親父が血相を変えて店に入ってきた。

「光、お前知ってたのか」

 そんなこと言われても何のことか見当もつかない。

「そうだよな」

 困惑気味の僕を見て親父も少し落ち着いたようだ。

「さっちゃんが家出したらしいんだ」

 僕はそれを聞いて驚きもせずに親父の顔を見ている。動揺しているはずなのに、僕にはそのことが想定内のことのように思えてしまっている。

「なんだお前、やっぱり知ってたのか」

「それで相手は誰なんだい」

 僕は親父の言葉に何も反応できないままその場に立っていた。

「知らないのか」

「全然わからない」僕はポツリと言葉を発する。

 全然わからないよ、そんなこと。サチは何にも言ってなかった。

「おばあちゃんは」

「今、じいさんが行ってるよ」

「やっぱり無理にでもくっつけちゃえばよかったのかな」

 親父が僕の前でひとり言のように言う。僕だってそのつもりでいたんだ、本当は。サチが好きだったから。自然にそうなっていくと思ってた。

 僕は親父の前を通り過ぎ、店を出てふらふらと歩いていく。あのベンチに向かって。ベンチにすわるとジワリと涙があふれてきた。しかたなく僕は下を向いた。どうして僕は祖父さんのようになれなかったのか。

「やっぱり孫だよな」

「血は争えないってこと」

「隔世遺伝だけどな」

 通りすがりの人の話し声が聞こえる。

 そんなんじゃないんだ。僕は大声で叫びたかった。

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隔世遺伝 阿紋 @amon-1968

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