第14話 夜襲と仙狐水晶と草刈り機(1)

 後片付けを終えると、夜の匂いが濃くなって、昼間の熱気とは打って変わって、ひんやりとした心地よい風が吹き抜けていた。


 爽やかな夜風は夏の湿った空気を孕み、草木や花火の残滓の火薬の匂いと相まって本当に夏っぽい匂いがした。


 真夏ではあるが、風が吹けばそれなりに涼しく、不快感はそれほど感じられなかった。


 一通り片付けを終えると、たつき花奈はなはコンとの別れを惜しみつつも、時計を確認すると既に二十三時を過ぎており、泣く泣く帰還していった。


 母さんが「泊っていく?」と、尋ねていたが流石にそれは悪いと、樹が断っていた。


 個人的には別に構わないのだが、二人共そこまで遠くに住んでいるわけではない為車で帰る事を選んだ。


 別れ際に「明日も絶対遊ぼうね!」と、花奈は強くコンに念押ししていたが、おいおい、明日は遊ぶんじゃなくて調査が先だろう…と、思ってはいたが口に出すのは無粋な気がしてやめておいた。


 そんなこんなで、現在時刻は零時を回り、二階にある自室のベッドの上でスマホで動画サイトを観ながら寝転がり、ようやく長かった今日が終わろうとしていた。


明日あした…どうすっかな…」


 と、独り言を零すも返事は帰ってくるはずもなく、空しく空に消えた。


 考えてもしょうがないと分かりつつも考えてしまうのは人間ひとの性ってもんだ。


「とりあえず、寝るか…」


 虚無感を味わいつつ、答えの出ない問いかけに呆れながら枕元に置いてある室内灯のリモコンを操作して明かりを落とす。


 手探りでスマホが充電ケーブルに接続されているのを確認すると、枕の横にスマホを放り投げて、ベッドに身体を預け大の字に仰向けになる。


 コンはというと下の階でばあちゃんと今日は寝ると言っていたが、まあ積もる話もあるだろう。


 何しろ七十年ぶりの再会だと言っていたから…まあ、もしかしたら夜通し昔話に花を咲かせているかもしれないな。


 再会した時のばあちゃん、めっちゃ嬉しそうだったし。


 結局、仙狐水晶については進展があったといえばあったが、ほぼほぼノータッチの状況だ。


 明日の連絡次第でどうにかなるとは思わないが、とりあえず連絡が来るまでは、麓の方で聞き込みだけでもすることにしよう…。


 何か目撃情報があるかもしれないし…そうしよう。


 それにしても今日は疲れた…。


 と、考えてる内に意識が朦朧としてきて、自然と瞼が下りてくる。


 身体の重みを感じられなくなると、まるで宙に浮いているかのように体が軽くなっきて…ドサッ!


 ドサッ…?


 幻聴かもしれない。


 この部屋には俺以外誰も居ないはずだ。


 しかし、まどろみの中手放しかけた意識の手綱を、異音によって再び無理矢理握らされたのだから、気のせいではないのだろう。


 俺は頭をブルっと振って重い瞼を引き上げる。


 一瞬暗くて何も見えなかったが、俺の足元…ベッドの傍に何やら見覚えのあるバランスボール大の何か。


 音の正体は間違いなくこいつだろう。


 俺の部屋にバランスボールは生憎と置いてない。


 となると、どっから入ったのか…気配すらしなかったぞ…。


 シルエットだけが見えている状態だが、俺はこいつを知っている。


 今日山で掃除を終えた時に、俺の昼飯を持ち逃げしようとした不届き者のモフモフだ。


 そいつが何故か俺の足元でたゆん、たゆんと弾みながらこちらに近寄っては、離れて、近寄っては離れてを繰り返していた。


 しかし何度目かのその行動をした頃、バランスボール大のモフモフは意を決したのか、こちらの方へと近づいてきた。


 足元の方から段々と顔の方まで近づいてくると、弾む度に耳元へとドサッ、ドサッという音が鳴り響く。


 ようやく眠りにつけそうだったのに…いい感じの所で邪魔してきやがって…と、少しイラつきはしたが、わざわざ気配を消してまで侵入してくる理由が気になり敢えて寝たふりを続けた。


「くふふ…呑気に寝ておるわ…昼間はよくもワシの尊い頭に手刀をかましてくれたのぅ…お返しじゃ、鼻をつまんでやるかの…ひっひっひ…」


 と、声を殺してゲスな笑い声を浮かべるそれの独り言を聞き逃さず、寝たふりを続けていると、そのモフモフはスッと消え去り、やがて人の姿となって俺の枕元に立っていた。


「ふふふ…神に手を出したことを後悔するがよい…ほれ!」


 と、その不届き者は手を伸ばすと俺の顔の上にかざす。


 そして、その手が俺の顔面に触れようとした所で、目を開き声を掛けた。


「…で、こんな夜中に何か用か?」


「ぬわあああああああああああああああ!!」


 声を掛けると、甲高い声を上げてのけ反るケモミミ幼女。


 それに合わせて上体を起こし、ツッコミを入れる。


「うっさいわ!今何時だと思ってるんだ!?」


 すかさず脳天に軽く手刀をかましてやる。


 図らずも、昼間と全く同じ構図だ。


「お、おぬし…狸寝入りしよったな!?」


 ベッドの横でしゃがみ込み、丁度おでこの辺りに小さい手を当てて、涙目でこちらを恨めしそうに睨みつけるコン。


 そんな様子を尻目に「はぁ…」と、ため息をつき、眉間を親指と人差し指で摘まんで、答える。


「こちとら今丁度眠れそうな所だったわ!」


 と、悪態を吐くとコンは心底悔しそうに拳を握り、わなわなと震わせて歯を食いしばって言う。


「ぐぬぬ…そのまま寝ておれば良かったものを…」


 どんだけ俺に恨みがあったんだ…?


「はぁ…。んで、わざわざ忍び込んでこんな夜中に一体何の用だ?まさか、まじで悪戯だけが目的とか言わないよな…?」


 と、極めて大人な対応をしてやることにした。


 そう言うと、コンは「ちっ…」と、舌打ちをして…舌打ち!?


「その…おぬしに言っておかねばならぬことがあってな?」


 と、神様らしからぬ悪ガキの様な態度で続けた。


「その前に、謝罪の一つくらいないのかよ…?」


 と、再びW手刀の構えを見せると「ひっ!」と、心底怯えた様な表情を浮かべ涙目になるコン。


 おでこを守る両手を更に強く押し当てて、のけ反りながらウルウルと瞳を潤ませる。


「いやいや、本当に叩きはしないけどさ…」


 一発目はまあ、正当防衛ってことでセーフだきっと。


 涙目の幼女になんもしてないのに、二発目を打ち込む程俺は鬼畜じゃない。


 再び「はぁ…」と、重いため息を吐くとベッドの横に足を下ろし、コンと向き合う。


「ほら、そこ座って…大丈夫だ、もうしない」


 と、デスクチェアーを指さし勧める。


 俺は枕元に置いてあった室内灯のリモコンを操作すると、明かりをつける。


 白色蛍光灯の明かりが室内を照らし、暗闇に慣れていた目が眩む。


 二、三回強く目を開け閉めすると、徐徐にではあるが目が慣れてきた。


 すると、暗くてよく分からなかったが、いつの間に着替えたのか、黒の無地Tシャツの半袖に、ポリエステル製の艶々した緑色の短パン姿をしていた。


 しかも、サイズがあっておらずTしゃつはぶかぶかで、半袖のはずが七分丈くらいの長さになって、だらりと垂れ下がっている。


 ズボンの方もぶかぶかで、ウエストの所で束ねて無理矢理ヘアゴムで括りつけてあった。


 コンは相変わらずベッドの横に突っ立っていたが、先程指さした方向を向き椅子があるのを確認すると、素直にそれを引っ張り出してちょこんとお行儀よく座った。


 足をぷらぷらと椅子の上で揺らすコンは俺の言葉を待っている様子だ。


「で、どうしたんだ…?」


 腕を組んでそう言うと、コンは目を反らし、両手の人差し指を合わせて、口を鶏のくちばしの様に尖らせて言う。


 自慢の耳と尻尾も垂れ下がっており、動きもゆらゆらと頼りなく、何とも力が入っていない感じだった。


「おぬしに言わねばならぬことがあるのじゃ…」


 何とも釈然としない態度だが、ボソッと囁く様な声でコンは言う。


「その…さっきのにゅーす?というのを覚えておるか?」


「ニュース?」


「そうじゃ…さっき花火の前にハル達が見ておったやつじゃ…」


 コクリとコンは頷くとまっすぐこちらを見据えて、真剣な面持ちで続ける。


「実は…あれは仙狐水晶が原因なのじゃ…」


 と、コンは言った。


「…え?」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)




 執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る