第4話 伊丸岡姉妹

「……今日もか?」


 玲児が来るのを待っていたのだろう。

 いつもの帰り道、自動販売機の横で携帯を弄っていた女子高生が、不意に進路を塞いだ。


 伊丸岡歩美いまるおか あゆみ。三年の先輩で、すらりとした、眼つきの冷たい女だ。見た目通りのクール系で、近寄りがたい雰囲気がある。セミロングの黒髪を、片方だけ編み込みにして垂らしている。


 彼女とは、昨日寝たばかりだ。


「初めてだけど」


 ぶっきら棒に歩美は言った。

 わけが分からず、玲児は目を細めた。


「ふざけてるのか?」

「編み込み、今日は左でしょ。お姉ちゃんは右なの」


 垂らした編み込みを弄りながら、つまらなそうに彼女は言った。


「双子か」

「そう。あたしは歩佳あゆか。お姉ちゃんから聞いてない?」

「初耳だ」

「あたしは聞いてる。君、お願いされたら誰とでもヤルんでしょ?」

「あぁ」


 頷いて、玲児はいつものルールを説明した。


 †


「……君、上手いね」


 息が落ち着くと、ベッドの上で大の字になった歩佳が言った。


「数をこなせば、誰だって上手くなる」

「なんか、AV男優みたい。そういうの目指してるとか?」

「いいや」


 言いながら、玲児は水の入ったペットボトルを歩佳に放った。


「ありがと」

「金は貰ってる」

「そうだけど。君、可愛くないね」

「言いたい事があるんだろ」


 会話の前戯を断ち切って、玲児は言った。


「俺と寝た後は、みんななにか話したがる」


 歩佳は黙った。

 玲児は気にせず、椅子に腰かけてジャンプを読み始めた。


「……お姉ちゃんと比べてどうだった」

「それが知りたくて俺と寝たのか」


 歩佳は黙った。

 裸のまま、起き上がってベッドの上で膝を抱えた。


「あたし、彼氏がいるの」

「それで」

「驚かないの?」

「初めてじゃない」

「本当に?」


 歩佳は目を丸くした。


「だってその子、彼氏がいるんでしょ?」

「あんたが言えた義理じゃないだろ」

「そうだけど……なんで?」

「相手の事が本当に好きなのか不安になった。好きでもない男に抱かれれば、何か分かると思ったらしい」

「それで?」

「泣いてたよ」

「なんで?」

「彼氏より、俺と寝る方が良かったらしい」

「じゃあ、別れたの?」

「そのつもりだった。だから言ったよ。罪悪感があるって事は、好きって事だ」

「で、どうなったの?」

「さぁな。彼女とはそれっきりだ」

「気にならないの?」

「俺はそいつの彼氏じゃない。友達でもない。ただの、お願いされたら誰とでもヤル男だ」

「……可愛くないね」

「よく言われる」


 歩佳の鼻から息が漏れた。


「あたしとお姉ちゃんって、なにもかもが一緒なの。顔も、声も、性格も、頭の良さも、服の趣味も。それなのに、なんで彼氏は、あたしに告白してきたと思う?」

「さぁな」

「……うん。あたしも分かんない。彼氏も、分かんないんじゃないかって。お姉ちゃんがあたしの振りして誘っても、あたしだと思って抱いちゃうんじゃないかって」

「それで、二人して俺に抱かれに来たのか」

「馬鹿だと思う?」

「思うが、俺ほどじゃない」


 歩佳の鼻が笑った。


「かもね。それで、どうだった? あたしとお姉ちゃんとエッチした感想」


 上目づかいで向けられた瞳は、答えを恐れるように不安げに揺れていた。


「同じだった」


 正直に、玲児は告げた。

 歩佳の顔に、落胆が広がった。


「本当に?」

「あぁ。言われなきゃ、どっちがどっちか分からないだろうな」

「……そっか」

「あぁ」


 膝の間に顔を埋めて、歩佳は押し黙った。

 長い時間が経った。

 ジャンプを読み終えて、玲児は尋ねた。


「で、結局あんたは誰なんだ?」

「ぇ?」

「同じなんだろ? 昨日寝た女と」


 少女の顔に、笑顔が広がった。


 †


「……今日はどっちだ?」


 翌日、同じ場所で、同じ顔の女が待っていた。


「どっちだと思う?」


 試すように笑う女は、どちらの髪も編み込んでいない。


「さぁな。見ただけじゃ分からない」

「じゃあ、寝れば分かるんだ?」

「さぁな」


 お願いされたので、玲児はその女とも寝た。

 終わってから、玲児はその女に言った。


「あんたらは、全然似てないよ。もう一人にも、そう伝えてくれ」


 伊丸岡のどちらかが、もう一人とは全く違う顔で笑った。

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元カノにお願いされたら誰とでもヤル男って噂を流されたから開き直った 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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