第4話 幼女と御供と奇妙な宿題(2)

「あの!皆様!すみません、ちょっとお待ちください!」


 凛とした鈴の様な透き通る声は少し慌てた様子でこちらを呼び止める。


 振り返ると、久那妓さんが鳥居に手を当て佇んでいる。


 背中にはコンを負ぶっており、息を切らせて肩を上下させていた。


「あの、まだ何かありましたか?」


 と、俺が質問すると久那妓さんは一瞬神妙な表情をするも、決意した様に続けた。


「すみません、皆様もう一つお願いが御座います!」


 声を張り上げそう告げる久那妓さんはどこか真剣で、決意を込めたような表情をしていた。


「どうしたのぉ~?そんなに真剣な表情かおしちゃって…?」


「ん~…私なんかしたっけ~?ゴミ置きっぱだっけ?だる~…」


 二人も久那妓さんの方へと振り返り視線を向ける。


「重ね重ね申し訳ございません!ですが、これはある意味チャンスだと思いました!」


 久那妓さんは言葉を区切って続ける。


「この子はもっと広い世界を見て回るべきです。土地神として、民の暮らしぶりを知って、現代の知識を身に着けてほしいのです…」


 皆が久那妓さんの方へと意識を集中して次の言葉を待つ。


「皆様、どうか、この子に調査のお手伝いをさせてあげてはくれませんか!?」


 久那妓さんはそう言うと、身を反らして負ぶっていたコンをこちらに向ける。


 くるりと反転すると同時に、フサフサの長い尻尾と美しい白色と金色の髪がひらり揺れて、風になびく。


「調査に同行させてもらい、現世の姿を自分の目で見つめて、これから自分が守って行く存在というものを意識して貰えたら…嬉しく思います。私はこの子が人間の世界を知れば、きっと人を好きになってくれると思っています…」


 その姿が夕日に映えており神々しく、そこだけ急に幻想的な雰囲気を醸し出している。


「先ほど樹さんに言われて決心がつきました。この子が立派な土地神になるには経験が足りてない…と。今回の仙狐水晶の探索、この子の土地神としての資質を見極める良い試練になると思うのです!本来なら土地神としてもっと威厳と落ち着きを持ってもらわなければならないのですが…」


 なおも続ける久那妓さんはまっすぐとこちらを見据えて言う。


「どうも、末娘だけあって…甘やかしてしまうのですよ」


 目を細め、ニコリとほほ笑む久那妓さんは、優しい母性と厳しい父性が合わさったかのような何とも言えない葛藤を浮かべた様な表情をしていた。


「本来なら私にもう少し余裕があれば、外に連れて回ることが出来たのですが、仙狐水晶が無くなってしまった今、その歪みを調整する為にこの社から離れることが出来ませんので…」


「その…コンは一応神様なんだよな?その、色々と大丈夫なのか…?」


「大丈夫だと思います。皆様の心配は最もですが、私はそれよりも、貴方達だからこそこの子を託したいと思ったのですよ。今日この子が本当に懐いてしまっていますからね…私が外に連れていくよりも、きっとこの子に良い刺激を与えてくれると確信しております」


 ここまで信頼されてしまっては、コンを預かるのは吝かではない。


 だが、問題なのは一般的に見てもコンの容姿は整っているどころかずば抜けている事。


 そんな子供を引き連れていては、調査どころではなくなってしまうと思うのだが…。


「容姿に関しては問題ありませんよ」


 久那妓さんはそう言うと、ニコリとほほ笑む。


 まるで心を読まれたかのように、俺の疑問にすんなりと答えてくれた。


「そこは認識阻害の力が働くと思います。この子にも似たような力がありますし、可愛い子供くらいにしか認識できないと思います。私達は狐ですので、化かすのは得意なのです」


「便利なもんだな」


「そうなのです。太古の昔より人間に混じってその暮らしを近くで観察してきたので。今の姿も実はその為に身に着けたものなのですよ?」


 そう言うと、一瞬ぶわっと風が吹いたかと思えば、巫女服を着ていたはずの久那妓さんが全く違う姿に変身していた。


 そこには、黒っぽい藍染の地に鮮やかな朱色の牡丹の花柄、金色の糸で刺繍された蝶が舞うデザインの着物を着た美人さんが立っていた。


 先程まで神々しい白色だった髪も、艶々の黒髪になっていて、頭上にあったはずの耳と、長く目を引くフサフサの尻尾が消えていて、一瞬誰だか分らなかった。


 確かに、その容姿であれば美人で目立つことはあるが、普通の人間にしか見えない。


「うわ、久那妓っち元も美人さんだったけどそっちの方も超美人さんじゃん!女優さんみたい!」


 花奈が感嘆の声を上げると、樹が尋ねる。


「でも、本当にいいのかしらぁ?親御さんが信頼してくれるのは嬉しいけどぉ…」


 一度コンと久那妓さんを見比べて続ける。


「コンちゃんはまだ子供でしょう?親元を離れるのは不安じゃないかしら?それに、本人の意思を尊重してあげたいわぁ…まあ、私としてはぜひとも連れて行ってあげたいのだけど!」


 しかし、久那妓さんは「ふふっ」と、笑うとコンを軽く揺すって起こして、地面に立たせると、まだ眠たそうなコンの頭をぽんぽんと軽く撫でて言った。


「ほら、コン起きなさい。いいですか?今からあなたに土地神として初めての仕事をしてもらいます。この方々と一緒に無くなった仙狐水晶を探して取り戻してきなさい。あなたなら出来ます。立派な土地神になる為に頑張るのですよ?」


「ふぇ~っ…母様…?」


 久那妓さんはコンの頬に両手を添えると瞳を覗き込み、しばし沈黙。


 じーっと見つめ合う美人親子を眺めていると、それだけで映えてしまい目の保養になるのだが。


 時間的には数秒に満たない時間だったが、コンも久那妓さんの真剣な表情を見て何かを察したのか、一度コクンと頷くと「分かったのじゃ!」と、元気よく返事をしていた。


「ふふ…いい子ね。あなたなら出来るわ。コン、頑張りなさい!」


 久那妓さんはそう言うと、コンの背中を軽く押し出した。


 コンは一歩前に出てくると、とてとてと何とも可愛らしくこちらに歩み寄ってくると、俺達の目の前で止まる。


 そしてこちらにペコリと一礼すると、顔を上げて言った。


「土地神見習いのコンじゃ。改めて、よろしく頼むのじゃ!」


 元気に挨拶をしたかと思えば、くしくしと眼を擦り「くあぁ~…っ!」と、あくびをするコン。


「起きて早々で悪いが、良いのか?」


 そう尋ねると、コンは目を丸くして首をかしげる。


「ふみゅ…母様がそういうのなら…仕方あるまいのじゃ…ふぁ~っっ…」


 そう言うと、両腕を天高く掲げて「ん~~~~~っ!」と思い切り背伸びをすると、樹の方へと歩いていき、シャツの裾を掴み「一緒にいくのじゃ…」と、離れなくなってしまった。


「あらまぁ~…この子めっちゃ可愛いわ!もう、ほんとダメ!可愛すぎるわっ!」


 コンの魅力に骨抜きにされてしまったオカマ。


 くねくねと身をよじらせるその様は何とも不気味な物ではあるが、コンがなついてるのならいいのか。


 …いいのか?


 しかしまあ…神様とは言え、一般人的には幼女にしか見えないわけで、むやみやたらに連れまわしても良い物だろうか?


 まあ、神様が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫なのだろうけど、俺とはあまり似てないせいで警察の世話になったなんでいう風になるのだけは勘弁してほしいところだ。


 まあ、ここまで言われてはもう覚悟を決めるしかないのか。


「分かった。じゃあしばらくコンを預かるぞ?」


 俺がそう言うとコンの頭をわしわしと無遠慮に撫でまわす。


「ぬ、ぬぁああ…!な、なにするのじゃ!おぬし!わし、神じゃぞ!呪うぞ!祟るぞ!」


 コンは尻尾を逆立て、耳をピンと立てて八重歯を覗かせると、精一杯こちらを威嚇している。


 ふわふわの髪の毛の感触が心地よいが、これ以上続けると本気で祟られそうなのでやめておく。


「ふふ…。ふつつかな娘ですがどうか皆様よろしくお願いいたします」


 久那妓さんは再度頭を深く下げ一礼すると「コン、いってらっしゃい!」と優しく手を振って送り出してくれた。


 コンは久那妓さんに手を振ると「行ってくるのじゃ~!」と、ニコリとほほ笑むと元気に手を振って答えた。


 ただ、その際にボソッと漏らした言葉に一同が驚愕した。


「土地神としてはまだ未熟で幼いですが…人間の尺度で言えば八十年は生きていますので、せめて年相応に落ち着いてくれたら良いのだけど…」


「え?」


「まじで?」


「嘘ぉ…?」


 三人とも驚愕していた。この見た目で俺らより年上だし何ならばあちゃんの方が年が近い。


 嘘だろ…、見た目詐欺にも程がある…というか、コンでこの年齢なら久那妓さんは一体幾つなんだ?


「ふふふ…それは、聞かない方が身のためですよ?」


 一瞬殺気の籠った視線を向けられると、身体がぶるりと震え上がり悪寒が走った。


 どうやら、地雷だったようだ。


 当のコンは「ん?」とこちらを覗き込んで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


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