第17話 コーヒーブレイクとスマートエンジェルとPCと

「はぁ…」


 と、今日何度目かのため息を吐き、俺は連行されていったコンが母さんの手によって、綺麗に洗われているのを尻目に、スマホを操作して花奈と樹にメッセージを送った。


『今日の予定:10時頃ショッピングセンターの正門前で集合。仙狐水晶探索のついでにコンの服と生活用品を買いたいので力を貸して欲しい…』っと。


 短く簡潔に文章に書き起こすと、ものの数分程度で返信が来た。


『おっけー』


『りょーかーい』


 と、二人共二つ返事で付き合ってくれるということだ。


「正直助かった…俺一人だと、女の子に必要な物とか全く分からんからな…」


「ふぅ…」と、一息ついて壁にもたれ、食後のコーヒーを飲んでいると、母さんによって綺麗にされて、ついでに着替えさせてもらっていたコンが、胸から相棒のポチ丸を引っ提げて俺の前にててててと、近寄ってきた。


 パジャマ代わりのダボシャツ姿ではなく、昨日の内に洗濯してもらっていた巫女服を再び着込み、無邪気に上目遣いでこちらを覗き込むコン。


「どうした?」


 と、俺が声をかけるとコンは嬉しそうにニコっと口角を上げて、その場で三百六十度ターン。


 クルリと一回転すると、ぴょんと跳ね、自慢の尻尾と耳をぱたぱたと動かして興奮した様子で詰め寄る。


「とーこから聞いたのじゃ!しょっきんぐは、美味しい物や楽しい物が一杯あるとこなんじゃろ?ふふふ…一体どんなご馳走がまっているのやら…よだれが止まらぬ…じゅるり!」


 と、先程朝ごはんを食べたばかりなのに、もう次の飯の算段を立てている。


 おいおい、まじで底なしなんじゃないのこいつの胃袋…。


 この小さな体のどこにあれだけ大量の食物が入っているのか、本気で気になり、じろじろと訝し気な視線でコンの全体を眺めていると、抗議の声が上がる。


「その…そんなにじろじろ見られると、照れる…のじゃ」


 と、今まで見せたこともない様な恥じらいの表情を浮かべるコン。


 逆にそう恥ずかしがられると、なんだかいけない事をしている様な気持ちになり、逆にこちらが恥ずかしくなってしまった。


「あ、いやすまん…。しかし、その体のどこに食べ物が消えてるのか気になってな…」


 と、思ったことを口にすると、コンはあっけらかんとした様子で答える。


 自分のお腹を指さして、さも当たり前のことを聞く俺に怪訝そうに答えた。


「何を言っておるのじゃ?ここに決まっておろう?」


 昨日あんだけ食べて、今朝もお茶碗二杯分くらいのご飯とおかずや味噌汁なんかも平らげているその腹は、全く膨れておらず、むしろいつもと変わらない位ぷっくりと膨れてはいるが、ぺたんこだった。


「いや、まあ…そうなんだが…」


「へんなやつじゃの?のう、ぽちまる?」


 と、小物入れに話しかけてニコリと笑いながら、苦笑するコン。


 まあ、神様と人間とでは燃費が違うのだろう。


 食べて即消化していたり、どっか別の所にエネルギーを使っているに違いない。


 俺は考えるのをやめた。


 コンの食欲に関しては、こういうものだと理解するしかないと、結論付けた。


「はぁ…まあ、準備が終わったなら少し待ってな。十時頃に樹達と合流予定だからそうだな…」


 と、丁度朝のニュース番組が終わり女児向けのテレビアニメが流れ始める。


 ポップでファンシーな歌と共に、きらきらとした目のデカい女の子達が変身して敵と戦うオープニングが始まった。


「お、それでも観て待ってな?」


 と、テレビの方を指さすとコンは素直に従い、すたすたとテレビの前へ移動すると、その場に正座してテレビの画面を食い気味に眺めていた。


「うぉ!なんじゃこれは!?きらきらしておって…動いておる…」


 そしてオープニングが終わると、丁度戦闘シーンから開始しており、コンの尻尾はヒロインの女の子達が敵の攻撃を受けると、それに連動してビクッ!と、まっすぐになったり、逆に女の子たちが力を合わせて攻撃をすると、一緒に立ち上がり「が、がんばるのじゃ!やっつけるのじゃ~!」と、拳を握り熱く応援してぱたぱたと尻尾をはためかせていた。


「今のうちに準備でもしておくかな…ばあちゃん、コンの世話頼んで良い?」


「ああ、任せな」


 と、先程から食卓に座り慈しむ様な視線をコンに向けて眺めていたばあちゃんに頼むと、俺は自室に戻るのだった。


 ◇


 自室にたどり着くと、先程コンによって蹴とばされたタオルケットを回収してベッドに放り投げる。


 リモコンで室内灯を点灯させると、デスクチェアを引っ張り出しそこへ腰かける。


 ぎしっと安物の回転椅子が軋む音がして、そろそろ買い替え時か?などと思案しつつ、机の上に置いてあるPCの電源を入れる。


 一昔前のモデルだが、一般家庭用のノートパソコンだ。


 仕事場である事務所には最新式の高性能のやつを置いているが、こいつは以前に使用していて、買い替えた時に残しておいた物だ。


 カチっと電源スイッチを入れると、ブーンとという駆動音が鳴り響き、見慣れた青い画面が映し出される。


 基本的にデスクトップの壁紙などはデフォルトのまま使用しているので、そっけない感じがしてしまうが、個人的には使用感重視なのでそれでも良いと思っている。


「合流するまえにちょっと調べてみるか…」


 と、カチカチとマウスを操作してブラウザを立ち上げインターネットに接続する。


 検索エンジンを駆使して、仙狐水晶について検索をかけてみる。


「仙狐水晶…っと」


 検索窓にワードを入れてページを開く。


 検索表示数は二万件オーバー…って、あるんだ仙狐水晶の検索結果。


 正直期待はしていなかったが、きっと類似品か何かだろう。


 と、ページをスクロールしてそれらしいサイトを探してみる。


「なになに…金運アップ間違いなし三万二千八百円?これは違うな…」


 ヒットしたサイトを片っ端から覗いていくと、あるのは大体胡散臭いご利益を謳った詐欺っぽい商品の通販ページ。


 写真付きで狐の形を模した水晶のチャームが、数珠に繋がれて朱色の安っぽい巾着の上に置かれていた。


 他のサイトも似た様な物ばかりで、色のバリエーションが透明だったり薄ピンクだったり、薄い黄色の物や黒一色な物など多種多様のアクセサリーやキーホルダーや数珠等の写真が出てくる。


 うーん…これは当たり無しか?


 期待はしていなかったが、何か分かるかもと調べてはみたが、どうやら空振りの様だ。


 検索ワードを変えて、久那妓、コン、夜桜市神社、夜桜山神社等探してみたが結局それっぽいサイトは見当たらなかった。


「まあ…そうだよな、そんな簡単に見つかったら苦労はしないわな…」


 と、検索する手を止めて背もたれに身体を預け、頭の後ろで手を組みのけ反る。


「ふぅ…結局ばあちゃんの連絡待ちと、人海戦術か…こりゃ根気がいるなぁ…」


 目をつむり、のけ反った状態で椅子を回転させてくるくると回る。


「はー…本当に見つかるか不安になってきたぞ…」


 と、愚痴をこぼしながら足を地面につけて回転を止める。


 回転したことで少し目が回る気がしたが、すぐにそれは治まった。


 背筋を正し、再びPCに向き合い、検索ワードを思案しながら画面を睨みつけていると、階下からどたどたと、慌ただしい音を響かせて誰かが二階に上がってきた。


 まあ、こんな騒がしい音を立てて上ってくる奴なんて一人しかいないのだが…。


「しーーきーーーーーー!すごいのじゃ!こう、変身してきらりんってポーズしてての?暗黒大帝にどろっぷきっくなのじゃ~!」


 と、目を輝かせハイテンションで俺の部屋に侵入してくるコン。


「あのなあ…階段はもっとゆっくり上りなさい。こけたら危ないだろうが…」


 と、注意しつつ椅子を回転させて視線を向けると、鼻から息を吹き出しフンスフンスと興奮気味な様子で、尻尾と耳をブンブンと揺り動かすコンの姿があった。


「何を呑気な!あの者たちは凄いのじゃぞ!?こう、ばひゅーんって跳んでの?しゅたたたたって走って、敵をばったばったやっつけるのじゃ!」


 どうやらすっかり女児向けアニメが気に入った様子だ。


 身振り手振りを駆使して如何に素晴らしい物だったのかと、力説してくるコン。


 指先まできちんと揃えて、変身のポーズを何回も繰り返し見せてくるその姿はとても愛らしいのだが、こうも呑気で良いのかと、心配してしまっている俺がいる。


「ほれ、見ろ!こうして、こうして~…こうなのじゃ!」


 と、ビシッと見事に決めポーズを再現するコン。


 それを見て苦笑しそうになるのを必死で堪えて、俺は言う。


「お、凄いな!だが、今はちょっと待ってくれ…今調べもの中だ」


 俺がそう言うと、コンは少し寂しそうに不貞腐れた表情を浮かべる。


「なんじゃ、つれないのぅ…構ってくれても良いではないか…」


 と、不満全開でこちらを恨めしそうに見つめるその視線はまるで、おもちゃを咥えた子犬の様で、飼い主に構ってもらおうと必死にアピールしている様でなんだか和んでしまう。


「すまんすまん。だけど大事な事なんでな?ほら、これ見てみ?」


 と、身体を反らしPCの画面を指さす俺。


「なんじゃこれは?」


 と、ポーズを解除してこちらに近寄ってくるコン。


 ディスプレイを訝し気に眺めながら、しかめっ面で近づいたり離れたり…忙しいやつだ。


「目が…目がしょぼしょぼするのじゃ…」


 と、画面に近づき過ぎてモロにブルーライトを浴びてしまったコンは、きつく目を閉じて「うー…!」と、唸っている。


 そんな様子もまた可愛いのだが、そうも言っていられない。


「近すぎるとそうなるんだ…ほら、これで大丈夫か?」


 と、ディスプレイの明るさを調節してやる。


 少し明かりを落としてみると、コンは半目でそれを確認し、口を半分ほど開けて何とも間抜けな表情を浮かべると、二、三度瞬きをして俺の膝の腕に座る。


「ぎらぎら眩しいが…大丈夫じゃ…んで?これはなんじゃ?」


 と、俺の膝の上にすっぽりと収まったコンは不思議そうに画面を眺めている。


 キーボードやマウスにもの興味深々な様子で、指を這わせて適当にキーを叩いたり、マウスを持って上下に振ってみたり、ひっくり返してLEDの青い光が壁に照射されると、そっちに意識を持って行かれて、猫の様に飛びついていた。


「こらこら、そうじゃなくて…これはこう使うんだよ」


 俺は飛び去ったコンの首根っこを捕まえて膝の上に戻すと、慣れた手つきでPCを操作する。


 カチャカチャと音を立てて、キーボードを操作するとコンは「おぉ…」と、感嘆の声を漏らしていた。


「これでこうやって…この窓に知りたい情報の文字を入力すると…ほら、こうやっていろんな情報を収集できるんだ」


 と、試しに先程コンが観ていた女児向けアニメのタイトルを入力し検索してみる。


 えっと確か…【スマートエンジェル プリミュア!】とかいうタイトルだったか…?


 文字を打ち込み検索をかけると、一番上に公式サイトが表示され、それをクリックする。


 するとファンシーな壁紙と目がデカい女の子達のイラストが表示されて、放送スケジュールや放送局等の関連情報と、キャラクターの設定や世界観の説明文章が表示されていた。


「うぉおお!これじゃ!これ!四季おぬしは妖術師なのか!?一瞬でこんなことが出来るとはっ…!?」


 と、何か盛大な勘違いをしているであろうコンに訂正して説明する。


「違う違う、俺が凄いんじゃなくて機械が凄いの。文字を入力すると、欲しい情報がばーって表示されて、それを選んで見つけていくんだ」


 とは言え機械の仕組みなどは俺も詳しくは知らないので、説明の仕様がないのだが、そういうものであると認識してもらえればいいかな?等と考えていると、コンは顔を上げ、こちらの顔を覗き込むようにして言う。


「…だとしても、じゃ。こう、ワシにはまだ分からぬことも多いのじゃが、それを操って、教えてくれておるおぬしのやっていることは、ワシにとっては凄いことなのじゃ…」


「お、おう…」


「じゃから、おぬしは凄いのじゃ!自信を持つがよい!」


 と、コンはニコリとはにかむと再び目線をディスプレイに向ける。


「ほら、分かったらさっさと他のも見せよ!えと…この者達はぷりみゅあ?というのか…ふむふむ…なるほどのぅ…」


 ディスプレイを指でなぞったり、女の子達のプロフィールを表示するようせがむコン。


 ただPCを操作しているだけなのだが、褒められてしまった。


 悪い気はしなかった。


 というか、誰かに褒められるなんて久々だった俺は、少しだけ照れくさくなってしまっていたのだが…。


「ほら!はよ次を見せるのじゃ!…ええい、まどろっこしい!こうか、こうすればよいのか!?」


 と、もたもたと動く俺の手を無理矢理引っ張るコン。


 操作していたマウスをぐいぐいと引き寄せたり無理矢理操作するものだから、マウスは俺の手をすっぽ抜けて、ぽーんと放物線を描き、飛んでゆく。


「あっ…」


 と、間抜けな声を上げるコンだが、時すでに遅し。


 見事な放物線を描いて飛んでくるマウスは、俺の顔面にカツンと硬い音を立ててクリーンヒットし、床に落ちる。


 プラスチック製のマウスが床にぶつかると、部屋に静寂が訪れる…。


「…その~…四季?…えと…わし、用事を思い出したのじゃ…じゃから、この辺で失礼するのじゃ…」


 と、この場から去ろうとするコン。


 ぴょん、と膝から飛び降りてこちらの顔色を伺っている。


「で、ではの~…」


 ただならぬ雰囲気を察知したのか、ゆっくりと後ずさるコン。


 俺は、スッと椅子から立ち上がり、無言でコンに詰め寄った。


「…」


「あの、その…」


「……」


「いや、じゃから…その…四季?顔が怖いぞ…?」


「………」


「ひっ…!」


 俺は無言で額めがけて手刀を繰り出した。


「調子に乗り過ぎだ!」


「あべし!」


 と、見事に額にクリーンヒットした手刀によってコンはその場に崩れ落ちる。


 当然手加減はしているので、そこまでは痛くないはずなのだが…。


「うぅ…やはり、おぬしは鬼畜なのじゃ…呪うぞ!祟るぞ!…うぅ…」


「はぁ…今のは自業自得だろうが…」


 と、ため息を吐いて床に落ちたマウスを拾い上げる。


「うぅ…」


 と、恨めしそうな視線をこちらに向けてくるコンだが、それを無視してマウスを接続しなおすと、画面は切り替わっていて、どうやら先程のやりとりで変な所をクリックしてしまっていた様だ。


「ったく…せっかく開いてたのに…って…なんだこれ…?」


 と、偶然検索していたワードを見て興味を惹かれた。


「夜桜山…歴史…か」


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