第4話 幼女と御供と奇妙な宿題(1)

 ばあちゃんに頼まれていた仕事も何とか終了し、一息ついていると日は傾き、地平線の向こうへその三分の一程が沈んでおり、降り注ぐ西日が眩しく、朱色に染まる陽の光は一日の役目を終え、遅番の月の出番へと着実に近付いている様相を呈していた。


 暑さも昼に比べると幾分かましになり、頬を撫でる風がじっとり絡みつく嫌な感じではなく、ひんやりと爽やかに通り過ぎて行った。


 時刻は現在四時半過ぎ。


 まだ明るいが、山の中は街灯などの人工物による明かりが殆どない。


 なので暗くなるのも一瞬だ。


 油断していると取り残されてしまい、野宿する可能性すらあるので、早めに下山した方が賢明だろう。


「うし、とりあえずお疲れ様…何とか暗くなる前に終われて助かったよ、みんなありがとう!」


 ゴミ袋に細かい草を詰めて縛り、使った道具等を水で洗い終えると手を止める。


 労いの言葉を掛けると、急ピッチの作業ながらも大活躍したたつきが、汗をぬぐい、コップに入ったジュースを傾け、途中で飽きて寝てしまい、境内の階段の方へ腰かけた久那妓くなぎさんに尻尾枕されて安心しきった表情で「くー…くー…」と、可愛らしい寝息を立てて親指をしゃぶり、安らぐコンの横に佇んでいた。


「ふぅ~…これでとりあえずは一段落ね。あ、花奈はなちゃんジュースありがと!」


 花奈も先ほど最後の草束を縛り上げ、神社の隅へと積み上げ同じく仕事を終えた花奈がせっせと紙コップにジュースを入れて、近場の人から順番に手渡していた。


「おっけー、てか、めっちゃ疲れた~…だる~…」


 口では何だかんだ言っているが、細かい所で一番動いてくれたのは彼女だ。


 気配り上手な花奈の仕事ぶりは、草を纏めるために使うロープを使いやすいサイズにカットしたり、効率的に作業を行えるように機械の妨げになりそうな小石を退けたり、区画を分けて順番に作業する場所を指示したりと数えるとキリがない位だ。


 その上自分の作業を終えるとすぐにジュースを配って回っている。


 一体どれだけ気配り上手なのだろうか。


 そんな二人に感謝しつつ、急ぎ足で撤収準備を開始する。


 持ってきた荷物をリュックに詰めなおし、忘れ物が無いか点検する。


 鉈よし、タオルよし、ゴミ…よし。


 登りと違って飲み食いした分荷物自体は軽くなっており、パンパンに詰まっていたリュックのスペースも三分の一程の余裕ができる程だった。


 荷物も詰めなおし、作業も終わり完全に撤収準備が完了すると、久那妓さんが労いの言葉をかけてくれた。


「皆様…本当にありがとうございました。今年も快適に過ごせるでしょう…ほら、コンあなたも皆さんにお礼を言うのよ」


 久那妓さんは尻尾を器用に操り、寝ているコンの顔の前に持って行くとフサフサの先っぽでコンの顔をくすぐる。


 二度、三度と往復するとコンは「うぅ…ぅ…ふぇ、へくちっ!」と、盛大なくしゃみをかまし、まだ眠たそうな眼を擦り、再び久那妓さんの尻尾に顔を埋めようとする。


 しかし、尻尾でそれをガードされてしまい、強制的に座らされると、目をつむりぶるっと身震いして「ふぁぁ…」と、気の抜けたあくびをした後に「ありがとなのじゃ~…ぐぅ…」


 と、再び眠りについてしまった。


「全く…仕方のない子ね…」


 クスッ、と目を細めて尻尾に抱き着くコンを横目に久那妓さんは「よしよし…」と、コンの頭を撫でていた。


 コンも「えへへ~…」とはにかみながら、尻尾に顔を埋めていた。


「神様って言っても沢山食べたかと思えば、元気に遊んで…電池が切れたみたいに眠っちゃって…ふふ、なんだか普通の子供みたいね」


 樹がそういうと、久那妓さんは眉を八の字にして少し困った表情を浮かべる。


「私としては土地神として、もう少ししっかりして欲しいのですが…。親としてはいつまでも…かわいい我が子であるが故に悩みどころです…」


 すっかり打ち解けてしまった樹と久那妓さんは世間話に花を咲かせながら、コンの頬を人差し指でツンツンと軽くつついている。


「でもぉ…かわいがるだけが愛情じゃないわよぉ?叱る時は叱らなきゃ、何もできない子になっちゃわ。大事なのはバランスよねぇ…って、私たったら、神様相手に何言ってんのかしらね~」


 そう言って口元のに手を当てて「おほほほほ~」と笑う樹に久那妓さんは「そうですよねぇ~…」と腕を組み、首をコクコクと上下させて同意する。


 そこへ自分の分のジュースを持った花奈が来て、ごっきゅごっきゅと豪快に喉を鳴らしながら一気飲みしたかと思えば、コンの目の前でしゃがみ込むと、二人に混じってコンの頬をつまむ。


「あはは…おもしろ~やっぱ子供の肌って柔らかいね~…ってか、これ餅みたいでぷにぷにしてて可愛い~…持って帰りたいくらいだわ~…もらっていい?家来ちゃう?」


 若干寝苦しそうにしながらも当の本人のコンは「あう~…むにゃむにゃ…すぴ~…」と、寝息を立てている。


 日も沈みかけているというのに、呑気な奴らだ。


 俺は気合を入れて軽くなったリュックを背負いなおすと、皆に声をかける。


「おい、お前ら神様でなにやら愉快なことをしている場合じゃないぞ?本格的に暗くなる前に下山しないと、下手すりゃ野宿だぞ、野宿!」


 そう言うと、花奈が立ち上がり軽く膝をはたいて埃を落とす。


 樹も「そうね、そろそろお暇する時間ね」と、コンの方から視線を外すと、名残惜しそうにしながらも荷物を拾い上げ帰り支度を済ませた。


「それじゃ、久那妓っち、寝ちゃってるけどコンちゃんもばいば~い…また遊びにくるよ~?」


 そう言って花奈もこちらの方へと歩き出す。


 忘れ物がないか最後の点検をもう一度行い、最後に久那妓さんに挨拶してから帰る事にする。


「それじゃ、久那妓さんばあちゃんに報告して調査が終わったらまた来るよ。見つかるかどうかは分からないけど、何とか探してみる」


 そう言うと、久那妓さんはコクンと頷き「どうか、よろしくお願いします。お気をつけて…」と、短く告げると右手を上げて、小さく手を振ってくれた。


 俺達はそれぞれ「じゃ!」「またね~」「また来るわね~」と、短く言い放ち歩き出す。


 過酷な山道だが、帰りは下りの分幾分かましになるだろう。


 暑さも和らいでいるし、荷物も軽い。


 急いで下れば暗くなるころには麓にたどり着くだろう。


 久那妓さんに別れを告げて、参道を歩き始める三人。


 石畳を超えて鳥居を潜る。


 ここからはまた未整備の道だが、登ってくるときに軽く鉈で雑草を排除していたので、一人分通れるくらいの道が続いている。


 丁度そこへ差し掛かる頃、三人とも無言でこれから山下りする体制に入っていると社の方から声が聞こえてきた。


「あの!皆様!すみません、ちょっとお待ちください!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)




 執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る