、東宮に渡る長い廊下を歩く1人の少年を見つめながら、口を開いた。

「星暦寮の瑠璃光様だ」

何事か、星暦寮の主と急足で、通り過ぎていく。園庭には、さほど、奴婢達は、いない様子であったが、瑠璃光が、歩く姿を見に、何人もの人が、集まってきていた。まだ、幼さの残るふっくらとした顔つきでも、現在と変わらない凛とした輝く美しさが、その頃も、秘めていた。

「青瑠璃院に捨てられていたのを、現在の星暦寮で、引き取ったそうだな」

一人が言った。青瑠璃院には、廃妃が長年住んでいたが、子供を持つような年齢の者は、おらず、よく、獣が出入りしていたから、瑠璃光は、獣の子ではないかと、噂されていた。それでも。。風蘭は、幼いながらも、瑠璃光に心惹かれた。宦官達の影口にも、動じず、なんと、輝いている事か。

「凧は、もう良い」

風蘭は、駆け出していた。

「風蘭様!」

瑠璃光が、向かった東宮に、向かっていった。

「話してみたい」

風蘭は、思っていた。あいにく、その時は、瑠璃光にあう事はできなかった。何度か、ニアミスを試みたが、瑠璃光と話す機会は、訪れなかった。そんな雨の降ったある日の事。風蘭は、課題を解けずにいた。成徳からは、何人もの師を与えられ、幾つもの課題を与えられていた。雨のせいで、湯鬱で気分が、盛り上がらず、一人、書庫でこもって課題を解く事にしていた。埃にまみれた書棚の奥に、その人はいた。

「瑠璃光?」

風蘭は、口を抑えた。憂鬱な雨の中、埃臭い書庫の奥に、その人は居た。燭台を掲げ、いくつかの巻物を手に取っていた。

「何か、ありましたか?」

口を抑え立ち尽くす風蘭に、気付き、瑠璃光の方から、声をかけてきた。

「あの。。」

話をしたいと思って駆け出したあの日から、何年も経っていた。瑠璃光は、獣の子と噂されているが、人間の美ではないと思った。薄い灰色の瞳に、吸い込まれそうになった。

「大丈夫?」

瑠璃光は、顔を覗き込むと声をかけ、返事に詰まっている間に、急ぐように去っていった。そこから、何度か、風蘭は、瑠璃光に会う為に、書庫に通う様になった。決まって、会えるのは、雨の午後だった。

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