第7話 不貞腐れ幼女と戦力外通告
「ワシは…悪くないのじゃ…」
と、コンは不貞腐れた表情をしており唇を尖らせて背を向けてしまった。
「あらあら…お掃除しなきゃね。大丈夫?火傷とかしてない?」
と、母さんは努めて明るく振舞って、流し台の方から濡れた布巾を取ってくる。
「大丈夫じゃ…」
と、か細い声で返事をするが、コンはそのまま壁を向いて体育座りですねてしまった。
ばあちゃんは何やら神妙な顔をして考え事をしているのか無言を貫いている。
樹の事も心配だがあっちには花奈が付いているのでその内戻ってくるから大丈夫だろう。
俺はひっくり返った皿を流し台へ持って行き、コンの傍へと歩み寄る。
コンはそれに気づくと一瞬ビクン!と、震えたが、顔を膝に埋めると尻尾を巻き込んで蓋をしてしまった。
そんなコンの背中を見つめ、なんて声を掛けてたらいいのか迷っていると、ばあちゃんが口を開く。
「…今はそっとしておきな。私と
ばあちゃんがそう言うと、母さんもコクコクと首を縦に振り、それに同意する。
「…二人がそう言うなら。すまないが、コンを任せた…」
「ああ、たっぷり一時間くらいは長湯してきな!」
と、ばあちゃんが言う。
母さんもニコリとほほ笑み「任せて?」と、タオルと着替えを準備してくれた。
二人がそういうなら、お言葉に甘えよう。
正直、何を言うか全く思いつかなかった。
情けなくはあるが、ここは子育て経験豊富な先輩方のお力を借りよう。
子育て経験どころか、人と接するのすら苦手な俺だ。
最低限仕事だと割り切れば付き合う事はできるかもしれない。
友達や家族などの数少ない親しい間柄なら問題なく話もできるのだが、今日あったばかりの、ましてや土地神相手にどう接していいのかなんて、答えが出るはずもなかった。
洗面所の奥の脱衣所へと向かうと、脱衣所の扉を閉めて鍵を掛ける。
「はぁ~…どうしろってんだよ…」
と、零しながら上着を脱いで洗濯機へと放り込む。
手を伸ばし浴室の電気を付けると、仄かに暖色系のライトが点灯し、浴室を明るく照らした。
一時間くらい長湯してこい、との事なので防水式のスマホだけは持ったままスライド式の二枚の磨りガラスが嵌め込まれた扉を抜けて、風呂場へ入る。
風呂場は大体四畳くらいのスペースで、正面に鏡とシャワースペースが付いている。
左手の方には湯舟があり、お湯がたっぷりと張っていて湯気がこんこんと沸き立っている。
真夏に熱い風呂とはいかがなものか?と、思ってしまうが、疲れた身体には丁度良いのかもしれない。
そう思い、スマホをシャワー台に置き、蛇口を捻って水を出す。
今日は外が暑かったので冷水シャワーで十分だろう。
シャワー台に備え付けてあるバスチェアーに腰掛け水を頭から被る。
程よい水温の水が火照った体を冷やしていく。
気持ちい…。
更に水を被って汗を洗い流す。
ざっと大雑把に洗い流すと、頭から流れてくる水が口に流れ込み、汗の塩分が染み込んでいてしょっぱかった。
髪の毛に水分が十分に行き渡ったのを確認したら水を止め、シャンプーのボトルに手を伸ばす。
水色のボトルを数回プッシュすると、手のひらにひんやりとした琥珀色の液体が出てきて、石鹸特有のミルク感のある甘ったるい匂いが広がる。
それを頭にぶっかけて、ワシャワシャと無骨に泡立てる。
泡立ちは良く、頭皮に馴染ませる様に指先に力を込めてマッサージするかのように全体量へと行き渡らせる。
決して爪は立てずにあくまでも、指の腹で押し込む様に丹念にも見込んで汚れを落としていく。
粗方洗い終えたらまた蛇口を捻り水を出す。
ザーっと音を立ててシャンプーが流れ落ちる感触を確かめながら、手で泡を落としていく。
流し終えると汗で軋んでいた髪の毛も、普段の艶を取り戻し、幾分かましになっていた。
シャンプーを終えると次は身体を洗う。
垢擦り用の網目の荒いタオルにボディーソープを出して、くしゅくしゅと揉み込む。
暫くすると、柑橘系の匂いがする泡が十分に立ち込めたタオルを体に当てて擦る。
首筋や耳の後ろや脇は念入りに擦る。
全身泡で包まれると、ぬるっとしたその感触に若干くすぐったさも感じたが、気にせず水を被り泡を洗い流す。
垢擦りを使って磨いた身体は、余分な油が流されて触れるとギュッギュッと抵抗を感じた。
身体の汚れを落とし、十分に綺麗になったので洗い残しや泡が残ってないか確認して、スマホを取り、湯船に足を入れた。
温度は大体四十度くらい。
少し温めの温度になっていて、疲れた身体に程良い熱が伝わり、疲れを癒していく。
首までどっぷり湯に浸かり、天井を見上げると湯気でていたのか水滴になっていた。
ぴちょん、ぴちょん…と、音を立てて天井から湯船に水滴となって不規則に滴り落ちてくる。
「ふぅ…」
一息吐くと目を閉じる。
白い湯煙が充満して、浴室内はサウナの様な湿気と熱気が溢れかえっていた。
しかし、不思議とそれも心地よく、目を閉じると身体全身の力が抜け、お湯に身を任せて漂っている様な感覚を味わいながらリラックスできた。
今日は本当に色々あった。
くそ長い階段を上って神社の掃除。
昼飯にしようと思ったら、変なもふもふにチョップ。
そのもふもふは土地神見習いのケモミミ幼女で…。
その母親でデカイ狐の久那妓さんにコンも一緒に仙狐水晶を取り返して欲しいって頼まれて。
そのついでにコンを預かることになって。
和やかに飯食ってたと思ったら、変な雰囲気になって、樹とコンが喧嘩して。
しかも現在進行形で樹は外に行ってしまったし、コンは体育座りで丸まって、不貞腐れてしまっている。
本来なら仙狐水晶の件をばあちゃんに相談して、残りの容疑者候補の人にコンタクトを取れないか検討してもらうつもりだったのだが…。
まあ、風呂からあがったら一応聞いてみるか…。
それが目的な訳だし。
温めのお湯に浸かり思考を纏めると、どっと今日一日の疲れが襲ってきた。
「ふぅ…やれやれだ」
ぼやきながら、両手で掬ったお湯を顔にかける。
ぱしゃぱしゃと何度もお湯で顔を洗うと、じんわりとした温かさが眉間の辺りから広がり、顔の強張りを解していく。
目の疲れや肩の凝りがほぐれた様な気がして、眉間に指を当ててグッグッと、指圧する。
次いで右手で左の肩甲骨よりちょい上にある筋張った僧帽筋を親指の腹と人差し指で摘み、左肩をグルグルと回すと程よく指圧されて血流が良くなった…気がした。
逆側も同じように指圧してグルグルすると、自然と視線がスマホの方に移行したので、手を伸ばしてスマホを取る。
長湯してこい!と指令を受けている以上、最低一時間くらいは居ないといけないので、風呂場の中から電話を掛けさせてもらう。
時計を見るとまだ二十分くらいしか経っていなかった。
樹達はもう戻っているのだろうか?車のエンジン音がしなかったから、間違いなく戻ってくるとは思うのだが…さて、どうだろうか。
濡れた手をブンブンと振って水気を払う。
ある程度水気が飛んだのを確認して、スマホを操作する。
連絡先にある樹の欄は昼間やり取りしていたおかげですぐに見つかった。
樹に連絡しようと指を動かすが、寸前で…やめた。
本人に直接連絡するのも良いと思うが、なんと声を掛ければいいのやらだ。
こっちもこっちで慰めの言葉を掛けるのも違う気がするし、単純に戻ってこいと伝えるのもあちらの心の準備もあるだろうし…難しい。
ふむ、ならこっちか…?
と、樹の方では無く花奈の方の連絡先を検索する。
こちらも数日前に「掃除の手伝いをしてくれないか?」と、頼んだばかりだったのですぐに見つかった。
連絡先をタップし、今度こそ通話ボタンを押した。
一応心配している旨を伝えるとしよう。
大体俺から言えるのはそんなものだろう。
そんなことを考えながら、相手を待つ。
数コール後、花奈が電話に出ると開口一番に言い放つ。
「遅っおおおおおい!ってか、なんですぐ電話してこないわけ~まじありえないんですけどぉ~?」
いや、ちょっと待て俺が悪いのか?
「すまんな、こっちも取り込み中だったんだ」
納得はいかんがここで拗れても面倒なだけなので、素直に謝罪しておこう。
「取り込み中って…コンちゃんはどうしたの?」
花奈もやはり気になる様子だ。
「ああ、母さんとばあちゃんが任せて欲しいから、今はそっとしておいてくれってさ」
状況を説明すると花奈は「はぁ~…?丸投げじゃん…でも、四季っちよりはあの二人のが頼りになるか~…」と、腹が立つが納得していた。
実際俺がいても、あたふたとテンパって何もできなかったのだからぐぅの音も出ない。
「そっちは、どう?」
俺は当初の目的の通りあちらの様子を確認する。
「ってか、なんか音響く…四季っちもしかして今トイレ?」
何て不躾な事を聞いてくるんだこいつは…。
ガックリと肩を落としたせいで、危うくスマホを水没させてしまうところだった。
「いや、今風呂だ。母さんとばあちゃんの命令。一時間くらい出てくるなってさ」
「あ、それで声が反響して聞こえんのね~納得~」
と、向こうも納得したみたいなので本題に戻ろう。
「で、そっちの様子はどうなんだ?」
もう一度そう問いかけると、花奈は一拍置いてから答える。
「う~ん…まあ今回の事はちょっと樹っちゃんもやりすぎたって反省してる。つかめっちゃ落ち込んでるから、戻るに戻り辛いね~…」
「まあ、それはそうだよなぁ…というか、樹は何でそんなに世話焼きたがったんだ?飯の時よりも前もそうだけど…コンが可愛いからってだけじゃ説明がつかんくらいには入れ込んでただろ?」
俺がそう言うと花奈は言い淀む。
「まぁ…色々あったんじゃないかなぁ~…?」
妙にはぐらかされている気がするが、樹にも事情があったのだろう。
出来れば詳しく聞いてみたいが、そこまで踏み込んでみてもいいものか?と躊躇してしまう。
暫く沈黙が続くと、電話口で小さく「貸して」と、聞こえた。
「良いの?樹っちゃん…」
「ええ」
と、短く会話が聞こえてくると電話の主が変わった。
「ごめんなさいね、四季ちゃん。せっかくお招きしてくれたのに台無しにしちゃって。まずはそれの謝罪をさせて頂戴ね」
「ああ、それはもう大丈夫だ」
そう言うと樹は続ける。
「コンちゃんは?」
やはり気になるのはそこか。
先程花奈にした説明をもう一度する。
「そうなのね。まだ拗ねてるのね…どうしたものかしら…はぁ…」
電話口からはため息が聞こえる。
「その…どうしてそんなに面倒見がいいんだ?確かにもともと面倒見は良かったと思うが…今日あったばかりの神様相手にあそこまで真剣になる理由ってなんだ?」
俺は先ほど花奈にした質問をもう一度本人にぶつけてみた。
「そうね…そっから話さなきゃいけないわね」
と、樹は一度考え込むと「ふぅ…」と、息を吐いてから続ける。
「私ね、妹が居たの」
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