第6話 スキ、キライ、ダメ絶対!(2)
美味しい料理にしばらく舌鼓を打っていると、花奈もスープを飲んで絶賛していた。
「このスープもめっちゃ美味しい!ナニコレ、激ヤバ!めっちゃシンプルなのに味がしっかり纏まってる!すごいっす、四季っちのママさんまじすごいっす!」
「ふふふ、野菜の出汁がしっかり出てるから味付けはシンプルでいいのよねー。ベーコンとかセロリから良い味がでるのよ~?」
俺も一口スープを頂いたが、安定の味だった。
使っている野菜は玉ねぎ、人参、セロリ、コーンの四種類。
どれも野菜の味が濃く、スープにして煮込むといい塩梅で出汁が取れていた。
口当たりはまろやかなコンソメ風味で、塩味が優しい甘みを強調しており、うま味が口いっぱいに広がるそんな味だった。
シャキシャキしたコーンの食感と、人参、玉ねぎの甘みがセロリの野菜臭さを上手く緩和し、食感だけを上手く残し纏め上げていた。
小さい頃に野菜が苦手だった俺に何とか食べてもらおうと工夫を凝らしたのがこのスープだった。
野菜の甘みが強く感じられ、野菜臭さが少ないので子供の敏感な舌でもうま味を強く感じられたっけ。
料理を夢中で食べ進めていたが、コンがはぐはぐと次々口に放り込む稲荷寿司も気になり手を伸ばす。
箸で摘み口の前へ持ってくると、甘いお出汁の良い匂いが鼻孔をくすぐる。
しっとりとしたお揚げはシンプルに醤油と砂糖とお出汁を染み込ませた味付けで、中の酢飯には、白ごまと細かく刻んだ柚子の皮が絶妙な割合で入っている。
一口齧るとより強く柚子の風味を感じられ、味覚が敏感になったところで甘いお出汁が口に広がり、程よくあたたかい酢飯が口の中に解ける。
噛めば噛むほど味わい深く、飲み込むのを忘れていつまでも噛み続けてしまいそうな程美味しかった稲荷寿司。
これはばあちゃんのお手製で、昔からよく作って貰っていた。
母さんもこの味を食べて育ってきたとのことで、これが八雲家の家庭の味なんだろうな。
勿論他の料理も絶品だった。
どれもこれも優しい家庭の味といった感じで、店屋物には無い温かさがそこにはあった。
コンは相変わらず稲荷ばかり食べていたが、樹が他の料理も口に運ぶ。
照り焼きチキンや餡かけ豆腐はすんなり口に入れていたが、どうやら野菜類は苦手の様だ。
「コンちゃん、ほらこれも食べて?野菜も美味しいのよ~?」
スプーンでスープを掬ってコンの口元に運ぶ樹。
しかし、コンは乗っている物を見ると明らかに視線をそらし、人差し指と人差し指を合わせると言い訳を始めた。
「そ、その…わしはほら、神様じゃから!そう、神じゃから野菜は…野菜は食べなくてもよいのじゃ!」
明らかにバツが悪そうに、視線を明後日の方向へ反らすコンを樹がなだめる。
「コンちゃん?野菜も食べなきゃ大きくなれないわよぉ?」
「い、いやじゃ…野菜はその…マズそうで…苦手なのじゃ!」
ぷっくりと頬を膨らませて反論するコン。
何だろうこれ、小さい頃母に叱られていた時を思い出す。
「ほらぁ~、コンちゃんこれも食べてみなよ~?甘くて美味しいよ~?」
花奈の加勢も空しく、コンは「嫌じゃ!」と、首を横に振るだけだった。
しかし樹も一歩も引かず、救い上げたスプーンを無言で差し出すだけだった。
両者とも譲らない展開が続き、ついにコンがキレた。
「やじゃ!野菜など食いたくない!」
髪の毛やら耳やら尻尾やらの全身の毛を逆立てると、歯を食いしばって眉間に皺を寄せるとイーっと威嚇する。
するとリビングの電気が明滅したかと思えば、突如パッと消えた。
「きゃっ!何?停電…?」
と、母が叫ぶと直後、室内で窓は閉めているはずなのにブワっと強い風が吹き抜けた。
直後ガチャン!と皿のひっくり返る音がして、流し台の水が勝手に流れ溢れ出し、ガスコンロから青い火柱が上がる。
「おい、どうなってるんだ?」
暗くなった室内で何とかポケットからスマホを取り出しライトをつける。
辺りを見渡すと、置いてあったスープの皿がひっくり返っており、座卓の上から床にぽたぽたとその雫が垂れていた。
更に蛍光灯が再び明滅し始め、ボンッ!と音を立てて破裂した。
幸いカバーがかかっているので、破片が降ってくることは無かったが、食事どころではなくなってしまった。
花奈もスマホのライトをつけて辺りを照らすと、樹が見た事も無いような形相でコンと対峙していた。
「どうしても、ダメ?」
なおも詰め寄る樹にコンは駄々っ子の様に「嫌じゃ、嫌じゃ!」と、首を横に振る。
なだめる為に第三者が口を挟める雰囲気ではなかった。
すると樹は真剣な面持ちで、立ち上がりコンの傍へと歩み寄る。
コンはその一挙手一投足を見逃さぬように睨みつけて威嚇し続けている。
逆立った髪の毛はまるで生きているかの様に動き、樹の進行方向へと伸びていく。
それはまるで樹の進行を遮り拒むかの様に立ちふさがる長い髪の毛を、樹は手の甲で払いのける。
一触即発の緊張感の中、樹はコンの目の前へと辿り着くとまっすぐと目を見据えた。
コンの方も負けじと樹の目を見つめ返し、興奮状態で歯をむき出しにして今にも飛び掛かる勢いで威嚇している。
「フーッ!フーッ!!」
「………」
無言で視線を交わす両者を皆が見守る。
そんな緊張感で、見ているこっちが疲弊しそうだ。
真剣そのものの樹は「ふぅー…」と、息を吐くと眉を八の字にして目じりを下げ、ニコリとほほ笑み瞳を見つめると、しゃがみ込みんでコンに目線を合わせ優しくぎゅっと抱きしめる。
「んなっ!?」
突然の行動にコンは一瞬ビクッ!っとはねたが、樹が頭を撫でてより腕に力を入れて抱きしめる。
「はな…せ!離さぬ…か!こら、たつき!離せ!」
と、駄々っ子の様に駄々をこねていたコンだが、樹の顔を見ると急に大人しくなった。
「たつ…き?」
どんな表情をしているといえば良いのだろうか?
無理強いをした申し訳なさと、悲しさと、力及ばぬ無力さと、とにかくそんな感情が入り混じった何とも言えない微妙な表情を浮かべて樹は笑っていた。
「たつき?」
今度はコンが目を丸くして、樹の方を見つめ返す。
怒りはどうやらもう収まった様子で、逆立った髪の毛やらも落ち着き、今も尚も笑顔を浮かべる樹を眺めていた。
「その…ごめんなさい。コンちゃん、無理言ってごめんね。ちょっとやりすぎちゃったわね。その…ちょっと飲み物買ってくるわね…」
そう言って樹は立ち上がると、一度コンの頭を軽くポンと撫でる。
それと同時に先程割れた蛍光灯以外の電気がつき室内に明かりが戻った。
出っぱなしの水道も青い火柱を上げていたコンロも大人しくなっていて、今は止まっていた。
「その、ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるわね」
と、一言詫びを入れ頭を下げるとさっさと出て行ってしまった。
ガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえ、同時に花奈が立ち上がり「たっちゃん!」と、言って追いかけて出て行った。
直後バタンと閉じる音が聞こえた。
全員が一瞬の出来事に呆気に取られていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)
執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます