第59話 筏釣りと初フィッシュ

 小屋の方から少しだけ歩くと、丁度裏手の方に小型のボートが止めており、それに乗って移動するとのことだ。


 青いペンキで塗られた船は兵衛丸と名打たれており、所々塗装の禿げた部分や舟艇に付着しているフジツボ等からも歴史を伺える。


 相当に使い込まれている船の様だが、古臭い外見とは裏腹に、整備はしっかりと行き届いているらしく、エンジンを始動させると殆どガタツキも無く、スイスイと飛沫を上げて目的地まで進んでくれた。


 俺達はレンタルのライフジャケットをそれぞれ身に着け、景色を眺める。


 海上では潮風を全身で感じつつ、真夏の暑さを一時忘れる事が出来る程爽やかな時を過ごす。


「わはぁぁ…のう、四季船とはこんなにも早いものなのかの!すごいの!」


 と、初めて乗った船に若干興奮気味のコンは、船頭に飛び乗ると尻尾ををブンブンと揺らし、手でひさしを作って遠く彼方の沖の方を見つめては、歓声を上げて逐一こちらに話しかけてくる。


「お、今そこで何か跳ねたぞ!あれはきっと魚じゃ!四季ちょっと行って獲ってきても良いかの?」


「それはやめておけ。それより着いたらすぐにもっと大きいやつが釣れるから、それまでは我慢だ。ほれ、これでも食っとけ!」


 と、海に飛び込みそうになるのを俺は静止しつつ、カバンに詰め込んでいた予備のメイプル味をコンの方へと手渡す。


「おお!メイプル味!今日は二個目じゃが…良いのか?」


 珍しく遠慮してくるコンだったが、メイプル味を受け取ると器用にフィルムを剥がして中身を取り出すと、二個入りのブロックを両手に持って交互に齧っていた。


「ん!」


 剥がしたフィルムだけはちゃんと俺に渡してくる。


「ちゃっかりしてんなぁ…」


 と、後頭部の辺りをぽりぽりと掻いて受け取ったフィルムをポケットに仕舞いこむと、出発から三十分くらい時間が経っており、船長から声がかかる。


「おう、兄ちゃん達、そろそろ着くから準備しな!竿とバケツと餌だけ持って降りてくれ!そこに纏めてあるから足元だけ気をつけてな!」


 と、操舵室から顔を出し爽やかな笑顔でそう言うと、船頭の方からも声が聞こえてくる。


「うぉ!見ろ四季、あんなところにでっかい筏が浮かんでおるぞ!」


 と、コンがそう言うと木枠で作られている四角い枠組みの筏が見えてきた。


 大きさは大体十メートル四方くらいだろうか?


 筏の端には落下防止用の手すりが設置されており、縦に十字の板が渡してあり丁度田の字の様な感じの構造になっている。


 腐食防止の塗料が塗られているのか、色は黒っぽい灰色で、枠の外側には浮かべておく為のビール樽くらいの大きさの浮きが幾つも付いていた。


「よし、んじゃそこに着けるから、楽しんできな!」


 と、船長が船を筏に横付けすると、荷物を持った樹が慣れた様子で木の板を橋代わりに筏と船の間に設置すると、ロープを引っかけて船と筏を固定する。


 そして荷物一式を筏の方へとさっさと運び込んでいった。


「皆こっちよーほら、足元揺れるから気を付けてね!」


 と、手を振りながらこちらを迎える準備をしている。


「着いたのじゃー!おっ魚、おっ魚、おっ魚天国ー!」


 と、どこかで聞いた事ある様な歌詞にオリジナルのリズムを付けて謎の歌を歌いがながらコンは筏の方へと移動する。


「あ、こら、ゆっくり行くんだゆっくり!」


 と、慌てて移動するコンの後を追って俺も船から降りると、筏はやはり地面とは違い、海上にぷかぷかと浮いているので波の影響を受け、時折揺れを感じるのだった。


「ほら、四季っちこれ竿っす!これに餌付けてやるっすよ…!」


 と、いつの間にか降りていた花奈から道具を受け取ると、コンと一緒に樹に手招きされて筏の穴へと目を凝らすと、そこには色とりどりの様々な魚が泳いでいた。


「わはぁぁ…!魚がこんなに…よし、潜って獲って来るぞ!」


 それに目を奪われたコンは両手を頬に当てて歓声を上げたかと思えば、腕まくりをして、肩を回し準備運動を始めると、潜る気満々だった。


「おい、今日は釣りだ釣り。ここは深さもあるから素潜りはやめておけ…」


「きゃふっ!な、なにするのじゃ!こんなに魚がおるというのに!逃げてしまうではないか!」


 と、おでこに軽く手刀をかましてやると、コンは額を抑えて涙目で訴えてくる。


「いいから、ほら、これ持って餌はさっきのカニでいいか?これ付けて垂らして待ってたら勝手に釣れるから…ほら、やってみろ」


 と、準備されていた仕掛けを解いてそのまま針に餌を付ける。


「あら、手慣れてるじゃないの?」


 と、横で見ていた樹にそう言われたが、仕掛けは針が三本程付いた糸の先に重りが付いているだけのサビキ仕掛けだったので、仕掛けとしてはとてもポピュラーなもので俺でもこれくらいは知っていた。


「昔やったことがあるからな…といっても、これと浮き釣りくらいしか知らないけど…餌くらいは付けられるさ」


 と、針に三つカニを付けてリールを回し、糸の長さを調節して後は垂らして待つだけの状態にして、コンに手渡す。


「おお!これで釣ればよいのじゃな?しかし…待つだけとは何とも変な感じじゃ…やはり潜った方が早いのではないか…?」


 と、尚も不満たらたらなコンにとりあえず、竿を持たせてペールを開き、海に仕掛けを垂らして持たせてみると…。


「全く…潜ればすぐに取れるというのに…ぬおぉぉっ!何じゃ!急に重く…!」


 ピンと張った糸が竿を引っ張り、竿がつの字の様にグイっと曲がる。


「おい、これ…引いてるんじゃないのか?」


「ええ、コンちゃんこれはアタリよ!ほら、そこのレバーを回して糸を巻くのよ!」


「ぬぉぉお…お、重い…ぐぬぬ…!」


 必死に竿を持ち、海に引きずり込まれまいと抵抗するコンは、何とか樹の指示を受けて、リールを回す。


「ほら、コンちゃん頑張って!もう少しよ!」


 歯を食いしばり、必死の形相で格闘する事数分、何とか水面に魚影が見えてくると樹がコンを横で励ましている。


 コンもコンで小さな手を必死に動かし、リールを巻いて魚に負けまいと、尻尾を俺に巻き付けて踏ん張りを効かせて最後の抵抗を試みる魚に必死で食らいついていた。


「ぬおぉぉ…!うりゃあああああ!はぁ…はぁ…ワシの、勝ちじゃああ!」


 ざぱーんと音を上げて水面から釣り上げられた魚はぷらーんぷらーんと力なく、糸にぶら下がっていたが、筏の上に打ち上げられると、まだ必死に抗うべく、びたんびたんと力強く跳ねていた。


「はぁはぁ…釣れた…釣れたぞ、樹!花奈!四季!見ろ、ワシ釣れたぞ!」


 と、満面の笑みを浮かべて目を輝かせるコンは、尻尾をブンブンと振り乱し若干興奮気味に鼻息荒く、皆に顔を向けてアピールしていた。


「おう、よくやったな!こいつはデカいじゃないか!」


「あら、凄いじゃないコンちゃんこれは…真鯛ね!高級魚じゃないの!お刺身でも美味しいし、煮つけに天ぷらなんでもござれよ!」


 と、樹がコンから竿を受け取り、手早く針を外して魚の尻尾を掴みコンの目の前へぶら下げる。


 釣れた魚はほんのり桜色の頭と尻尾を持っており、尾びれと背びれは鋭く棘状になっていて、目の上にアイシャドウを塗った様な濃いめの黒い筋が入っていてきりっと整えた眉毛がある様だった。


 俺でもこれは知っているぞ、祝い事の時やそれを祝福するときに良くだされる日本ではメジャーでポピュラーな白身魚だ。


「はいコンちゃん、上等なお魚よ!頑張ったわね!」


「真鯛…お刺身…天ぷら…ふへへ…よだれが止まらぬ!」


 と、目の前の真鯛に対してそんなことを言っているコンだったが、その気配を感知したのか真鯛は必死に樹の手の中で抵抗を試みるべく、魚体を揺らしビチビチと暴れていたが、抵抗空しくいたずらに体力を消耗し、やがては観念したのか大人しくなっていた。


「ほら、コンちゃんこれ持ってみる?コンちゃんが釣ったお魚よ!あ、そうだ写真撮ってあげるわね?」


 と、樹がコンに真鯛を手渡すとコンはその小さな手でしっかりと尻尾と頭を押さえて、魚が暴れない様にガッチリとロックしていた。


「ふふふ…暴れるでない、ワシが美味しくいただいてやるからのぅ…刺身、天ぷら…唐揚げに焼き魚…鯛茶漬けなんかもよいのう…?」


 と、その食のレパートリーはどっから出てきたのか、次々と並べるコンに、タイはがくがくと震えている様に見えるが、実際はそんなわけはなく、しっかりと魚を持って笑顔のコンを樹がスマホで納めると、魚をキープ用の網の中へと入れて、再び次の魚を釣るべく準備に取り掛かる。


「さて、私達も負けてられないわね?コンちゃんこの調子でお魚ガンガン釣っちゃうのよ!」


「おー…なのじゃ!」


 と、両手で握りこぶしを作り頭上へ掲げるコンは気合十分、尻尾をブンブンと揺らしてすぐに竿を構える。


「これ、四季…はよ次の餌を付けるのじゃ!お魚沢山釣ってお魚天国なのじゃ!」


「はいはい…ちょっと待ってろ」


 と、そうこうしている内に時間は過ぎていくのだった。


 余談だが、結局あの後樹が五匹、花奈が二匹、コンが一匹と健闘した中、何故か俺の竿にだけ反応は無く、結局筏釣りなのにボウズを食らってしまうという何とも悲しい結果に終わってしまったのだった…。


 二時間後くらいに船長さんが、見かねて網を投げ入れ数匹魚をお土産に持たせてくれたのだが、何となく物悲しい気持ちになってしまった…いや、俺も釣りたかったぞ…流石に。


 と、ごく普通に釣り体験を堪能して戻る頃には時刻も丁度十九時頃を過ぎており、船長さんにお礼を言って貰った魚を一旦家に預けて戻る。


 母さんもばあちゃんも発泡スチロールの箱に詰められた魚を見て喜んでおり「腕が鳴るわね…任せておいて?」と、張り切っていたので、夕飯は期待できそうだった。


 何だかんだやっていると、息子さんのSNSに更新があり、例の店の写真がアップされた呟きがあったので、急いで現場に向かうことにした。


 さて、漸く情報が得られるかもしれないぞ…。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)




 執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る