第57話 意外な特技と人間観察

 花奈の提案は唐突なもので、なぜ今このタイミングで海なのか…。


 花奈は目をキラキラと輝かせて息巻いており、樹と顔を見合わせていたコンの方を見ると手を取って続ける。


「ほら、四季っち…こういうのは緩急が大事っすよ。仕事しっぱなしだと大事な時に力が出ないっすよ?」


 いや、今でも十分力は抜いてるんだが…良いのかそれで。


 更に捲し立てるように続ける花奈。


「いいっすか四季っち?昔の偉い人も言ってたっすよ?仕事ばっかりで緊張しっぱなしじゃ駄目で、関係無い事をしてる時本当に人はリラックスできて、その結果いいパフォーマンスが生まれるって!」


「あのなぁ…久那妓さんが大変な時に俺らだけ遊んでいいのか…?もっと真面目にだなぁ…」


 花奈はコンの左手を握ったままに、右手の人差し指を立ててそれっぽく言っているが全然関係ない。


 俺は両手を上向きに広げてぼやく。


 俺のそんな煮え切らない様子に、花奈は更に続ける。


「いいっすか、四季っち…。仮に今日行きつけの店が分かったとして、息子さんに会う。そこまでは良いっす。ただそっからどうするんすか?」


「え、普通に話を聞くだけだが…?」


 花奈は眉間に皺を寄せて真面目な顔で続ける。


 俺はそんな花奈の質問にさらっと返すが、実際には何も考えていなかった。


 先程作戦云々の話はしたが、何を話すかどうかというのは考えていない。


 会ってみてその場のノリや雰囲気で、適当に話すつもりだったが、確かにその適当も切っ掛けが無いと難しいかもしれない。


「四季っち、世の中そんなに甘くないっす…。いいっすか、会ったとして初対面ですぐに意気投合って訳にはいかないっすよ?ましてや半ぐれ組織の話なんてそんなおいそれと人に話すことじゃないっす。よっぽど仲よくなってからじゃないと、簡単に人に言えないっすよ?」


 言われて気付いたが確かにそうだ。


 当たり前のことだがそんなことをいきなり聞いてくる人間を信用するだろうか?それどころか、逆に警戒されてしまい奴らに情報が漏れてこっちが危険な目に遭う可能性もあるわけだ。


「う、確かに…」


 俺は図星を突かれてたじろいだのだが…まあ、それはいい。


 花奈の言うことは確かに尤もなのだが、それと海が何の関係があるのだろうか?


 俺はそのまま疑問に思ったことを素直に聞いてみる事にした。


「んで、それと海にどんな関係があるんだよ…?」


「ちっちっちっ…それが関係あるんすよ四季っち!」


 すると花奈は右手の人差し指を立てて、目をつむり左右に振りながら得意げに言って見せる。


 では聞かせてもらおうか?その関係とやらを。


「良いっすか?まず相手は寿司屋の息子っすよ?寿司屋と言ったらはい、コンちゃん!何を扱っているっすか?」


 と、急にコンに話題を振ると、コンは一瞬ビクッっと尻尾をピンと張り面食らった様子だったが、すぐに花奈の質問に答える。


「えっと…寿司屋とは政の店じゃろ…?それなら…稲荷寿司じゃ!」


 数秒程考える間があったが、コンはニコリとほほ笑みながら、しっかりと考えた上で精一杯の答えをくれた。


 その答えに一瞬ガクッと肩を落とし、想定内だったのか想定外だったのかは知らないが、ある意味お約束の反応だったので、花奈もお約束のリアクションで返したのだが、コンの頭を優しく撫でると笑顔でフォローする。


「稲荷もあるっすけど今は違うっす…!でも、よく頑張りました!なでなで…」


「ふへへ…褒められたのじゃ~…!」


 と、犬猫を撫でる時みたいな雰囲気を醸し出している二人だが、話が見えてこない。


 痺れを切らしこちらから先程の質問の回答を述べる。


「はあ…まあ、寿司屋が扱うものっていったらそりゃ寿司ネタだろ…?」


「あ、ピンポン!四季っち正解っす!じゃあ、そのネタはどこで取れるっすか?」


 ピンポンと言いながら頭上で大きな輪を作り、花奈は続ける。


「そりゃ、魚だから海だろうけど…まさか、俺に釣りでもしろってんじゃないだろうな?」


「そのまさかっすよ、四季っち!」


 ビシッとこちらに人差し指を向けて至って真面目に続ける花奈。


 しかし、それに反論する。


「いや、こんな事を言いたくはないが…一応神様的には緊急事態だぞ?遊んでる場合じゃないと思うんだが…」


「あ、酷いっす!別に遊ぶ為だけに釣りする訳じゃないっすよ?」


「そうなのか…?」


 どうやら理由はあるみたいだ。


「一応理由を聞いておこうか?」


「まあ、聞くっす。SNSの写真を見るっすよ。ほら、これとかもそうっすけど、お魚メインのアレンジ料理とかおつまみの写真が結構あるっす。息子さんって仕事に対してそれなりに情熱を持った人っすよ?だったら、料理人として、仕入れる食材や料理に使う材料には当然拘りがあると思うんっすけど、そっち系の話題から仲よくなれたりしないかな?って思ったっすよ」


 なるほど、理由を聞いて納得はできた。

 

 というよりか、花奈の観察眼には時折驚かされる。


 花奈は花奈なりに考えてくれた結果、海に行って釣りをしようということか…ふむ、遠回りだが、ちゃんと筋は通っている。


 まあ、問題は釣りを最後にやったのは俺がまだ小学生の時に親戚のおじさんに海に釣りにつれて行ってもらったのが最後だったか?


 初めての沖釣りで船に揺られる事小一時間、揺れが酷過ぎて船酔いして、口から撒き餌ばらまいてたのを笑われた記憶がある。


 勿論まともに魚を釣った記憶は覚えている限りではゼロだ。


 そんな奴がいきなり釣りを初めてそれを趣味と言い切れるだろうか…?


 不安は残るのだが、息子さんについて知っている事と言えば現状仕事にプライドを持って取り組んでいる事と、酒が好きな事、成人式を迎えたばかりだから二十歳くらいであるという事くらいだ。


 持ってる情報を整理すると、現状釣りから海産物系の話につなげるという策は悪くないのではないだろうか?と、思えてきた。


「あ、そう言うことか…俺はてっきり、海で遊びたいだけだと思っていたぞ…」


「あー酷いっす!私もちゃんと考えてるっすよ!ま、半分は遊びたいってのも正解っすけどね?」


「おいおい…まあ、それはいいが、俺釣りなんてまともにやった事無いぞ?」


 不安要素を花奈に伝えると、今まで黙って話を聞いていた樹が口を開く。


「大丈夫よ、私が教えるわ」


 急に喋るものだから少し驚いたが、樹の方に視線を向けると、樹は無言でコクリと頷くと短く「任せて?」と言って、席を立つ。


「釣りをするならこうしちゃいられないわ。ボウズでもとりあえず海に行く準備しなきゃね。道具は一応レンタルできる所を知っているから、今日はそこで雰囲気を掴んで練習するところから始めましょう?腕が鳴るわぁ~!」


 変な所でやる気スイッチが入ってしまった様だ。


 というか、釣り出来るなら樹が話してくれたらいいんじゃないのか?と、思ってしまったが、あんなに張り切っている樹にそれを言うのは憚られたので押し留まる。


「まあ、予定も決まったし…とりあえず、店を出よう…すみません、お会計お願いします!」


 と、俺が声を掛けると奥の方から店員さんが歩み寄り、伝票を確認してレジを打つ。


「それではお会計は七千二百五十円になります」


「カード一括で…」


「かしこまりました!」


 その日、俺の貯金から約一万円近い金が一瞬で飛んでしまったのを…惜しみつつも、新たな目標が出来た事を喜び、次なる目的地へと俺達は歩を進めるのだった…。


 大丈夫、ゆっくりだが着実に進んでいるさ。


 焦ることは無い、ゆっくりでいいんだ。


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