第60話 行きつけの飲み屋と息子さん(1)
SNSの更新を頼りに、スマホ片手に中央区にある飲み屋街をうろうろと徘徊する影が二つ。
一つは身長百八十を超えたガタイの良い大男のもの。
そしてもう一つは身長百七十五センチという高さを持つ俺の影。
飲み屋街のネオンに照らされ伸びたり縮んだりと忙しい影が、目的地を探してあっちへふらふら、こっちへふらふらと右往左往している。
樹の案内を頼りに夜の繁華街を懸命に進んで行くと、ある店の前で樹の歩みが止まった。
そこはメインストリートの裏側にある場所で、ひっそりとした空気が漂うどこか怪しい雰囲気の裏通りだ。
しんと静まり返った空気が、夏の蒸し暑さも相まって、じっとりと絡みつくように纏わりついてきて不安な気持ちになる。
場所的には夜桜ボウルから車で大体十分くらいの場所にあるので、もしかしなくても例の半グレ集団のたまり場の可能性もあるが、普通にネットに情報を乗せてる辺り直接的なたまり場である夜桜ボウルよりはマシだろう。
営業もしているようだし、普通に飲食する分には大丈夫だろう。
時刻は現在八時を回った頃だ。
飲み屋に行くということで、流石にコンの見た目では門前払いを食らう可能性もあったし、消えてから着いて来てもらうことも考えたが、いざという時の為に力は温存しておいてもらうべく、今日の所は俺の実家で大人しく留守番してもらっているのだった。
夕飯の新鮮なお魚を餌に魚で狐を釣ったのだった。
花奈に関しても明日は普通に仕事があるとかで、今日の所は帰らせた。
報告だけ楽しみにしているとのことだったので、一応後ほど情報共有はしておこうと思う。
「あったわ、四季ちゃんここよ!」
と、目の前の筋骨隆々の巨漢が振り向き様にそう告げる。
スマホと店の看板を交互に目視して確認すると「間違いないわ」と頷き入口を見据えていた。
入口の看板には白色蛍光灯の看板に黒色のペンキを使って筆記体で
外観は洋風の館をモチーフにした様な建物だ。
白い外壁に赤茶色のレンガタイルが張られていて、窓枠も白いペンキが塗られた飾り格子が取り付けられている。
扉の色は黒く重厚感がある木製のもので、ドアノブの取っ手の部分には金色の細工が施されていた。
看板の横には木製のイーゼルが立てかけてあり、イーゼルの上には黒板が乗っていて、そこにはOPENの文字とおすすめメニューなんかも書かれていた。
「本当にここに居るのか?」
「ええ、そのはずよ。一応投稿は十分前のものだから…もしかしたらもう店を出てる可能性もあるけど…写真を見る限り、結構な量を注文しているみたいだったから、まだいるはずよ?」
と、樹が例のSNSを見せてくれた。
寿司政の公式アカウントで更新されている料理の数々は、お洒落で今風の料理が色とりどりの皿に乗せられているのが写っていた。
アクアパッツァや、アヒージョ、エビのグラタン、海鮮サラダ等どれもSNS映えしそうな出来の見た目に鮮やかな料理だった。
「ま、とりあえず入ってみましょうよ?話はそれからよ」
「まあ、それもそうか…」
と、樹が物怖じせずに入口の扉に手を掛けると、俺もその後に続いて店の中へと入って行った。
4
扉を潜ると小さなベルが鳴り、チリンと澄んだ音が店内に
店内はSNSの写真で見た通り、白を基調とした内装で、机やテーブル等の小物や装飾品の殆どが白で統一されていた。
カウンターには青のLEDライトを使用しており、どこか近未来的な不思議な空間だった。
店内BGMはジャズが流れており、雰囲気はとても良さそうだった。
客の入りはそこそこの様で、俺達の他に二組程入っていた。
一つは若い二十代前半くらいの男女のペアでカウンターに座ってお酒を飲みながら料理を堪能している様子だった。
もう一つはテーブル席に座っているグループでこちらも若い男性三人組が…というか、見知った顔が三人座っていた。
二人は先日ショッピングモールで遭遇したチャラ男二人組こと、ヤスとコウちゃんだ。
相変わらず今日も長身のヤスは金髪オールバックをスプレーでガッチガチに固めており、左耳にはドクロのピアス、服装はカジュアルなオリーブグリーンのぴちっとしたTシャツに、シルバーのネックレス、ベージュの長ズボンに白のスニーカーを履いている。
コウちゃんの方は袖が肘の方まで伸びた黒のTシャツにゴールドの太いネックレスと、こちらも黒のダボっとした長めのズボンを履いており、靴も黒のハイカットで統一されていて、腕にはゴールドのブレスレットがワンポイントとして使われており、装飾品をゴールド、服装を黒で統一したB系ファッションだった。
そしてこちらは写真で確認した息子さんだろう。
写真ではスーツを着ていたが、今日はカジュアルなのかスーツ姿ではなく、一緒にいる二人に近いどこかちょい悪の雰囲気を纏う様なそんなファッションをしている。
薄いグレーのTシャツに白いチノパンを履いており、腕には厳つい黒色の時計を付けている。
眼光は鋭く政さんに似た三白眼で、眉毛は丁寧に整えてあり、キリっとした切れ長の眉毛で、輪郭は角ばっている。
髪型はさっぱりとしたスポーツ刈りだが、サイドに剃り込みとして何か模様らしきものが入っており、デザイン性を感じる今風の髪型と言った感じだった。
政さんを若くしたらこんな感じなのだろうか?と思う程顔の作りは似ていたのだが、中々の強面の男だった。
チラッと視線だけでそれを確認して、立ち尽くしていると扉を開けた時に鳴った鐘の音を聞いてカウンターの方から店員と思しき男性が此方に歩み寄って来る。
「いらっしゃいませ、お二人様でしょうか?」
「ええ二人よ」
と、声を掛けてくると樹は頷き店員の男性が席へと案内する。
「カウンター席へどうぞ」
と、通されるとカップルらしき若い男女の横…席を三つ程空けた場所に通された。
「こちらメニューです。お先にお飲み物お伺いいたします。それ以外の品はお決まりになりましたらベルでお申しつけ下さい」
席についてメニュー表手渡されると、ドリンクのメニューをざっと見る。
「あたしはとりあえず生でお願いするわ。四季ちゃんはどうする?」
と、俺に尋ねる樹。
俺は素直に気になっていたエナドリを使ったカクテルを注文する事にした。
「じゃあ、俺はこの領域展開ってカクテルで」
「かしこまりました」
と、注文を受けて店員の男性は一礼すると下がって行った。
店員が下がっていくと、準備されていたおしぼりで手を拭きながら樹が視線を動かさずに小声で声を掛けてくる。
「四季ちゃん…あれ…」
「ああ、そうだな…間違いない」
と、先程確認したテーブルの事を言っているのだろう。
机に並べられた料理は目減りしていたが、先程確認したSNSの写真とも概ね一致していた。
「どうするの…?」
「とりあえず、様子見。今は大人しくしとけ」
「了解」
と、短く会話するとスマホに目を落としSNSを確認してお互いに押し黙る。
店内BGMのジャズが程よい雰囲気を醸し出しており、注文を待っている間も不思議と不快さは無かった。
「とりあえず、注文するわね?四季ちゃんはどうする?」
と、樹がメニューをめくりながら訪ねてくる。
「適当でいいよ、任せる」
「それが一番困るんだけど…まあ、とりあえずおすすめを頼んでおこうかしら」
と、樹が少し困った表情をしていたが、今はなるべくあちらの動向に集中したい。
幸いカウンター席とテーブルはそれ程離れておらず、注意深く集中していれば、会話は聞こえてくる程度の距離ではあった。
「すみませ-ん!」
と、呼び鈴を鳴らし樹がオーダーを伝えると先程の男性店員が来る。
「こちら領域展開と、生ビールでございます」
それと同時に最初に注文していたドリンクを持って来ており、俺の目の前には細長いコップにストローを刺した緑色の炭酸飲料をベースにした少し酸味のある香りのエナドリ特有の毒々しい色のカクテルだ。
樹の前にはジョッキで生ビールが置かれる。
「ご注文は?」
「とりあえずおすすめを二つ、あとこのおつまみセットを一つ…お願いするわ」
「かしこまりました」
それを聞いて店員は下がっていく。
店員が下がっていくのを見届けると、樹はこちらにグラスを向けてくる。
「ま、とりあえず乾杯しましょうよ?」
「あ、ああ…」
と、俺がグラスを持つと樹がジョッキをこちらのグラスに軽く当てる。
「乾杯」
「ああ、乾杯」
チンと、軽くグラスが触れると樹はジョッキを傾けビールを豪快に煽る。
「ん、ん…ふぅ!やっぱ夏はコレよね~生き返るわぁ~!」
と、一息でジョッキの半分程飲み干し、こちらに話しかけてくる。
俺も無言でストローに口を付け、酒を飲むとエナドリ特有のエグみと酒は恐らくジンか何かだろうか?のスーッとした感覚が口に広がり、炭酸の刺激と甘みが喉の奥に広がるアルコールの熱さも相まって不思議な感覚だった。
「不思議な味だなこれ…」
「そうなの?あたしも気になるわ!一口頂戴な!」
と、樹がそう言うと俺からコップを奪い遠慮なくストローに口を付けて中身を飲む。
「あ、ちょっ…」
「まあまあいいじゃないの…。それともこういうのは嫌だったかしら?あ、確かにこれは不思議な感じね?」
「いや、別にいいけどさ…」
「だったらいいじゃないの、ほら気にしない!」
と、樹に俺の酒を飲まれてしまったが、何故かニコニコしている樹。
そうこうしている内に店員さんが料理を運んできた。
「お待たせしました、こちら本日のおすすめアルバルプス特製ミネストローネでございます。お好みでこちらの粉チーズをご利用下さい。それとおつまみセットでございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
と、店員が皿を置くとそこには真っ赤なトマト風味のスープが到着した。
「あら、美味しそう!さ、冷めない内に食べましょう?」
と、樹はさっそく粉チーズをかけてスープを掬っていた。
「あら、美味しいわこれ!魚介の味がしっかりするわ…そうねこれは…あさりだわ!良い出汁ねー美味しい!」
と、舌鼓を打っていた。
「確かに美味しそうだ…頂きます…」
と、俺もスプーンを取りスープを一口啜ると口一杯にトマトのうま味と魚介の出汁が広がり、何とも風味豊かなうま味が食欲をそそり、気付いたら一口、二口とスプーンを動かす手が止まらなかった。
「確かに美味しいな…だが、何か忘れてないか?」
「え、何が?」
「いや、もういい…」
と、素で返してくる樹に若干呆れつつも、俺はスープを完食していたのだった。
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