第68話 警戒態勢と肩透かし
「その…なんじゃ、お主が帰って来ると同時に、その…気配が、霞や霧のようにこう…すーっと消えた…のじゃ…」
「え?」
コンがそう答えると、俺は鳩が豆鉄砲食らったかのような間抜けな顔をしていたと思う。
ぽかんと口を開けて、呆気に取られていると奥の方からばあちゃんと母さんがこちらに来ると、声を掛ける。
「あら、四季お帰り…ところで、どうしたの?そんなに慌てて。避難はもういいのかしら?何があったか説明してもらえるかしら?」
と、母さんが言う。
「ま、何があろうが大丈夫だとは思うが、あまり無茶せんようにするんだよ?」
と、ばあちゃんはそう言ってリビングの方へと歩いていく。
二人共急な呼びかけにもかかわらず、律儀に言いつけを守って籠城していてくれたのだが…はてさて、何と説明したらいいのやら。
俺はコンの方を向き、確認の意味も込めて尋ねる。
「その、とりあえず淀みが消えた…ってことは、もう大丈夫なのか?」
俺がそう尋ねると、コンは眉間に皺を寄せて、こめかみの辺りに人差し指と中指をピンと伸ばして添えると、何やら考え込む事数秒。
「うーむ…これが不思議なのじゃが、今までそこら中にあった淀みの気配が一斉に消えたのじゃ…恐らく、大丈夫…だとは…思う?のじゃが…うーん?しかし…変なのじゃ…」
と、首を傾げ、顔にクエスチョンマークを浮かべながら何とも歯切れの悪い答えだった。
まあ、コンが言うなら間違いは無いだろうが、用心するに越したことはない。
「その…一応現状は何とも言えないんだけど、ちょっと警戒は必要かもしれない。普段出かける時とかはなるべく一人で行動せず、二人一組…ないし、夜とかは必要以上に外出しないで欲しい。買い物なんかもなるべく昼間の明るい内に、人が居る時に済ませる様にして欲しい。あと、戸締りはやっぱり徹底してくれ」
と、そう伝えると、母さんはコクリと頷き了承してくれた。
「ええ、分かったわ。なるべくそうするわね。ところで四季、今日は夕飯、食べていくでしょ?コンちゃんが昨日頑張って用意したのよ?」
と、冷蔵庫の方を指さす。
「…ああ、頂くよ」
俺は差し当たっての危機は去った事に安堵したのだが、コンは相変わらず首を傾げて「うーん、うーん?」と、唸っていた。
「コン?」
「しかし、妙じゃ…淀みが突然消えた…ある程度は自然に昇華することもあるが…うむむ…どういうことじゃ?」
と、ぶつぶつ言って自分の世界に没頭していたので、とりあえずカバンから昨日ストックしていた黄色い箱のブロック状のビスケットを取り出し、コンの目の前にちらつかせる。
「ほれ、約束のやつ」
「メープル味っ!」
と、それに気づいたコンは食い気味に前のめりで、俺が箱を左右に動かすのに合わせて、尻尾をフリフリと左右に動かし、気付けば目線もそれに釣られて動いていた。
「食べても良いのかの?」
と、俺に纏わりつく様に擦り寄って来るコンが尋ねてくるが、そもそもコンに渡すつもりで多めにストックしておいたのだから是非もない。
まあ、なくなったらまた買えばいい。
「ああ、いいぞ。待たせて悪かったな。急いできたから稲荷は無いが、今はこれで勘弁してくれ」
「わーいめーぷる味なのじゃ!ぬふふ…めーぷる味ぃ!」
と、箱を手にその場でくるくると回転しながら小躍りしているコン。
この程度で喜んでくれるなら、安い物だ。
俺は自然と頬が緩むのを感じた。
◇
さて、当面の危機は去った様で俺達は今リビングで団欄をしていたのだが…。
俺は椅子に腰かけ、対面にはばあちゃん。
俺は母さんが出してくれたコーヒーを啜り、ばあちゃんは相変わらずプロテインを片手に、母さんが即席で作ってくれた手作りのおやつである紅茶の蒸しパンを頬張っていた。
鉄で出来た銀色のプリンカップに入ったそれは、大体握りこぶしくらいの大きさで、薄茶色の表面に微細なぷつぷつとした細かい孔が開いており、ご丁寧に三角形の薄いクッキーが刺さっていて狐の耳の様にピンと尖っていた。
見た感じ割と手が込んでいる様に見えるが、母さん曰く昨日のホットケーキミックスの余りで作ったらしい。
材料も殆ど一緒とのことで、工程次第で同じ材料でも全く違ったものに変化するのに驚きつつ、甘すぎずそれでいて淡泊でない程よい甘みと、紅茶の香りに混じって微かに香る…これは生姜か!
微かにぴりりとした辛みと香りが鼻孔を抜ける蒸しパンを頬張る。
「うまい…」
と、ついつい口から感想が零れるくらい美味しかったのは事実だ。
「そうでしょそうでしょ?今日もコンちゃんと一緒に作ったのよー?ねーコンちゃん?」
「そうなのじゃ!ワシもまぜまぜして一緒に作ったのじゃ!はぐはぐ…うまっ!」
耳をピクピクと小刻みに揺らし、尻尾をふよんふよんと左右に揺らすコンは相変わらず俺の膝の上に座っていた。
「ふふ、上手に混ぜてくれたおかげでこんなに可愛くて美味しい物ができたわ!コンちゃんお手伝いありがとね?」
「はむはむ…良いのじゃ!とーこの料理は皆が幸せになる味なのじゃ!んーんまっ!」
両手に蒸しパンをもって交互に頬張る欲張りスタイルのコンは、頬っぺにパンくずが付いているのも気にせず、蒸しパンの美味しさに身悶えしながらくねくねと体をしならせて次々と食べ進めていく。
コンの皿には最初蒸しパンが五つ程乗っかっていたが、母さんの問いかけに答える間にもう既に二つほど平らげていた。
というか、食うか喋るかどっちかにしろと言いたい…。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
俺は最後の一口を口に放り込み、甘さが口に広がる様にゆっくり咀嚼してそこへコーヒーを流し込む。
さっぱりとした甘さだったので、コーヒーの味が強く紅茶の風味は負けてしまうのだが、それでもしっとりとした生地がコーヒーを吸って、また違った別の味わいが口に広がるのが美味しかった。
「のぅ…四季?」
と、食後の一服を堪能していると、膝の上に座っているコンが俺の顔を見上げて話しかけてくる。
「ああ、どうした?」
くりくりの青くて丸い眼が俺の顔をとらえると、じーっと覗き込む様に見つめていた。
尻尾をふりふりと悩まし気に左右に揺らし、無言で見つめてくる。
「………ん」
「ん、俺の顔に何か付いてるか?」
「………んっ!」
ただ何も言わず、暫くじーっと俺の顔を覗き込む何かを催促しているのか、コンの視線に耐え切れなくなった俺は、「降参だ!」とばかりに、右手を動かし、コンの頭にそれを覆いかぶせると、わしゃわしゃと乱雑に撫でまわす。
「ぬふーっ……!」
すると、コンは目を細め満足そうに息を吐くと、尻尾をふりん、ふりんとまとわりつかせる様に左右に揺らし、手にした最後の一個の蒸しパンを頬張っていた。
「ああ、四季そういえば…」
食後の一服を…と、一息ついているとばあちゃんがこちらに顔を向けて口を開く。
「ん、ばあちゃんどうした?」
ばあちゃんは相変わらず鍛え抜かれた太い腕で、左手に持った蒸しパンを頬張ると、ゆっくりと咀嚼して、プロテインで流し込み、右腕で豪快に口を拭うと続ける。
「ああ、あんたが色々動き回ってる間にねえ、地主さんが一度顔を見せて欲しいってさ」
「地主さんが?」
「ああ、彼女に話は通してあるから一度行ってみな。力になってくれるかもしれないよ?」
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