第16話 デコチョップとクロスアームブロックと朝飯と(2)

 ◇


 そうこうしている内に、スマホの時刻を確認すると現在時刻は七時。


 今現在リビング兼キッチンには俺とコンとばあちゃんと母さんの四人で食卓を囲い、朝食を摂っている所だ。


 今日のメニューはご飯、スクランブルエッグ、豆腐とワカメの味噌汁、大根の浅漬けと日本人の一般家庭なら割とオーソドックスな軽めの朝食だ。


 先程のコンとの朝のやり取りで、多少時間は経ってしまっていたが、その間に母さんが温め直してくれていたので、実質出来立ての様に各種お皿からは湯気が立ち込めていて、なんとも美味しそうな匂いが立ち込めていた。


「うぬ~…この、すくらんぶるえっぐ?とかいうやつも美味しいのぅ…ケチャップ?とかいうソースをかけると甘じょっぱくて実にうまいのじゃぁ~…とーこ、おかわりはあるか?もっと欲しいのじゃ!」


「ええ、あるわよ~…コンちゃんが一杯食べると思って、多めに作っておいてよかったわぁ~…ちょっと待っててね?今持ってくるわ…」


 と、朝からエンジン全開で食べ進めているコン。


 子供用のプラスチックのスプーンを使ってあぐあぐと器用に口に運んではいる。


 だが時折スプーンの上からおかずが落下してテーブルを汚してしまっていたが、本人は全く気にした様子もなく、美味しそうに食事を続けていた。


 ご丁寧に口の周りにはケチャップが付着しており、都度母さんが拭ってはいたが、口に大量のケチャップをまぶして食うもんだから、一口食べる毎にべとべとにしてしまっていたが。


「とーこは料理が上手なのじゃ!ハルの稲荷寿司も美味いが、とーこの作るご飯は優しい味じゃ~」


 行儀よく椅子に座り、食卓についているコンだったが、ご飯を食べている時も尻尾や耳は激しく揺れ動いており、美味しい、美味しいという度にパタパタと興奮気味に揺れていた。


 と、母さんの料理にべた惚れのコンなのだった。


 まあ、確かに美味しいのは認めるがな。


 スクランブルエッグも絶妙な塩加減で、これ自体をおかずにご飯が食べれるくらいには塩味が付いている。


 そこにケチャップを足せば、店で食べるふわふわのオムレツの様な味になり、一度で二度美味しく食べられる我が家の人気朝食メニューだった。


 味噌汁もお出汁をしっかりと取っていて、カツオと和風出汁の合わせ出汁だ。


 具材にワカメと豆腐が入っていて、良いアクセントになっている。


 つるんとした食感の豆腐と、シャキシャキと歯ごたえのあるワカメの食感がケチャップの酸味を良い感じに洗い流してくれて、最後まで飽きずに食べ進める事ができた。


 また、大根の浅漬けも幅二センチくらいの厚めに切られており、嚙んでみるとガリッガリッと、子気味良い音を立てて口に塩気とお酢の酸味が広がり、食感も相まってよい箸休めになった。


 ある程度食べ進めていると、ばあちゃんが声を掛けてくる。


「んで、そろそろいいんでないかい?昨日の話って何だったのさ?」


 ずずずと味噌汁を啜りながらばあちゃんは尋ねてくる。


 昨日の話とはいっても、まあ今日の予定を立てたくらいだから別にそこまでもったいぶる話でもないのだが。


 俺は一度箸を止めて、コップに入った麦茶を一口飲んでから言う。


「今日の予定について話てただけだよ。後は仙狐水晶探索の目途が立ったくらい」


 そういうと、ばあちゃんは「そうかい」と、言って漬物をがりがりと齧っている。


 咀嚼も終わり、漬物をを嚥下したばあちゃんは、お茶を一杯飲み干すとコップに追加の麦茶を注ぎながら訪ねてきた。


「んで、今日はどうするんだい?」


 俺は素直に今日のプランを話すことにした。


「今日は街に出てみようと思う。仙狐水晶を奪った犯人捜しはもちろんなんだけど、ついでにコンの服やら生活用品を買い揃えようと思って」


 スクランブルエッグを口に運び、白米をかっこむ。


 つやつやの白いお米は噛んでいくとじんわりと甘みが広がり、卵のしょっぱさも相まってそのうま味が引き立っていた。


「ふーん?ま、それならがんばりな。一応皆には後で連絡しておくから、何か分かったらまた連絡すればいいかい?」


 と、ばあちゃんは昨日のことも覚えていた様だ。


「ああ、それで頼むよ。お昼は適当に外で食べてくるよ。夕飯は…後で時連絡する」


「そうかい」


 と、短く返事をするとばあちゃんはご飯と味噌汁をかっこみ、朝食を平らげた。


「ごちそうさま!」


 と、ばあちゃんが食べ終わると同時に俺も丁度食べ終える。


「ごちそうさま」


 そう言って皿を持ってシンクに持って行き、表面の汚れを軽く水で流して漬けておく。


「コン、もう少しゆっくり食べててもいいぞ。樹と花奈に連絡入れるから…そうだな…大体10時頃くらいに待ち合わせて行こうか。それまでに準備しておくんだぞ?」


 と、コンに声をかけると相変わらず美味しそうに食事を続けているコンは口に着いたケチャップをシャツの肩口でぐいっと拭って、目をぱちくりさせながら元気に返事をした。


「あい!なのじゃ!」


 ぴょこんと、椅子から飛び上がる勢いでスプーンを持ったままの右手を上げてニコニコと上機嫌のコン。


「こら、もっとお行儀よ食べなさい。ご飯粒をとばすんじゃない!」


「うまうまなのじゃぁ~」


 と、茶碗に口をつけてスプーンで白米をかっこむコン。


 それじゃ行儀が悪いというより、恐らく固まっていれば問題ないだろうが、炊き立てのお米は粒だっており、どちらかというと纏まりが弱く、スプーンで掬ってもポロリと零れてしまうのだろう。


 そういうもどかしさを感じて、コンなりに試行錯誤した結果、茶碗に直接口をつけてかっこむという手段にでてるのだろうが…。


 ま、外じゃないしちょっと手助けしてやるか。


 食事を楽しむことは悪い事ではない。


 むしろ、美味しく食べてくれればそれでよいのだ。


 食べやすくなれば、行儀や作法もその内身に着くだろう。


 俺はそう思い、戸棚からラップを取り出し程よい長さで千切ると、そこへ炊飯器から白米をしゃもじで掬って乗せる。


 軽く握って形を整え、三角形の綺麗なおにぎりの完成だ。


「ほらコン、これならどうだ?」


 熱々だがある程度圧を掛けて固めてあるので、一口ずつ齧って食べれば零す心配もない。


 問題はそれが上手にできるか、だが…。


 まあ、そこはしっかりと教えて行けば問題ないだろう。


 おにぎりをコンの前に持って行くと、コンはスプーンを置きそれを手にする。


「あちっ、あちっ…」


 と、右手と左手を行き来させる様を見て苦笑しそうになるが、しばらくすると持てる熱さになってきたのか、両手で包み込む様にそれを持つとこちらを覗き込むコン。


「おむすびなのじゃ!食べてもよいのか?」


 おっと、流石にこれは知っていたか。


「ああ、熱いからゆっくり食べろよ?」


「のじゃ!」


 と、そのまま齧りつこうとしているコンを必死に止めて、ラップを剥がして渡す。


 しかし、一度渡したものを取り上げられたのを不服に思ったのかコンは不貞腐れた様子で抗議してくる。


「なんじゃ!食べても良いと言ったではないか!?」


「そのまま食うやつがあるか!せめてラップは剥がせ!」


 少し呆れてしまったが、知らないのなら仕方ない。


 と、心の中で納得して説明してやる。


「らっぷ?」


「ああもう、その…薄い透明の膜みたいなやつだよ。それは手を汚さない様にするために巻いてあるの。それは食べられないから剥がして食べるんだぞ?」


 コンは説明を聞いて、自分の手の中にあるおにぎりと、俺の顔を見比べると、言われた通りラップを少し剥がしておにぎりを齧る。


「んまっ!」


 と、ようやく口にできたそれを美味しそうに頬張るコン。


「ったく…危なっかしいなこれは…」


 と、言ってる間にコンはまどろっこしくなったのか、包んでいるラップを全て剥がし直接おにぎりを手掴みにしてパクパクと口に入れていった。


「んまいのじゃあ~…」


「だあああ!それじゃラップの意味がないだろうがっ!」


 俺のツッコミにコンはきょとんとした様子でこちらの様子を伺いながら、不可解な物を見るような目で見つめてきた。


「何を言うておるのじゃ?食えぬから剥がして食えと言ったではないか…?」


 まあ、後で手を洗えばそれいいか。


 俺は半ば諦めつつ、がっくりと肩を落として言う。


「ふぅ…。もう、いいよそれで。美味かったか?」


「うむ、美味しかったぞ!ありがとなのじゃ!」


 花丸満点笑顔とでもいうのだろうか。


 コンは満面の笑みを浮かべてこちらに礼を言うと、残ったおかずや味噌汁に手を伸ばし、相変わらずお行儀は悪いが、直接口に皿を付けてかっこんでいった。


「どういたしまして…はぁ…。」


「ごちそうさま、なのじゃ!」


 と、満足げにポンと腹を叩いて全部平らげたコンはしゅたっと椅子からジャンプすると、俺の正面へ着地した。


「して、そのしょっきんぐ…とやらにはどうやって行くのじゃ?」


 と尋ねるコンに俺はもう一度ため息を吐いて、言った。


「まずは、手と口をそこで洗ってこい…話はそれからだ…」


 と、洗い場を指さすとコンは「ん?」と、顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべていたが、母さんが手を引いて洗い場の方へと連れて行くのだった。


「ほら、コンちゃんお口が汚れているわ。ちゃんと洗って綺麗にしましょうね~?」


「ん?そうか?わかったのじゃ~!」


 と、大人しく連行されていくコンを見送るのだった…。


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