第5話 再会と放置プレイ(1)

 さて、久那妓さんと別れてから暫くは無言で皆山を下っていた。


 登りよりも幾分かましではあるが、やはり道のりは険しく、途中休憩を挟みながらなんとか下山する頃には、皆汗だくになっていた。


 だが、どういう訳かコンだけは涼しい顔をしていた。


 曰く「神じゃなからな!えっへん!」と、無い胸を張ってどや顔をかましていたがのだが、そういうもんなのか…と、妙に納得して、子供の体力というのは凄まじいなと、しみじみ思っていた。


 しかし、それが癇に障ったのかコンはまたふくれっ面で頬っぺを赤くしてこちらを睨んでいたが、間に入った花奈と樹が上手くなだめてくれたので丸く収まった。


「うぅ~…また子供扱いしておるな~おぬしぃ~!!」


 八十年生きていようがこういう所が子供っぽいのである。


「ほら、コンちゃんこれあげるわ!グミ食べる?宝石みたいな綺麗なやつよぉ!」


 花奈も負けずにカバンから駄菓子を取り出してコンの口に放り込む。


「ほら~ぁ、コンちゃんこれ最後までチョコレートたっぷりでサクサクしてて美味しいよ~?はい、あーん!」


 と、次から次へと差し出すものだから口いっぱいに駄菓子を詰め込まれ、目を丸くして、ハムスターみたいに頬を駄菓子で膨らませていたコンだが、駄菓子を偉く気に入った様子で次々と頬張っていた。


「人間というのは凄いのじゃ!ぐみ…というのか?甘くて、ぐにぐにしてて、餅のようだが違くて…きらきらじゃ~!こっちのちょこれーと…?とかいうお菓子も甘くてちょっと苦くて、サクサクで…うまいのじゃ!」


 むしゃむしゃ、ぽりぽりと美味しそうな音を立てて次々に駄菓子を口に詰め込んでいくコン。


 と、そんな調子で目を輝かせてはしゃぐ様子を横目に俺は車に荷物を詰め込んでからばあちゃんに仕事が終わった事を報告する為、スマホを取り出し電話をかける。


 空を見上げると陽はすっかり隠れてしまい、時刻は現在午後六時半。


 辺りは暗くなってしまい、昼間と違い蝉達が寝静まり別の羽虫たちが合唱を始めており、昼とは違う喧しさがあった。


 車の中も少し窓を開けていたおかげで幾らかましだったが、熱気が充満しておりくそ暑い。


 エンジンをかけてエアコンの摘みを最大にして少し待っていると、ばあちゃんの携帯につながった。


「おや、四季頼んでた仕事は終わったのかい?」


「ああ、今終わったよ。本殿の掃除と草刈り。刈った草は束ねて一か所に置いておいたけど、それで良かったんだよね?」


「そうかい、助かったよ。草は後で管理人が纏めて燃やしてくれるから置いてて大丈夫だよ。何か問題は無かったかい?」


 ばあちゃんの声の感じからして、すっかりいつもの調子を取り戻しているみたいだ。


「ああ、その事なんだけど実は…」


 と、切り出し今日の事を報告することにした。


「ばあちゃんも人が悪いなぁ…神様の事、知ってたの?」


 今日の本題だ。


 掃除するだけかと思いきや、まさか奇妙な宿題まで押し付けられるとは思わなかった。


「そりゃ神社だから神様はいるさね。そう信じてお祈りしてるわけだからねえ…」


「ああ、あんな大きな狐がいるなんて思わなかったよ。だから稲荷寿司をお供えしてたんだね?」


「大きな狐?ああ、ご神体の事かい。そうそう、あの神社には大きなお狐様が祀られているのさ。ありがたい事さね」


 いまいち話がかみ合っていない気もするが、気にせず続ける。


「その神様なんだけどちょっと頼み事をされてさ。ばあちゃん、ご神体の仙狐水晶って知ってる?」


「…四季、何か悪戯でもしたのかい!何でその名前を知っているんだい…?」


 そう尋ねると、ばあちゃんの声音がワントーン低くなりこちらを訝しんでいる様だ。


 だが、俺はありのままを伝える事にした。


「いや、今日掃除してたら本殿の中のミニ社の扉が壊されてて、んで、その後神様から直接”仙狐水晶を取り返してくれ!”ってお願いされちまってさ…」


 そう言うと、電話越しに烈火の如く降り注ぐ雷鳴の様な怒りを孕んだ声が耳をつんざく。


「今なんて言った!四季、どういうことだい!説明をし!もし、本殿を壊したってんならただじゃおかないよ!」


「いや、掃除してたら久那妓さんっていう神様がでてきて直接頼まれたんだって!」


 キーンと耳鳴りがするのを耐え、何とか返事をするとばあちゃんはしばし沈黙の後、なにやら深刻そうな声で訪ねてきた。


「…っ!四季、今の話は本当かい!?その名前は…誰から聞いたんだい!?」


 なので努めて冷静に淡々と報告する。


「ああ、本人から直接聞いたよ。だから仙狐水晶を取り戻す為に協力しているところだよ…それでばあちゃんにもちょっと聞きたいことがあって…」


 その名前を聞くと、電話口の声はどことなく震えている様子で…。


「…じゃ、じゃあ…四季、あんた…娘は!?その娘さんにも会ったのかい…?」


 というので、電話口を今も喧しく騒いでいる三人の方へ向ける。


「たちゅきーこれはなんじゃー…?なんか変な感じじゃぞ~!しゅわしゅわしてて、ぱちぱちじゃが…いいにおいがするぞ!」


 耳をぴこぴこ、尻尾をフリフリと樹と花奈から餌付けされているコンは、いつの間にか自販機で買ったであろう炭酸飲料を目の前にして、またも興味津々といった様子だ。


 そんな様子に保護者二人は、完全に娘を甘やかす親モードでそれを勧める。


「ええ、これはコーラって言って甘くてしゅわしゅわでちょっと酸っぱいけど、とっても美味しいのよ。ほら、飲んでごらんなさい」


「そうだよ~こんちゃん、イッキにいっちゃいな~?」


 と、促されるがまま素直なコンは花奈のにやつく表情を気にせずに「うむ、わかったのじゃ!」と、ペットボトルに口をつけると、中身を一気に煽っていく。


「ん、ん…ん…わぷっ!!けほ、けほ…こ、これは…しゅわしゅわで…あわあわで…けぷ!な、なんじゃ!げっぷが止まらぬ!けぷ!」


 すると炭酸で咽たコンは、三分の一程を飲み干したところで盛大に吹き出してしまった。


 その際、顔いっぱいにコーラを浴びて目を白黒させて樹に泣きついていた。


「うぅ…たちゅきぃ…けぷっ!」


「あはははは…!コンちゃん…可愛すぎる…!」


 その様子を見て爆笑する花奈。


 コンからコーラを受け取りよしよしと、頭を撫でてそれを宥める樹。


「ふふっ、コンちゃん…これはこうやって少しずつゆっくり飲むのよ。そしたらきっと甘くてすっきりするはずよ?」


 自分の分のボトルを少し傾けてゆっくりと飲み干していく樹。


 しかし、コンは花奈の方へと向き直り口の周りのコーラを袖で拭うと言い放つ。


「しかし、花奈はイッキにと言っておったぞ!」


 それを見て花奈は砕けた様子で、両手をパンッ!と合わせて素直に謝罪した。


「ごめんね~…あまりにも可愛くて~…ちょっとだけ、いじわるしちゃった?」


「むぅ~…花奈、おぬしまで子供扱いするか~!」


 瞳に涙を溜めながらほっぺを膨らませて樹にしがみつくコンを二人であやしている様は、本当に仲のいい家族みたいだった。


 と、そんなやり取りを電話越しに聞いていたばあちゃんはというと…。


「—―ッ!」


「てなわけで、その娘さんのコンも何故か預かる事になったんだけど…」


「今すぐ!連れてきな!!」


「え?」


「今すぐ家に連れてきな!いいかい、寄り道せずすぐにこっちに来な!」


 ばあちゃんは間髪入れずに続ける。


「いいかい、とにかくすぐ家に来な!」


 と、ただならぬ様子だった。


「えと、とりあえずそっちに戻るのは分かった。俺も話したいことがあるからそうだな…まだ皆ごはん食べてないから何か作って置いててくれると助かるよ」


 そう伝えると、ばあちゃんは短く「分かった」とだけ言って電話を切ってしまった。


「ふむ…まあ、直接会って言えば良いか…」


 と、一人納得して帰り支度を整えたのだった。


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