第1話 このモフモフに、制裁を!(2)
「なんか…騙された…?俺…」
あまりの無法地帯ぶりに、そう独り言を呟くも請け負ってしまったものは仕方がない。
本殿の傍の階段に腰掛け少し休憩する事にする。
周囲を見渡してみると、何となく心地が良い。
俗世とは完全に隔絶されてしまっている時が止まってしまったかのような場所。
都会の喧騒の様な騒音などは一切なく、聞こえてくるのは風のざわめきと、羽虫の大合唱と鳥の囀り。
時折鼻孔をくすぐるのは、湿った土と草木の香り。
ひんやりとした風が汗まみれの体に触れると、そこから少しずつ熱を奪い去っていき、心地よい。
真夏の太陽もここには直接入り込みはしない。
所々降り注ぐ木漏れ日はきらきらとこの場の空気感もあって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
揺れる木陰を眺めていると、いつしか額の汗も引いてきた。心地よい時間を過ごせたと思う。時間にして五分くらいただぼーっと階段に体を預ける。
なんというか、幼い頃の母親の腕枕を思い出して赤面してしまったが、そういった安らぎと、心地よさを確かに感じた。
「ん~~~~~~~!!」
このままだと眠ってしまいそうだが、背筋を伸ばし立ち上がり深呼吸をすると、先ほどここに来るまでに強張っていた全身の筋肉も多少は休まった様だ。
が、しかし。
名残惜しいが、そのまま眠ってしまうと仕事にならないので、とりあえず言われた通り境内の掃除と周辺の草刈りを終わらしてしまおう。
「よし、やるか!」
と、気合を入れて社務所の方へと歩いていく。
ザックザックと歩く度に草を踏み締める感触がある。とりあえず行く道にある草を鉈で刈りつつ、社務所へと歩を進める。
社務所の扉は木製のフレームに磨りガラスを嵌め込んだ年季の入ったものではあったが、取っ手に手をかけ、スッと横にスライドすると案外すんなりと開いた。
社務所の中は一年ぶりの人の来訪に、驚いたかのように溜まっていた埃がぶわっと天井まで舞い上がる。薄暗い室内にある土間の向こう側は板間になっており、こちらは本殿よりも比較的新しい様で板が反り返ったりはしていなかった。
口元に手を当てて埃を吸い込まないようにしながら、靴を脱ぎ、何とか中へ入って奥の方へ進んでいく。
途中電気が着かないかと壁際を探ってみたが、スイッチらしき物は見当たらず、仕方なくスマホを取り出しライトを着けて光を照らすと、その道筋には埃の筋が浮かび上がっていてカビ臭かった。
社務所とは言っても実際は倉庫みたいなものらしく、ざっと見渡すと八畳程の板間で壁際にはしめ縄を束ねて置いていたり、巨大な木箱や恐らく竹で作られたであろう
転ばないように何とか壁伝いに手探りで室内を散策していると、木製と引き戸があり、手をかけておもいっきり扉を開ける。
こちらは入口の扉よりも抵抗感があり、開けるのに多少苦労はしたが二度、三度と分けてスライドさせると、そこに古びているがまだ使えそうな竹箒やバケツや草刈り用の鎌と機械や予備のガソリンタンク、大き目のポリ袋、ビニール紐等の清掃用具一式が入っていた。
まあ使えそうなものだけ借りよう。
流石に機械の方は刃が錆びついているし、ガソリンなんかは使えるかどうか微妙な所だ。
これが原因で火災など起こしてしまっては目も当てられないし、何より見ず知らずの道具を使うのは流石に怖かった。
目当てのものも見つけたので、バケツと竹箒、ポリ袋とビニール紐を一つに纏めてそれを片手で引っ掴み、スマホを持ちながら口元に手を当てて何とか社務所を後にする。
外に出ると埃や黴臭さが一気に吹き飛び、澄んだ空気が体に染み渡る。
スマホをポケットに突っ込んで、手水舎の方へ歩いていく。
一旦掃除用具を地面に置いて、ポンプの中を確認する。
ハンドルを軽く持ち上げてみると、多少錆びてはいるものの、キコキコと上下し問題なく稼働する様子だ。
リュックサックを下ろし、中から水の入ったペットボトルを取り出しキャップを開ける。
トクトク…と中の水をポンプの中へと流し入れると丁度半分ほどでポンプが一杯になった。
呼び水といってこれをすると、ポンプの中の隙間を埋めて地下水をくみ上げる仕組みらしい。詳しくは知らん。
ごぽっ、ごぽっ、と水の入ったポンプを何度か上下すると、最初こそヘドロのような泥や錆びのまじった赤茶けた水しか出てこなかったが、何度か繰り返していくうちに澄んだ水が溢れてきた。
よし、これで使えそうだ。
汲み上げた水に右手を伸ばすと、とても冷たかった。
ひんやりした感覚に火照った体が指先から少しだけど冷まされる感覚を味わうと、バケツにこれを組み入れる。
四、五回程ポンプから水を出すとバケツは満杯になる。
俺はそれを両手で掬うと顔を洗った。
「うは、冷た…!」
汗でぐしょ濡れだった体を直に冷やしてくれるこの水は正に天の恵みの様だった。
何度か顔を洗うと、本格的に清掃を開始すべくもう一度ポンプを動かして水を溜める。
満タンになったのを確認してからバケツを持って本殿へ向かう。
「ばーちゃんの代わりに来ました。これから掃除させてもらいますので入らせて頂きますよ…っと」
そして本殿の階段へ荷物を預けると、一応二礼二拍手してから本殿の扉へ手をかける。
本殿の扉は小さな金具があり、それを外せば観音開きになっており開けると、ぎぃいい…と蝶番の軋む音がしたけど、意外とスムーズに開いた。
リュックから布切れを取り出し、それをバケツに張った水で濯ぐ。水気を含んだ布を絞り、余分な水分を落とすと、それを持って靴を脱いで本殿へと入っていった。
中へ入ると相変わらず薄暗いのには変わりないのだけど、社務所と同じく板間になっていたが、あちらよりもどうやら古い作りらしく、見えてる範囲で何か所かの板が反り返っていて年季が入っている感じだった。
靴下のまま入ったのだけど、踏み込んだ場所が丁度足の形にクッキリと浮かび上がってるのを確認できたあたり、相当埃が積もってる様子だ。こりゃ骨が折れそうだ。
埃こそ積もってはいるが、社務所の様にカビ臭さなどは感じられずしっかりと手入れ自体はされている様な感じがした。
何というか神聖な感じというか、上手く言い表せないけど、空気が引き締まってるというかちょっと不気味な。まあそんな感じだ。
なんて考えていると、本殿の奥の方がふと気になった。
スマホのライトを点灯させてから進むことにした。
入口の方から奥の方は暗くてよく見えなかったが、どうせ掃除をするなら奥の方から入口に向かって効率よく行いたいものだ。
ゆっくりと進み部屋を見渡してみると、部屋は大体二十畳くらいで左右の壁のには小窓が付いていてどうやら換気はできそうだ。
小窓の方まで進んでいき、手を伸ばす。板をスライドさせてガラスの窓が顔を見せると、木枠の中心に付いている鍵を捻る。
きゅきゅきゅ、と古い金具を回し引っ張るとやがて抵抗感はなくなり鍵が開く。窓に手を掛けるとこちらはかなり抵抗感があった。
年代物なので壊さないように、割らないようにと慎重かつ大胆に力を込めスライドさせると、僅かだが光が差し込むのと同時に、外から爽やかな風が室内へと流れ込み、ふわりと舞った。
若干埃を吸い込んでしまいむせてしまったが、反対側の窓も同じ要領で開け放つ。
解放感を増した境内は、薄暗く不気味な雰囲気を払拭し、凛とした空気と陽の光差し込む神聖な場所であると再認識させてくれるようだった。
窓を開けて一歩、また一歩と奥の方へと進んでいくとそこには、外にある朱色の鳥居と同じ色の祭壇があった。
祭壇の最上段には小屋というか、朱色の観音開きの扉が付いたミニ本殿みたいなものが付いており、その扉は開かれていて中には木製の狐の様な物がしめ縄の付いた紫色の座布団の上に座していた。
こういうのをご神体というのだろうか?というか見えても大丈夫なのだろうか?その辺はよくわからんがむやみに触れても良い物ではないだろう。
触らぬ神に祟りなしだ。
ミニ本殿の外側は豪華な造りではないが、確かにそこに何かを祀っていると分かるくらいには、その部分だけ隔絶するかの様に金色の柵があり、祭壇の周りには小さな狐の石像や、お供え物を置く為の台座や、お神酒を注ぐ為の漆器が設置されていた。
またそのどれもが古ぼけてはいるが、黒い高級そうなものだった。
祭壇の左右には燭台が置いてあり、短い蝋燭が刺さっている。
蝋燭に火を灯せばもっと明るくはなるだろうが、流石に勝手に火をつける気にはならなかった。
とりあえず、どこから手をつけていい物かと悩んでいるとやはり漆器類や祭壇の周りから清掃することにした。
神様だって地面を拭いた埃まみれの雑巾で食事をする器を拭かれたり、家の中をまさぐられるようにガシガシと拭かれるのは不快だろう。
こういうのは気分の問題だけど、俺ならそう思ってしまう。
金色の柵の金具部分に手をかけ、門を開く。台座に設置されている器や石像を丁寧に一つずつ、手に取ると細かい埃を優しく拭き上げていく。
十分程で全部の調度品を拭き上げると、一度布を綺麗な水で洗ってから次は祭壇外側部分を磨き始めた。
屋根、外壁、扉、外側の溝、台座部分の順に布を当てがい、何度も綺麗な水に入れ替えながら細心の注意を払って拭き上げる。
力は入れず、表面の埃と汚れだけをさっとなぞる様に優しく、丁寧に。
ご神体を祀っている様な物だし、絶対に壊してはならない。ここはマジで注意しながら絶妙な力加減で清掃を行った。
その際開きっぱなしになってる祭壇の扉は閉めてしまうかどうか迷ったが、扉部分も拭き上げる必要があるため、閉める事にする。
祭壇の朱色の扉を閉じ、金色の金具を掛けようとするが、上手くかからない。
どうやら留め具が外れて折れており、金具も折れてねじ曲がってしまっている様子で、力を籠めれば真っすぐに直すことは可能だろう。
ただ、これで折れてしまっては困るしどうしたものか…?
結局またも悩んだが勝手に触って壊してしまうのを恐れ、扉だけ閉めておくことにした。
開けっ放しにするのも何か妙な気もするし、とりあえず後でばあちゃんに報告することにしよう。
扉を閉じ埃や汚れを丁寧に吹き上げ、祭壇周りの掃除が終わる。
丁寧にやりすぎたせいで、やや時間がかかってしまったが何とか終わらせることができた。
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