03 捨て童子・足利直冬

 一三五四年五月。

 長門豊田城。

 南朝の足利直冬ただふゆは、斯波高経、桃井直常、山名時氏、大内弘世らの支援を受け、挙兵。

 かつての父・足利尊氏の九州からの東征の如く、上洛を目指して、堂々たる進軍を開始した。



「父君、恐れながら」


 この報に接した北朝の足利義詮よしあきらは、父・尊氏に申し出、自ら軍を率いて直冬との決戦に臨まんと欲した。

 北朝の次代の将軍と目される義詮自ら戦う。

 軽々しいとの誹りを免れないが、それでも、今現在、京畿において諸将を率いる「格」を持つ将領は、足利尊氏を除いては、足利義詮を置いて他にいない。というか、その「格」を持つ将領がいないからこそ、足利直冬が引き上げられたという裏事情ではあるが。


「許す」


 尊氏の返答は、簡にして要を得ていた。

 なみいる群臣諸将の中、言外の理由――義詮自身で敵わなければ、尊氏自ら事に当たる――を察していたからだ。


「京は、任せよ」


「痛み入ります」


 そして尊氏も義詮も、准后じゅごう・北畠親房の臨終の言葉を知っている。直冬の上洛進軍は、その親房の策であることは分かっていた。策、というか策の一環であるということを。


「今この時、また迂闊にも玉を奪われたら、破滅」


 玉とは帝のことであり、帝――つまり北朝の後光厳帝は、神器も皇族も無い中、僧籍に入るべき皇族を強引に仕立て上げた帝である。

 その帝すら奪われたら、北朝の死命は制せられること必定。


「そこを、予が抑える」


 尊氏は無言だが、目で義詮にそう伝えた。

 うかうかと口に出して、その弱点を南朝に漏らすことはない。

 それゆえの、目線のみの会話だった。



 足利直冬は、越前の局という女性と、足利尊氏の間に生まれた庶子である。

 伝えられるところによると、尊氏は越前の局に恋い焦がれ、一夜を共にしたところ、局が直冬を懐妊したとされる。

 その直冬は庶子であることから、当初は寺に入れられていたものの、手の付けられない問題児であり、かつ、足利家として、麾下の諸将を率いる「格」を持つ者の不足から、尊氏の弟・直義が自らの養子として引き取り、足利家の連枝となった。


「紀伊の南朝方を討つ」


 直冬の初陣は、紀伊の南朝勢力の討伐であり、直冬はそれを勝利で飾った。

 だが当時、足利家内部の亀裂が広がりつつあり、直義は直冬のその権力闘争の場から遠ざけるため、長門探題という職を創設し、直冬を西国へと送り出した。


養父ちちを救わん」


 しかし足利家の内訌、観応の擾乱じょうらんが勃発。直義は副将軍というべき立場から一転、逆賊として東国へと落ち延びる羽目となる。

 これに関連して、直冬は一軍を率いて上洛せんとしたが、播磨はりまの赤松円心に阻まれて、長門への逼塞を余儀なくされる。


「ふざけるな」


 直冬としては、いかに庶子であり疎ましいとはいえ、ここまでするか、と言いたい。

 尊氏から見れば実の弟である、養父・直義。

 直冬は養子として、直義がいかに北朝を支えて来たか、心を砕いてきたか、それを見ていた。


「それが、何だ」


 執事の高師直こうのもろなおとのいさかいが起こったと思いきや、いつの間にやら逆賊として討たれる立場となった、直義。しかも尊氏は、敢えて南朝側にくだってまで、直義を討った。


「ふざけるな」


 再度の罵倒。

 こうなれば、もはや父も父と思わぬ。

 養父の下で実績を積めば、認めてくれるだろうと思っていた、実父・尊氏。


「なら、そのひそみならってやろうではないか父……ではない、尊氏」


 折りしも、南朝の准后じゅごう・北畠親房の使いとやらが来て、「そのたくらみ」を告げたところだった。


「おれは南朝につくぞ」


 降るのではない。それでは父と同じだ。

 

 足利直冬は、南朝と共闘する。

 そう言い張った。

 すると、旧・直義派ともいうべき、足利家内部の重臣や大名たちが、揃って直冬の支援へと回った。


「時こそ、至れり」


 直冬は長門豊田城をで、一路、京を目指した。

 その征路は、一時は九州に落ち延び、やがて兵力を糾合して、そこから東征して上洛戦に臨んだ、足利尊氏の征路と同じであった。


「尊氏の天下盗りをなぞり、直冬おれの天下を」


 それは北畠親房の指示によるものであったが、直冬としては、その皮肉のいた策が気に入った。


「さて……どうする、尊氏、義詮」


 この直冬を蔑んだ者たち。

 今こそそれを後悔させてやる。


 直冬の怒りは、気概は今や天を覆い、遠く京まで響くが如きであった。

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