第61話 行きつけの飲み屋と息子さん(2)
さて、とりあえずゆっくりとグラスに残った酒を傾けつつ、後ろの席に注意を向けて聞き耳を立てていたのだが、彼らの方も食べるのに夢中になっており、今の所は何も目ぼしい情報は無かった。
「あ、すみませーん!生お代わり下さい!」
樹が呼び鈴を鳴らし店員を呼びつけると、追加のビールを注文する。
店員さんも慣れた様子で注文を聞き入れると、一礼して下がっていき、厨房からすぐにビールのお代わりを持ってくると、空いたジョッキを受け取り「どうぞごゆっくり」と、一礼して下がって行った。
そして樹はビールを受け取ると相変わらずマイペースに飲みつつ、ミネストローネをあっという間に平らげ、今はおつまみセットのサラミやチーズにがっついていた。
昼間あれだけ食べたというのにまだ食うのかこいつは…。
コンと言い、樹と言い…ホント凄い食べるよなあ…まあ、樹の場合はガタイの大きさもあってきっとそれだけエネルギーを効率よく消費しているのだろうから、まあ分からなくもないのだが…。
「んー…やっぱ、ビールもあっちも生が良いわね!って、何言わせんのよ恥ずかしい!」
そう言って、バシバシと俺の背中を叩いてくる樹。
おい、割と真面目に痛いぞ…筋骨隆々のその腕で叩かれるこっちの身にもなってくれよ…こいつ、酒でちょっとテンションおかしくなってんじゃないのか?
「痛いって…はぁ…俺にもツマミくれよ…あ、そっちのクラッカー一枚くれ…」
「これね、はいどうぞ…なんなら食べさせてあげようかしら?」
「いや、それは遠慮する…自分で食う…」
「なーによ、四季ちゃんったら照れちゃって可愛いー!」
「はぁ…」
と、樹にそう告げるとおつまみセットの皿をこちらに寄越してくるが、俺の指定したつまみをあーんとこちらに向けて差し出してくるのに対し、断固拒否して自ら皿の上のつまみを拾い口に放り込む。
一口サイズの塩味の効いたクラッカーにチーズと生ハムときゅうりの乗ったシンプルなつまみだったが、これがまた絶妙なうま味を醸し出していた。
「あ、これ…普通に美味しいな…」
乗っている具材自体がシンプルだったので、そんなに期待していなかったが、ざっくざくのクラッカーに生ハムの強烈な塩味をチーズの乳製品特有のまろやかさが和らげて尚且つきゅうりの水っぽさが嫌な感じではなく、むしろ程よく全体を引き締め、シャキシャキの食感と水気を含ませることで、よりうま味を引き立てている様だった。
「あら、連れないわね…って、ほんとだわこれシンプルだけど美味しいわね…あと少し追加しちゃおうかしら?」
と、樹も手に持って差し出していたそれを自分の口に放り込むと、ゆっくりと味わう様に咀嚼して飲み込む。
どうやら俺と同意見の様子で、こちらもお気に召した様だった。
「シンプルにここお料理が素敵ね。お酒に会う料理が揃っててどれ食べても美味しいけど、美味しすぎて余計に食べちゃうからお会計がちょっと怖いわね…」
「まあ、程々にな?」
「ええ、そうさせてもらうわね?」
と、短く会話を終えると互いに酒を飲みつ、おつまみを食べる何ともまったりとした時間が流れていた。
しかし、そうこうしていると、漸く後ろの席の方から声が聞こえてくる。
注意深く聞き耳を立ててみると、彼等はシノギがどうとか言っているが、やはり一番気になったのは息子さんを褒める彼らの様子だった。
「おう、政次ほんとお前よくやったよ…お前のおかげで俺達の稼ぎが倍になったぞ?まあ、今日は俺のおごりだ!お前もっと飲め!」
厳つい二の腕のコウちゃんと呼ばれる男が正面に座る息子さん…政次さんに、持っていた酒のボトルを差し出し、それを注いでいた。
「はい、ありがとうございます…いただきます!」
と、政次さんは素直に注がれた酒に口をつけ、それを半分程飲み干すとグラスを置く。
「おうおう、政次~お前も幹部に慣れる日が近いかもなぁ~なんてったってここんとこの稼ぎが増えたのはお前が入ってからだもんな~そりゃ龍司さんも機嫌がいいわな…お前あんなもんどこで見っけてきたんだ?」
と、長身金髪オールバックのヤスが政次の背中をバシバシと叩いて、絡んでいる。
頬には既に赤みが差しており、どうやらこちらは相当酒に酔っているみたいだ。
「ヤスさん、痛いっす…」
と、政次さんがそう言うと、ヤスはより強く背中をバシンと叩くと、持っていたグラスを傾け一気に酒を煽ると、空になったグラスをダンッとテーブルに叩きつける。
「ああっ!?痛ぇわけねえだろうが、今日はめでてぇんだからよぉ?俺は嫉妬してんだ…入ってまだ日が浅いお前が、いきなり手柄たてちまってよぉ?ったく、俺の立つ瀬がねえじゃねーかよ?」
と、声を荒げ絡み酒をしていると、政次は酒のボトルを手に取りそれをヤスのグラスへと注ぐ。
「ヤスさん…ほら、空になってます。せっかくの良い酒ですからもっと味わってください」
と、酒を注ぐとヤスはそれを受けて上機嫌になる。
「お、おめえ分かってるじゃねえか…とと、零すんじゃねーぞもったいねぇ!」
と、ヤスはグラスになみなみ注がれた酒をグイっと煽ると、首を左右に振って「くぅ~~…!」と感嘆の声を上げていた。
「まあ、あれは…単純に親父への当てつけっす…それだけだったんすけど、役に立てたなら良かったです…」
政次もグラスに残った酒をグイっと煽り、グラスを空ける。
カランと氷の揺れる音が響き、それを見た太めのコウちゃんが無言でボトルを傾けそれに注ぐ。
「あ、すみません…」
「いいって事よ…ホントにお前のおかげで助かってるんだ。例のブツもお前が来てから格安で手に入る様になったし、俺達の株も爆上がりよ。おかげで欲しかった車も買えたし、その内お前にも何か買ってやるよ」
「いや、悪いっすよそんな…」
「遠慮すんな。そんだけ助かってるってことだ。俺はお前の仕事ぶりにも関心してるんだよ。これからも頼むぞ?」
「あ、はい…精進します!」
と、会話は終了し彼らはテーブルに残った料理を次々に平らげていく。
俺は視線を向けず、樹に小声で話しかける。
「聞いたか?」
すると樹は小さく頷き、こちらに合わせて小声で返してくる。
「ええ。ブツってのも気になるけど、何かきな臭いことしてるのは間違いないわね…」
樹はジョッキに残っていたビールを飲み干すと、ジョッキを置いてテーブルに肘をつく。
「ふぅ…少し酔ってきたみたい。ちょっとお手洗い行ってくるわ」
「ああ、気を付けて…」
と、席を立つと店の奥にあるトイレへと歩いていく。
樹を見送ると、隣に座っているカップルがひそひそと話始める。
何を言っているかは聞き取れなかったが、スマホを見て何かを調べている様子だった。
程なくして、カップルの男の方が呼び鈴を押して店員を呼びつけると、口を開く。
「すみません、子山羊の香草焼きはありますか?」
店員さんは少し考え込む様な素振りをすると続ける。
「申し訳ございません、原料の高騰で本日売り切れでございます。別の温かいスープならお出し出来ますがいかがでしょうか?」
店員が売り切れだと伝えるも、男は食い下がる。
「あー…どうしても食べたいんだけど、少し割高でもいいから出せないかな?」
「かしこまりました、少々お待ちください。厨房に確認してまいりますので…」
と、店員が男の態度に眉尻を下げ少し困り顔を浮かべていたが、確認すると言って厨房へと引っ込もうとすると、男がその後ろから声を掛ける。
「すまんが頼むよ。あ、ここタバコは吸えたっけ?」
その問いかけに店員さんは一度止まって、振り返ると丁寧に受け答えし案内する。
「喫煙は外のベンチでなら可能でございます」
「おっけー…じゃあよろしく頼むよ」
「かしこまりました。よろしければ火をお持ちしましょうか?」
「あ、助かるよ。じゃあお願い」
「かしこまりました、すぐにお持ちいたします」
と、少し困った顔をしていはいたが、店員さんは火まで持って行こうとする神対応っぷりだった。
俺はその様子に関心しつつ、そこまで食い下がるのなら美味しいに違いないと無意識にメニュー表を手に取り、子山羊の香草焼きなるメニューを探していた。
「子山羊子山羊…あれ?」
俺はメニュー表の端から端を見渡してみたが、子山羊の香草焼きなるメニューはどこにも載っていなかったのだ。
「おかしいな…裏メニュー的なやつなのか?」
と、思わず口に出してしまっていたが、丁度そこへ樹が戻ってきた。
「お待たせ。何かあったの?」
「いや、裏メニュー的なのを見つけたかもしれなくてな?」
「裏メニュー?」
と、首を傾げて席に着く樹。
「ああ、そうなんだ」
先程のやり取りを説明していると、隣に座っていたカップルの片割れが声を掛けてくる。
「ねえ、あんたたちもアレに興味あるの?」
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