第32話 朱雀の花嫁

朱殷。。赤黒い龍の眉間に、梨王は、細い剣を突き刺していた。掌に隠れるほどの小さな剣。それは、呪縛を解くには、十分な大きさで、名を呼ばれると、固く閉ざされた鎖が断ち切れるかのように、朱雀の顔は、綻び、中から、憂に沈んだ少年の顔が覗き始めた。長く艶やかな髪に覆われた色白い顔は、朱雀と呼ぶには、ほど遠く、どちらかというと、青龍の印象が強かった。鉄赤の鎧に身を包んだ、憂のある少年が、朱雀の中から、姿を現した。

「あ。。」

その姿を見て、紫鳳は、息を呑んだ。

「これは」

青嵐も、何度も瞬きを繰り返し、口をパクパクしている。その様子を見て、瑠璃光は、口元を緩めた。

「嘘だろう」

そう思いたかった。が、鉄赤の鎧の少年が、瑠璃光の隣に、降り立つと、誰もが、目を凝らしていた。そう、朱殷と呼ばれる朱雀の龍の元の姿は、瑠璃光と全く同じであった。若干、瑠璃光が、年上に見えるだろうか。女性のような容貌を備えた瑠璃光は、2人いないと誰もが、思っていたが、立ち振る舞いや冷たい顔の印象など、瑠璃光とよく似ていた。

「まあぁ。。そういう事で」

瑠璃光は、梨王と紫鳳を交互に見た。

「だから、分身でもある青龍の剣を、任せる事ができた」

梨王は、言う

「とはいえ。。中身は、全く違うがな」

黙って、梨王の話を聞いていた朱殷が、口を開いた。

「簡単に、魔導士の話を信じているとは」

口を開くと、瑠璃光とは、全く印象が異なった。

「誰も、信じておらぬ。人間の見方をしおって」

「味方は、しておらん。無駄な殺生をしたくはない。止めるように、人間に言いたいだけ」

梨王は、心外だと言わんばかりの口調だ。

「我らは、この地のために、河を守るのみ」

「ではあるが、我らを騙し、約束を守らぬ。我らのみ、約束を守るのは、どうかと思う」

聞くところによると、朱殷のみ、守護剣を奪われてしまい、どうやら、その犯人を姿の似ている瑠璃光の仕業と思い込んでいるらしい。

「おいおい。。」

瑠璃光は、笑って否定した。

「似たような疑いをかけられている話が、もう一つあるが、私ではない」

瑠璃光は、紫鳳を見て、大袈裟に手を広げた。

「剣を盗んだり、それで、人を殺めたり、私は、術が使えない者のようだな」

「確かに、瑠璃光が、自分で、行う必要はない」

紫鳳は、言った。

「白虎と青龍が揃えば、朱雀の剣も呼ばれると聞いたが、陽の元の国にもなかった。必要とされなければ、現れないと聞いている。自ら、封印したのではないか?」

梨王が、朱殷に言った。それもそうかと誰もが、思いかけた時、

「白虎の持ち主がくる」

顔を上げた梨王が、水面を見つめると、静かに白く泡立つのが、見てとれた。白虎の龍。月の守護神。龍伝河のもう一人の、主であった。

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