day5
第80話 追試と忠誠心
時刻は丁度深夜零時を回った頃。
先程空き地で門倉さんと手合わせをしてから、少しだけ休憩をしつつ、細かい打合せを済ませるとこの時間になっていた。
更に驚くべきことに、ほんの少しの休憩だったのだが、門倉さんに蹴られた胸の痛みはほぼ完全に抜けており、シャツの胸元に薄っすらと残っている微かなシミが先程蹴られたという事実を思い出させる唯一の痕跡だった。
達人の蹴りというのは凄い。
衝撃までコントロールしてしまうのかと、感心していると、それは樹も全く同じだったようで、互いに顔を見合わせ目を白黒させていた。
車二台で奴らのアジトである夜桜ボウルに向かうと何かあった時に対処できないリスクがあったので、一台は念の為近くのコインパーキングに停めておいて、もう一台に乗って全員で向かうことにした。
ちなみに何故か俺の車に全員乗っているのだが、大男一人とガタイのいい老紳士とオッサン、そして狐耳の幼女が助手席に陣取ってすぐにうたた寝をしてしまったせいで、後部座席は非常に窮屈だった。
これは門倉さんの車はまだ奴らにバレていない可能性が高いのと、俺の車はもう既にやつらに認知されてしまっているので、何かされるにしろ一台で済む可能性が高いと考えた末の結論だ。
ちなみに破損してしまった場合はお館様事イリスさんが面倒を見てくれるとのことで、どんだけ太っ腹何だあの人は…と、なんだか申し訳なくなってきてしまっていたのだが…。
目的地は繁華街の裏通りである為、道行く人もまばらで、今から出勤であろう若いホストだったり、派手メイクのキャバ嬢だったり、スナックからは着物を着た女将さんっぽい人が外の方まで出て帰る客に頭を下げて丁寧に見送っていたのが二、三人見えたくらいだ。
俺は夜桜ボウルの入口に車を近づけると、そこから敷地内に侵入する。
侵入とはいっても敷地の入口から建物までは外の方に駐車スペースが数台分用意されているのだが、そこにはベイサイドブルーのスポーツカーと、他にも数台別の車が止まっていた。
俺は敢えて入口から少し離れた場所に車を止めるべく、車を操作すると門倉さんが後部座席から声を掛けてくる。
「四季様、ここは敢えて堂々と彼らの車の横に着けておきましょう。本来なら目立たぬように隠したりするのが妥当ですが、ここは敵のアジトです。木を隠すなら森の中、車を隠すなら車の中です。一台だけポツンと浮いてるのを発見されるよりは幾分かマシかと思われます。それにまさかこんなに堂々と駐車場に乗り込んでくるとは相手方も思わないでしょう。敢えてその心理をついてやりましょう」
確かに一理あるがリスクもある。
メリットは門倉さんも言うように暗い内は良く見えないので自分以外の車を認識するのが難しいということだ。
実際に中にいる全員が一斉に建物から出てきて移動する事にならなければ、恐らく気にはならないだろう。
しかし、リスクは後から追加の仲間が来ないとも限らない。
そいつらに外から確認されて中に連絡が行くと、それだけで侵入がバレてしまう。
最悪そのまま移動手段を失ってしまうので、外のコインパーキングまで走る必要があるのだが、それは本当に最後の手段だ。
出来ればいたずらに最終手段を持ち出したくはない。
「樹はどう思う?」
俺は樹に意見を求める。
今まで黙っていた樹だったが、急に話題を振られた事によって体をピクっと震わせると、数秒程考えてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あたしは反対よ」
「何故ですか?」
樹がそう言うと、門倉さんは即座に理由を問い質す。
「確かに門倉さんの言うように、暗い内はそれでもいいかもしれないわ。でも、夜の内に仙狐水晶を奪還出来る保証はないし、仮に明るくなったら一緒に停めておくメリットは無いわ。下手に移動手段を潰されたらそれこそ集団で囲まれておしまいよ。だからあたしは反対」
と、樹は窮屈そうに身を屈めながら、腕を組み意見を述べてくれた。
その際、門倉さんも腕を組み、静かに頷き、短く一言だけ言葉を返す。
「なるほど…では一対一ですので、四季様次第でございますが、いかがいたしましょうか?」
門倉さんはそう言うと、再び俺に問いかける。
「門倉さんは敵の車の近くに停めると、そう判断したのですね?」
と、俺はもう一度確認する。
「それは、その方が潜入する際の確率が高いと踏んだからですか?」
俺はもう一度門倉さんに問いかけると、門倉さんは神妙な面持ちで答える。
「はい、私はそう判断致しました…」
門倉さんの表情から考えは読み取れなかったが、彼は無言で頷き肯定する。
俺は車を走らせると、建物に近づき、バッドウルヴスのメンバーの車が止まっている所を突っ切ると、その奥にある屋内駐車場の方へと車を走らせる。
屋内駐車場は一階部分入口の所を除けばほぼ全域がその面積を占めており、ライトなども付いていなかった。
昔はあったであろう設備も今は機能を失っており、車のヘッドライトの明かりで埃の筋が見え、それでも辛うじて数メートル先が見える程の暗闇だった。
「なるほど、それが答えというわけですな?」
門倉さんはゆっくりと口を開きこちらへ問いかけるが、後部座席からは鋭い視線を感じる。
まるで針で刺す様な鋭い眼光はに一瞬俺は委縮してしまいそうだったが、総合的に判断して、この結論に至ったのである。
「理由をお聞きしても?」
更に視線による威圧感が増した様に感じだのは気のせいでは無いだろう。
門倉さんは先程まではニコニコと笑みを携えていたが、今はそうではない。
ミラー越しに見える門倉さんの視線は、まるで日本刀の様な鋭さを帯びており、またその表情には一切のゆるみは無く、キュッと引き結んだ口、眉間に寄った皺は返答次第ではただではおかない、と言っている様にひしひしと肌でそう感じた。
俺はそんな針の筵に正座させられている様な空気感の中、気合で車を運転すると、丁度建物の入口からは死角になっている鉄骨を見つけ、そのの脇に車を停車してエンジンを切る。
そして、敢えて振り返ってしっかりと門倉さんの目を見据えて真剣に答える事にした。
「はい、俺も門倉さんの意見には反対です…何故なら」
一度言葉を区切り、改めて真っすぐ門倉さんの目を見据える。
獰猛な肉食動物が獲物を狩る時の様な鋭い視線が真正面からこちらを射抜いており、居心地は最悪だったが、それでも…それでも、頭の中で言葉を整理して、しっかりと門倉さんに伝える。
「理由は主に二つ。一つは…先程樹の言った通りです。下手に敵にこちらの存在を知らしめるリスクを取るより、多少浮いてしまう可能性があっても、移動手段は確保しておきたいです。なので門倉さんの車を使うのは本当に最後の手段にしておきたい」
「ふむ、ではもう一つは?」
門倉さんは足を組み、顎に手を当ててピクリと眉毛を微かに動かして俺の答えを促す。
当然ながら鋭い眼光のおまけつき。
「はい、もう一つはここなら、入口の方からは死角になっていますので、朝になってバッドウルヴスのメンバーが出てきたとしても、わざわざここまで覗きに来ない限りは見つかる心配はないと思いました…」
「ふむ、なるほど?」
門倉さんは俺の答えを聞いて片目を瞑り、頷いて見せる。
暫しの沈黙が訪れる。
先程まであったエンジン音や、エアコンの音。
その他環境音の一切が、消えたかに思える程重たい空気が車内を漂っている。
しん…と、静まり返る車内、聞こえてくるのは俺の心臓の音と、隣で呑気に寝ているコンの寝息くらいだ。
門倉さんから目を反らさずに、しっかりと相手を見据えたまま、自分の意見を信じ真っすぐ見つめ返す。
「はっはっはっはっはっはっは!」
「門倉…さん?」
しかし、その静寂を切り裂いたのは、この重たい空気を作り出した張本人である門倉さんだった。
門倉さんは声を上げて盛大に笑っている。
勿論、敵地の真ん中ということで声自体は外に漏れない様に抑えているのだが、その唐突な行動に頭の中がパニックに陥っていると、門倉さんは右手の人差し指で目を擦りながら言う。
「いやー…試すような真似をしてしまい申し訳ありません。お二人共お見事です、もしあのまま表に車を止める提案に乗っていたら、そのまま私は皆様を連れて引き返すつもりでした」
「なっ!?」
「…」
正直
学校の試験や仕事のプレゼンと同じで、傾向と対策を事前に確認して、物資を準備して、短い時間の中で門倉さんなりに念入りに調査して、確認作業と熟考を重ねて漸く行けそうだと思えたのだろう。
素人を本当に連れて行くべきか?
恐らく門倉さんはあの時そう思ったに違いない。
というか、下調べの時点で潜入先のに先に侵入するくらいやってのける人だ。
彼一人ならもっと楽に仙狐水晶を取り返せるかもしれない。
わざわざ素人を連れて潜入するなんてそんなリスクを犯す必要は無いのだ。
では、何故そうまでして俺達に協力してくれるのか?と問われれば、雇い主の命令というのもあるだろうが、彼は与えられた仕事をこなすべく、そのなかで最善を尽くそうと努力している為に他ならない。
勿論その最善の中に
場所が場所なだけに、門倉さんもそれだけ本気で俺達の事を思ってだというのがその態度から伺えたので怒る気にはなれなかった。
彼は主の「期待しているわよ?」というあの言葉に本気で応えようとしているのだ。
なんつー忠誠心だ…。
そんなことを考えていると、門倉さんの表情は既にいつものあのほほ笑みを浮かべた顔に戻っており、目を細め口角を少し上げて穏やかに語り掛ける。
「気を抜くな…と、申し上げましたからな。最終確認をさせて頂きました。樹さまはお気づきの様でしたが、四季様も私の言いなりにならず、しっかりと自分の意思を伝え判断を下した。これなら私が仮にもし倒れたとしても大丈夫ですな?もちろん、私も倒れるつもりは毛頭ありませんが」
「ふぅ…正直真正面から睨まれた時は侵入する前から生きた心地がしませんでしたよ…」
俺は門倉さんのその言葉を聞いて、胸を撫で下ろしほっと一息吐く。
「では、参りましょうか。先程侵入した際にある程度の地形は頭に入っておりますので、私に着いて来てください。ここからは隠密行動になります故、スマホは必ずサイレントモードにしておいてくださいな」
「分かったわ」
「ああ」
と、俺と樹はスマホをサイレントモードにしたのを確認すると、互いに頷き合う。
「では、参りましょうか?」
「そうね」
「ああ!」
と、気合を入れていたのだが、助手席から何とも間の抜けた声が聞こえてくる。
「うぅ…まつのじゃぁ…にげるな~たこやき大福ぅ~!」
「たこやき大福ってなんだよっ!?」
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