第14話 夜襲と仙狐水晶と草刈り機(2)
どういうことだ?
仙狐水晶が原因で、ニュースになるというのだろうか?
ちょっと良く分からん。
俺が質問をしようとすると、コンは続ける。
「その…やはり、影響は少なからず出ているのじゃ…」
コンは苦虫を嚙み潰した様な、何とも言えない微妙な表情をしている。
「というと…?」
樹が聞き返すも、言い淀み、なんとも要領を得ない。
ようやく話し出したかと思えば、何かと確認するかのように歯切れの悪い切り出し方でコンは言う。
「その、仙狐水晶が土地の淀みや悪しきモノを制御しておる…のは母様が説明してくれたじゃろ?」
「そうだな」
「今は母様が何とか抑えて制御してはおるが…どうしても母様にも限界があるのじゃ」
と、コンは言う。
「限界?」
俺が訪ねるとコンは一度コクリと首を縦に振ると答えた。
「そうなのじゃ。この世界…いや、この街だけでも日々数えきれない程の感情の奔流が溢れ還っておるのじゃが…人間の数だけ意思があって、その一つ一つを汲み上げて昇華させてやるのもわしら土地神の仕事なのじゃ」
「感情の昇華?」
聞きなれない単語だ。
「昇華…というのは、あれじゃ。行き過ぎた感情を正常な流れに戻してやる作業とでもいうか…極端な例じゃが…歩いている時にたまたま人にぶつかっても、多少ムッとするが殺してやろうとまでは思わないじゃろ?」
まぁ、確かにそうだ。
不意にぶつかればその時にムッとするが、別に殺してやろうとは思わない。
「そのムッとするが、殺す程ではないと納得出来るように感情を抑制したりするのがわしら土地神の仕事なのじゃ」
「…?」
「えと…厳密にはその時に生じる負の感情の残滓が、淀みとなって定着してしまうのじゃが…それを取り除いて、正常化する…というのが正しいのじゃ…」
要するにどういうことだってばよ?
「と、とにかく負の感情が溜まり過ぎない様にそれを取り除く…というのが昇華じゃ。これ以上説明がつかぬ…そういうモノじゃと理解しておくのじゃ!」
まあ、よく分からないがコンがそういうのなら、そういうモノなのだろう。
「要するに、負の感情が高ぶって行き過ぎた行動を取らない様に抑制してるのは、実は神様の仕事で、それが昇華するってことなのか?」
「全部が全部そうというわけではないのじゃが…概ねそういうことなのじゃ!」
と、コンは何とかこちらが納得した様子が伺えたので「ほっ…」と、一息吐く。
しかし、感情の昇華が土地神様の手作業ってんなら、土地神業界はとんだブラック界隈だ。
それが本当ならとんでもない話である。
「今は久那妓さんがこの町に住む住民一人一人の感情を汲み上げてって…それって相当大変なんじゃないのか…?」
「確かに相当大変な仕事なのは間違いないのじゃ…。じゃが、わしら土地神は昔からその土地に根付き、人々と向き合ってきたからそれが仕事なのじゃ」
と、コンはこの仕事に誇りを持っているらしい。
今は見習いだが、立派に役目を果たしている母親を身近に見て来ている身として、やはり多少は責任感というか、そういった使命感的な感情は持ち合わせている様だ。
コンは身を乗り出し、椅子の上で前のめりになりながらたどたどしくも立派に土地神としての役割を説明してくれた。
が、しかし。
その話が本当であるなら、神様と言えど、無数に存在する人の感情を一つずつ汲み上げていちいち向き合うのは、相当に骨が折れる作業であるのは間違いない。
俺も探偵という職業柄、人の依頼を受ける立場である。
その時の規模にもよるが、それが一件二件程度であれば、何とか片付ける事もできる。
しかし、それが一気に数百、数千、数万と途方もない数になると、どうしても捌き切れずオーバーフローしてしまう。
無数にいる人間の意識を一個ずつ汲み上げるってことは、要するにその数百数千数万の依頼をたった一人で地道に向き合い律儀に一個ずつ手作業で解決して回っているということだ。
もっと言えば、山全体の草刈り作業を機械も鎌も道具も何も使わずに、素手で一本ずつ雑草を引っこ抜く様なそんな途方もない作業を行っているということになる。
考えただけでも恐ろしい程地道でしんどい作業だ。
コンは尚も続ける。
「土地神としてもやはり依り代無しでは限界がある。仙狐水晶はその依り代として存在していて、要はそれである程度人の感情というものを吸い上げて、自動で処理してくれる関の様な物なのじゃ…」
「便利な道具…まあ草刈り機とかコンピューターみたいなものってことか?」
「くさかりき…?こんぴゅーたー?良く分からぬが、まあある程度感情を自動的に消化霧散させてくれるものなのじゃ…」
つまり、仙狐水晶が草刈り機とかパソコンみたいなもので、それを制御しているのが土地神である久那妓さんということになる。
なるほど、それで雑草=思念のオーバーフローを食い止めていたということだ。
「まあ、何となく理解はできた。とりあえず、今はその仙狐水晶が盗まれてしまったせいで、久那妓さんが一人で地道な作業をしてるってことだな?」
「そういうことなのじゃ…。そして、さっきのニュースの話なのじゃが…」
と、ここでその話に繋がるのか。
コンは椅子から立ち上がり、スタスタとこちらに歩み寄ると、ベッドの隣におもむろに腰掛ける。
ぽふんっと、軽い音が鳴りベッドが軋む。
その際にフワリとコンの尻尾と髪が宙を舞う。
サラサラの髪が俺の眼前を横切ると、去り際にシャンプーの良い匂いがした。
尻尾もフサフサとしており、よく見ると少し湿っていて、細かい毛が規則正しく整列しており、ブラッシングでもしたかのように、艶やかに光輝いていた。
いつの間にか風呂に入っていたのか、と思うと同時に、同じものを使っているはずなのに、土地神とは言え女の子の髪の毛から香ってくるその匂いに不覚にも、少しドキッとしてしまった。
俺の横に行儀よく座るケモミミ幼女は、その尻尾をフリフリと揺れ動かし、俺の目の前を行ったり来たりと、翻弄してくる。
コンの尻尾や髪の毛に見とれていると「こらっ、真面目に話しているのじゃ!ちゃんと聞くのじゃ!」と、怒られてしまった。
「ん、んんっ…!すまんすまん、魅力的なフサフサに見とれてしまった…許せ!」
と、眼前を行き来するフサフサを目で追いつつも、咳払いをして仕切り直した。
「それで、ニュースがどうしたんだよ?」
と、問いかけるとコンは声のトーンを一つ落として言った。
「その、やはり仙狐水晶が無くなったのが原因で、人の悪意や淀みが増幅しているようなのじゃ…」
コンは少し困惑気味に、弱弱しく言う。
尻尾や耳も少しタレ下がり気味で、今の心情が伺えた。
やはり、仙狐水晶が無くなったことを懸念している様子だ。
「久那妓さんの仕事が増えて、対処できない淀みが溢れてるってことか?」
「そうなのじゃ…少なくとも今日のにゅーすでやっていたのは仙狐水晶の影響なのじゃ…」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「それは…てれびを通して、ワシには淀みが見えたのじゃ…」
「その、悪意が原因で溢れるっていうやつか?」
隣に座るコンは身を乗り出し、こちらに更に詰め寄る。
前のめりに手をついて、こちらを上目遣いで覗き込む様に言葉を紡ぐ。
「そうなのじゃ。車の事故もそうじゃったが、コレくらいのと…こんびにに強盗が入ったのも間違いない。大きさ的にはコレくらいじゃが…あとは…自殺じゃ…これが一番大きくて、濃い淀みじゃった…」
と、コンは身振り手振りを駆使して淀みとやらの大きさを伝えてくる。
一個はテニスボールくらいの大きさの物、もう一つはサッカーボール大の物。
最期の一個はそれこそコンが両手を一杯に広げて耳もピンと尖らせて体全体を使って、表現していたが、大体直径一メートルくらいの大きさだと推察できた。
正直いまいち大きさを言われてもピンとこないのだが、こんだけ必死に伝えてくるということは、やはりそれは重要な事なのだろう。
「んー…淀みとやらが溜まって大きくなるとどうなるんだ?」
質問をするとコンはすんなりと答えてくれた。
「まず、間違いなく災いが起こる。この辺は母様も言っていたが、規模は分からぬが起こる事は確定じゃ。それが地震だったり、台風じゃったり、大事故だったり…種類は様々じゃが、この土地にとって都合のよくない事が起こる…はずじゃ…」
なるほどな…ということは、やはり一刻も早く仙狐水晶を取り返さないといけないな。
まあ、それは分かるのだが…如何せん手がかりというか、調べるにしても足がかりがないので、八方ふさがりだ。
どう調べていいかすらわからないのなら探しようがないし…だが、遅れてしまうと天変地異が起きてしまう…。
うーん…完全に詰みじゃないか、これ?
腕を組んでコンの話を整理していると、ふと思いついたことがあった。
待てよ…?
コンはさっき”淀みが見えた”と言ったな?
仙狐水晶は確か、久那妓さん曰く”人の悪意を感知すると、悪意や穢れが逆流する”って言ってなかったか?
悪意がある所に淀みが出来るから…。
コンは淀みが見えると言った。
あれ、これいけるんじゃね…?
俺は脳細胞をフル回転させて、頭の中を整理する。
つまり、コンを連れて街を歩いて淀みが集まる場所を探せば、仙狐水晶が見つかるかもしれない、ということだ。
正直俺のカンでは犯人はまだ近くに居るとみている。
第一に理由としては、あんな山奥に態々入り込んで物を盗み、遠くに持って行くとは考えにくい。
第二に愉快犯だとしても、あんな山奥に入り込むとは考えにくいし、元々そこに仙狐水晶があることを知っている人物が犯人だと考えるのが妥当だ。
その上で、仙狐水晶を持ち逃げして、得をする…もしくは、それ自体の価値に気付いている人物…と、考えられるのだが…そこまでの判断材料はまだない。
それに盗まれた現場の状況的にも、わざわざ社を壊して盗んでいる辺り、存在を誇示したいのか、単に嫌がらせなのか…。
どちらにせよ、地元の人間以外はあまり考えられないと、俺は思った。
観光客がわざわざ山を登って外部からたまたまご神体を盗む可能性もゼロではないが、それより地元を当たる方がまだ可能性は高いと思った。
ま、逆に言えば、夜桜市を抜けられていたら完全にお手上げだが。
何にせよ考えは纏まらないが、まずは重要なことを確認せねばなるまい。
「その、確認なんだけが…普通に歩いていてもその淀みってのは見えるのか?」
俺はコンの目を見据え、尋ねた。
「うゆ!えと…その、まあ、大体は見えるのじゃ…それがどうかしたか?」
コンは「ん?」と首を傾げ、顔にクエスチョンマークを浮かべながら答えてくれた。
おっと…これは…やれそうだ!
先程までは砂漠に落とした一粒のダイヤモンドを探す作業だったが、今回はそのダイヤに迫る為の発信機であるコンがいる。
ムリゲーかと思われた作業に、急に光明が射した。
それでも結局人力で総当たりになるのは間違いなのだが、指針が出来た時点でそれは大きな進歩だ。
俺は一筋の光が射したことに感動を覚えたが、努めて冷静にコンに言った。
「おい、コン!いけるかもしれないぞ?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)
執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます