第58話 磯ガニと海の家

 さて、喫茶店を後にした俺達はパーキングエリアへと戻り、車に乗り込むと、海岸線の方へ向かって移動していた。


 真夏の車内は既にサウナの様な熱気が籠っており、エアコンの効いた店内にいた全員が口を揃えて「うへぇ…」とダレていた。


 窓を全開にして車内を換気すると、次第に暑さも和らぎ、エアコンを全開にして快適に過ごすことが出来た。


 涼しくなってくるとコンはすぐに静かになってしまい、今は外の景色も見飽きたのか、尻尾を枕代わりに抱く様にして、平らな胸を上下させ助手席で寝息を立てていた。


 海岸線を目指し車を走らせていると、途中の信号待ちの時に樹に声をかける。


「というか、俺が釣りする必要って本当にあるのか?別に樹が話せば良くないか?」


 と、さっき思って口にしなかったことをやっぱり気になって言うことにした。


 二人で会えば別に問題ないと思うのだが…どうだろうか?


 俺がそう言うと樹はスマホを眺めながら答える。


「まあ、釣りが趣味だっていうのに釣り糸も結べません!ってんじゃ話にならないわよ?少なくともあたしは本当にその人が釣り好きかどうかって時点で嘘があると、警戒されると思うわよ?何事もリアリティーよ、リアリティー。一度経験してから話せば多少は経験則で語れるでしょ?知識の付け焼刃かもしれないけど、何も知らないよりはマシでしょう?」


「そんなもんか…」


「そんなもんよ。あ、ほらそこ右に曲がって!」


「はいはい…」


 と、そんなこんなで車で移動しつつ、時刻は現在十四時を回ったところだ。


 樹が案内してくれたのは、海岸沿いにある釣り堀。


 予約も無しに突然お邪魔しても大丈夫なのだろうか?と心配を他所に、樹はスマホで手早く連絡を入れると、指で輪っかを作りオッケーサインをこちらに向けてきた。


「大丈夫みたいよ?今日は暇だって言ってたから良かったわね?」


 樹がそう言うと、砂浜には大きさは大体教室くらいの広さの小屋が立っており、外観はぱっと見廃墟に見えなくもないが、ガラス窓の向こう側には蛍光灯の明かりがともっており、辛うじて人の気配を感じ取ることが出来る。


 小屋の屋根には一応錆びた看板が設置されており、そこには一応釣り堀と書いてあった。


「ぼろっちいけど遊ぶには丁度いいのよ?」


 と、樹の言葉を信じとりあえずその辺の空き地が駐車スペースということで、小屋の近くに車を止めると、窓を少し開けて換気しておく。


 停車してコンに声を掛けてると、コンはまだ眠そうにしていたが、ザザーンとという波の音と、仄かに香る潮風の香りに鼻をヒクつかせ、ピョンと飛び起きると、一面に広がるオーシャンビューに興奮度マックスなご様子で、耳と尻尾をはたはたと激しく揺り動かし、歓声を上げていた。


「はぁぁぁぁ~~!見ろ四季!一面こーんなでっかい水たまりじゃ!こーんなじゃ!」


 と、こちらに振り返り身振り手振りで海の大きさを懸命に表現しようと必死なコンの頭にぽんと手を置くと、ニコリとほほ笑み指示を出す。


「ほら、コンそこの小屋に行って釣りをするそうだ。釣りは分かるか?」


「釣り…は知っておるぞ!棒に細い紐を付けて針で魚を引っかけるやつじゃろ?昔人間が釣った魚を横取りして食べようと思って、口に針が引っかかってえらい目にあったぞ…」


 と、腕を組みウンウンと首を縦に振りながら眉間に皺を寄せてしたり顔で過去の失敗談を話しているコンに樹と花奈も苦笑しており、樹がコンの手を握ると一緒に歩き出した。


 人の魚を横取りって…おいおい、何やってんだよ土地神様…。


 若干呆れつつも、俺もその後に続く。


「ふふ…今日は飛びついたりしちゃダメよ?」


「うぅ…もう口に刺さるのは嫌じゃから…気を付けるのじゃ!」


 当時を思い出したのか、コンは頬っぺたを両手で押さえると、額に冷や汗を浮かべて顔を青白くさせて身震いしていた。


 心なしか耳と尻尾もペタンとお行儀よく下向きに垂れ下がっており、力なくふよんふよんと揺れていた。


「そうね、偉いわ。ほら、みんなが頑張れば今日はお魚食べ放題かもしれないわよ?コンちゃんも頑張ってね?」


 しかし、樹がそういうと先程の様子とは打って変わって、またいつもの満面の元気スマイルが戻っており、ニッコニコでピンと尻尾を立てて振り乱すコン。


「何っ!お魚食べ放題じゃと!?それをはよ言わぬか!ええい、こうしてはおれぬ!ほれ、樹、花奈、四季!さっさと行くのじゃ!」


 砂浜に降りて建物を目指すコン。


 それに続くオカマと探偵とギャル。


「ああ、ちょっとまって!コンちゃんちょっと!」


「こら、走るとこけるぞ!おい、待てよコン!」


 慣れない砂浜に足を取られながらなんとかコンの後ろを追いかけるが、さすがは土地神幼女。


 あっちは軽快に立ったったったとリズムよく軽快に駆けていくは、砂浜に足袋の跡を刻み込んでいくのに対し、こちらはどっどっどっどとどこか不慣れな感じでずっしりと深く沈み込む足跡を残していく。


「ちょっとは手加減してくれ…はぁ…はぁ…」


 と、若干ついていくのに苦労したが、何とか小屋の前にたどり着くと、小屋の前には姿見くらいの大きさの木製の板に、墨か何かで書かれた太い字の看板に”釣り堀”と書かれていた。


 その横にはこちらも古びた、スライド式の磨りガラスが付いた押し込み式の棒鍵が付いたシンプルな作りの扉がある。


 所々にある錆びや汚れが年季を感じさせて、いかにも昔からありますよ!と主張してくるようで歴史を感じた。


「ふぃ~…ついたついた…あ、受付してくるからちょっと待っててね?」


「あ、私トイレ行きたいっす!」


「あーい、なのじゃ!」


 右手を上げて元気よくコンが返事をすると、樹が一息ついて率先して扉を開け中に入る。


 花奈も一緒に行ってしまったので俺とコンは外で待たされてはいるが、扉をスライドさせると中からエアコンの冷気が漏れてきて、ひんやりとした空気が心地よかったが、すぐに樹が中に入って扉を閉めてしまったので、名残惜しいが文明の利器とはしばしお別れである。


 待っている間暇だったのか、手持無沙汰になったコンは砂浜の方へと走って行くと、波打ち際にしゃがみ込み、砂に指を突き立ててはじゃりじゃりと何か模様を描いている。


「おい、コンあんまり際に近づくと濡れるぞ?」


 俺がそう言うと、コンはぱっと立ち上がり、何かをつまんでこちらに駆け寄ってくる。


「四季―!ほれ、見ろ!カニじゃ!ふへへ…カニじゃぁ~!」


 と、ニッコニコでこちらに駆け寄ってくるコンは、手にしたカニをこちらに見せびらかすと、俺の目の前で止まりエッヘンと胸を張って腰に手を当てる。


「お、やるなぁ…こいつは…磯ガニかな?」


 サイズはコンの掌より小さい大体五百円玉くらいの大きさで三、四センチくらいだろうか?


 色は黒をベースに紫や緑や黄色の斑模様があり、腹の部分は白っぽい。


 鋏の大きさが均等で、全体的に平ぺったいのが磯ガニの特徴だ。


 ゆでると赤くなることから別名花咲ガニとも言われているが、味は割と美味しい。


 昔釣り好きのおじさんに教えてもらった事を思い出して、ちょっとだけ懐かしい気持ちになっていたが、そんな様子を尻目に、コンはおもむろにカニの鋏をもぎ取り、それをポイっと放ると、本体を口の中へ放り込み、あっという間に咀嚼してしまった。


「お、おい…生のカニはやばいだろ!コン、ぺってしなさいぺって!」


「もぐもぐもぐ…じゃりじゃりじゃぁ~…!ぺっぺっぺ…!」


 慌ててコンの口元に手を差し出して、食べたものを吐き出す様に言うと、コンは口当りの悪さを嫌ったのか、ぺっぺっぺと素直にカニを吐き出した。


 吐き出されたカニは見事に咀嚼されており、見るも無残な姿になっていたが、生で食べさせるわけにはいかないので、申し訳ないが穴を掘って埋めておいた。


「生で食べると寄生虫やら変な菌が付着している場合があるから、せめてゆでてから食べような?その方が美味しいんだぞ?」


「ふむ…カニくらい昔から食っておるから平気なのじゃが…おぬしがそう言うなら次からそうしよう。美味しいというのなら確かめねばなるまいて…ちょっと待っておれ!」


 と、コンは素直に聞き入れてくれたのだが、またカニを探しに砂浜へと走り去っていった。


 まあ、もう生で口に入れたりはしないだろう…神様でも流石に寄生虫とかはヤバイだろうから…そこは心配だ。


 と、完全に父親モードになってしまってしんみりとしてしまったが、暫くすると両手一杯にカニを抱えてきたコンがどうだと言わんばかりにこちらにそれを見せつけてきて、コンの手の中でうごめくカニの集団はちょっとしたグロ画像だった。


「さあ、四季ゆでて食うぞ!」


 と、息巻いている所に丁度樹が戻って来る。


「皆お待たせ、船出してくれるらしいからそれに乗るわよ…って、あらコンちゃん一杯釣り餌取ったのね偉いわ~」


 と、コンの両手一杯のカニを見ても驚かない辺り、樹は流石だった。


「へ、餌?これは餌なのかの?ゆでて食うんじゃないのか?ん?ん…?」


 と、頭上にクエスチョンマークを浮かべているコンだったが、樹の後ろから初老の男性が現れるとコンは俺の後ろにスッと隠れる様に佇んでいる。


 欲日に焼けた小麦色の肌の初老の男性は口を開くと意外とハスキーボイスで、よくとおる声をしていた。


「よし、兄ちゃん達だな?今から船に乗っけて連れてってやるからついてきな?」


 と、男性がそう言うと先導して歩く。


 目的地はどうやら少し先の様で、暫く歩きみたいだった。


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