第15話 いたずら心と無防備とプロテイン(2)

 翌日俺は妙な寝苦しさで目覚めた。


 いつもはタイマーをセットして寝るのだが、昨日はそれを忘れていたので自然に目が覚めた。


 起きて目を開ける前に、俺の顔面には何かが乗っている様だ。


 その何かは細かい毛がびっしりと並んでいて、フサフサでモフモフの…。


 そう認識すると、そのモフモフがピクッと揺れ動き、俺の鼻をくすぐる。


 それが引き金となり、何ともむずかゆい感触が鼻の奥と眉間の間くらいの所で感じると、ついには堪えきれなくなり暴発した。


「ふぇっくしょい…!」


 つばをまき散らし、朝から盛大にくしゃみをかますと、俺の眼前にあるふさふさのモフモフはビクッ!と、跳ねて一瞬毛羽立つもすぐに何事もなかったかのようにまた俺の顔面に着地したのだった。


 寝苦しさの正体はコンの尻尾だった。


 俺はそれを摘み上げ顔から降ろすと、上体を起こし、鼻を啜って枕元に置いてあったスマホを確認する。


 寝起きでまだぼーっとする頭を懸命に覚醒させて、時刻を確認すると、いつもタイマーを掛けている時間とほぼ変わらない起床時刻だった。


 現在時刻は六時半。


 もう少し寝てもいいかもしれないが、昨日の探索プランを決行すべく準備をする必要がある。


 とはいっても、ただ単に樹や花奈に連絡を入れて開店時間くらいに皆で乗り込むくらいだから、大した準備というものはないのだが…。


 背筋を伸ばして、欠伸をすると首を二、三回左右に動かしてストレッチをする。


 ぽきぽきと子気味良い音を立てて、首の骨を鳴らすと、コンに場所を占領されてしまい、若干寝違え気味だった首筋がすっきりした。


 視線をベッドの下の方へ移すと、昨日久那妓さんに抱かれて寝てた時はお行儀よく寝ていたのだが…。


 改めて見てみると、俺の腹辺りに右足が乗っており、頭の向きもベッドの反対の方に向いていて、大の字ですやすやと、寝息を立てて眠っていた。


 その間も尻尾は時折揺れ動いており、寝言に合わせてあっちへゆらゆら、こっちへゆらりと、せわしなかった。


「…稲荷が一杯…いくらでも、食えるのじゃ…へへへ…」


 夢の中でも稲荷寿司食ってるのか…どんだけ好きなんだこの神様幼女は…。


 と、若干呆れつつもそんな姿に苦笑してしまった。


 幸せそうな寝顔をしているが、ぶかぶかのシャツが肩からずり落ちていて、若干寝苦しそうだったので、引っ張り上げて直してやった。


「ったく…なんつー顔で寝てるんだよ…幸せそうな顔しやがって」


 本当なら、昨日の仕返しに少し悪戯でもしてやろうかと思ったが、あまりにも無防備過ぎて、逆にそんな気も起きなくなってしまった。


「仕方ない…もう少し寝かせておくか…」


 俺は、そう言うとコンを起こさない様にベッドから立ち上がり、コンの寝相のせいで床にずり落ちていたタオルケットをそっと被せて、携帯と着替えだけ持ってリビングへと向かった。


 ◇


 リビングへ降りていくと、既にばあちゃんと母さんは起きていて、朝食の用意をしているところだった。


 キッチンの方からは美味しそうな湯気が立ち込めていて、昨日あれだけ食べたというのに寝起きの俺の腹はぐぅ~…と、情けない音を立てていた。


 一通り準備を終えたのか、ばあちゃんはリビングの方でテレビを観ていて、丁度朝のニュース番組に切り替わっていた。


「あら、おはよう四季。今ご飯出来たけど…食べるかしら?」


 と、俺に気付いた母さんが確認してくれる。


「ああ、おはよう。いただくよ」


「了解、もう少しでできるから先に着替えてらっしゃい」


 と、母さんはてきぱきとフライパンを操り、おかずを皿に盛ると、ご飯、味噌汁、漬物と次々に手際よく準備していった。


 ばあちゃんはニュースを観ながらダンベルを上げ下げしており、卓上には赤い蓋の付いたシェイカーが置いてあった。


 中身は乳白色の液体が入っていて…おそらくプロテインか何かだろう。


 テレビを観ながらこちらに目線を向けると、ばあちゃんが声を掛けてくれた。


「おはよう、四季。昨日はお愉しみだったね?ひっひっひ!」


 と、ダンベルを上げ下げしながら、朝から下卑た笑い声をあげるばあちゃん。


 ったく、朝からなにやってんだ…と、思いつつも久しく忘れていたやり取りにちょっとだけ、懐かしく思いつつもツッコミを入れた。


「んなわけあるかい!…おはよう、ばあちゃん」


 そんなツッコミとあいさつを兼ねた軽い会話をしていると、ばあちゃんは本気の殺気を込めた目でこちらを見据える。


「当たり前さね…ったく、何かあったらいくら孫とはいえ、すぐにぶっ飛ばしに行く所だったよ!」


 おっかない限りである。


「はいはい。まあ、それは置いといて、ばあちゃんこそ寂しくて寝れなかったんじゃないのか?」


 と、逆に軽口を返すとばあちゃんは少し苦笑気味に笑って続けた。


「フンッ…!ま、仕方ないさね。どうしても話さなきゃいけない事があるって言うんだからねえ…んで、何の話だったんだい?」


「ああ、食べながら話すよ。先に着替えてくる…」


 と、言い残しキッチンを抜けて脱衣所の方へと向かう。


「そうかい」


 と、ばあちゃんも短く見送って、再び筋トレを再開していた。


 脱衣所に入ってシャツを脱ぎ、ズボンを着替える。


 長年愛用している紺色のジーンズは経年劣化により色落ちしていて、ヴィンテージ物の様な風貌を呈していて、地味にお気に入りだったりする。


 新しいのを買っても良いのだが、履き慣れた分だけ愛着もあるのでずるずると長年使い続けてしまっている。


 上着はタイトな黒のワイシャツだ。


 左右の胸元にポケットが付いており、ペンや手帳やスマホ何かを刺しておくことが出来て何かと便利だ。


 通気性も良く、汗も目立ちにくいから夏場は好んで着用している。


 さっと、着替えて脱衣所を後にすると、丁度母さんが三人分の朝食をお盆に乗せて運んでいる所だった。


「ごめん、ちょっと通るわよ~」


 と、朝食を運び食卓へ並べていくと、ばあちゃんはダンベルを机の下に置き、置いてあったプロテインを一気飲みすると息を吐き、尋ねてきた。


「コン様は?」


「まだ寝てる。夢の中で稲荷寿司食ってたわ…」


 それを聞くと二人は「あらあら…」とか「やれやれ…」と、言った感じの笑顔を浮かべていた。


「う~ん…せっかくだから皆で食べた方が良いと思うのだけど…どうしましょう?」


 母さんは眉を下げ少し困った顔をしていたが、確かにせっかくの料理が冷めてしまっては勿体ない。


 二人には悪いが、朝食はもう少し待ってもらってやはりみんなで食べよう…。


 俺はそう思い、自室へ向かう事にする。


「うん、やっぱ起こしてくるよ。後でコン一人で食べるさせるってのも何かあれだし…」


 と、言うと母さんはほっとした表情を浮かべ、お盆を持ってキッチンの方へ向かう。


「それなら、コンちゃんの分もよそっちゃうわね。四季よろしくね?」


「任された」


 と、後ろ手に手を振り二階への階段を上り自室を目指した。


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