第1話 このもふもふに、制裁を!(3)
次は境内の床だけど…一気にやってしまおう。
箒を使って軽く境内を掃いて粉塵を払う。
壁際や祭壇周りの物陰などは特に念入りに掃き掃除する。
さっさっさっ、と、箒を使って埃を払うと細かな粒子が舞っているのが目に見えるが、そこはもう気にしている場合ではない。
雑にはならないように何とか掃き掃除を終えると次は、バケツの水を一度綺麗な物に取り換えて、最初は白かったが所々黒く汚れた雑巾を固く絞って部屋の端から端へと往復する。
壁に到着したらまた引き返し、雑巾の幅と同じだけズレてまた壁まで走る。
何度も何度も繰り返しているうちに俺はロボット型掃除機か!と一人ツッコミを入れて孤独と疲労に何とか耐えていた。
が、空しいだけだったのでやめた。
幸いそこまで広くは無かったので二十往復程する頃には拭き終えていたが、久々に雑巾がけ何てことをしたものだから、思った以上に疲労していた。
雑巾がけなんて、小学生の頃以来だから…もう何年前だよ…。
流石にアラサーになってまでこんな事をするとは思ってなかったので、本殿内部は一通り掃除したのを目視確認して、一度外に出ることにした。
一度ポンプの所に行って思いっ切り水を出して頭に被る。冷たくて気持ちが良かった。
そして、首にかけていたタオルを洗い、軽く絞って頭にのせる。
ひんやりとした感覚と湿ったタオルの感触、若干汗の臭いも混じっていたが、まあこんだけ動いたので仕方がないだろう。
そこは我慢して階段へと戻り、そこに腰掛ける。
「さっすが…に疲れたぁ…」
ぐったりと体を預け、だらけた姿勢で階段にへたり込む。
仰向けになり、左足を伸ばした状態で右足を立てたまま目をつむる。
手探りでそこに立てかけておいたリュックサックをまさぐり、枕にすると、そのまま中に入れておいたペットボトルを取り出すし、キャップを捻り煽る様に中身を口に流し込む。
ごっきゅ、ごっきゅと流し込んだお茶は温かったが、雑巾がけで火照った体に染み渡る。
そして一息「ふぅ…」と、息を吐いて暫く休むことにした。
いや、こんな事なら報酬にほいほい釣られず「行かない」と断っておけばよかった。
丁度金欠だったのもあるが、まさかこんなにしんどいとは…。
あの時のことを考えると益々腹が立ってくる。いやまあ、自分から言い出したことなのでどうしようもないのだが。
タオルを少しずらして、ポケットからスマホを取り出し時刻を確認すると、現在時刻は二時半を回ろうとしていた。
そろそろ助っ人も来る頃だろうが、昼飯を食べていなかったことを思い出した。
仰向けのままリュックの中に手を突っ込み、保冷剤を入れたクーラーバッグを引っ張り出す。
結構な大容量の物で大き目の四角い弁当箱が三つくらいは余裕で入るサイズのものだ。
長丁場になるだろうと、多少多めに用意したものである。
事前にばあちゃんに持って行くように頼まれていたので、スーパーで多めに購入しておいた稲荷寿司二十個入りが四パック。
一人で食べるには流石に多いが、これだけ疲れていると下手したら平らげてしまいそうである。
ガサゴソとリュックをまさぐり目当てのものを引っ張り出すと、気合を入れて上体を起こす。
すると丁度着信が入った。
ディスプレイには当の助っ人本人。
スマホはポケットに入れっぱなしだったので、若干汗で湿っており微妙にディスプレイが曇っていたが、何とか上着の裾でごしごし擦って湿気を拭き取る。
するとそこには笹原、とだけ表示されていた。
クーラーバッグを開けて中から稲荷寿司の容器を取り出し、それを本殿階段の一番上の段に置いて立ち上がる。
そして登ってきた階段の方へ向き直り賽銭箱に背を向けるように山の麓へ続く道に視線を移し、そちらの方へと歩いていく。
指を着信の文字までスライドさせると、件の相手の声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとぉ…!なんなのよこれ!あんたのばあちゃん、毎年これ登ってるわけ…?もう、一時間半も登ってるけどまだ着かないの!?」
ドスの聞いたかすれ声。
スピーカーの向こうから細かく「はぁ…はぁ…」と呼吸を荒げるその人物は俺が登ったのと同じ山道を現在登山中。
「し、しかもなんなのよ!これ!?変な虫とかいるし…草はぼーぼーだし…あたしのお肌に傷がついたらどうしてくれのよぉ!?もう、今日は焼き肉おごってもらうんだからね!」
一度言葉を区切って
「ったく、何が簡単なピクニックよぉ!ちょっと、聞いてるの!?四季ちゃん!?」
間延びしたようなドスの効いたかすれ声。
電話の主はオカマなのである。
予定を聞くと仕事は休みだったとのことで、ピクニックがてら掃除を手伝ってもらうべく呼び出した助っ人。
やたらとガタイが良いものだから、初めて会う人なんかはちょっとびっくりしたりするが、急に呼び出してもなんだかんだ来てくれる、優しい人なのである。
「ああ、ごめんごめん。一時間半登ってるならもうすぐ山頂だから、こっち来たら休憩しなよ。もうちょっとだから、がんばれ!」
「いいこと!?絶対一番高いコースのやつ頼んじゃうんだからね!?分かった!?」
尚も「はぁ…はぁ…」と呼気を荒げながら、草を掻き分けて上る音がスピーカー越しに聞こえてくる。
分かるぞ、そこが一番きついんだ。
すると電話越しにもう一つ声が聞こえてくる。
「ったく…たりー…なんであーしまで山登りしてんのーてか、オカマ超ウケルー!汗ビショビショじゃん!メイク剥げてるしー!スマイルー!パシャ!」
そう言うとスピーカーの向こうから、ぴろりん♪とファインダーの音が聞こえてくる。
終始ダルそうに話してるのはもう一人の助っ人。
「つか、もうめっちゃ階段長くない?つか、負ぶって?ねえ、負ぶっておーかーまー!」
「あんた、ちょっと無理に決まってるじゃない、こんな、しんどいのに、あんたなんか負ぶったら、あたし死んじゃうわ!はぁ…はぁ…つか、あたしは頭脳労働派なの…!」
スピーカーの向こうではなにやら賑やかな様子だが、聞こえてくるのは大体悪態と不毛な会話だけだった。
「つか、おーかーまー?あんた名前なんだっけ?あと汗臭いんだけど、ちょっと離れてくれない?」
だるそうに喋るギャルこと
「うっさいわね!誰が汗臭いよ!つかあたしの名前忘れちゃったの?あんだけ仲良く喋ってたじゃないの!酷い、酷いわ!花奈ちゃん!あなたたまに辛辣なこと言うわね!
辛辣なギャルにも律儀にツッコミ返してくれる、こいつは何だかんだ言って優しいやつなのである。
そしてこちらに愚痴ってくるオカマ。
ふむ、なんと返したらいいものか。
焼き肉の話を華麗にスルーしながらどうしたものかと、返答に困っているとスピーカーの向こうから急に叫び声が聞こえてきた。
「な、なんであたしが、こんな苦労して、山登ってんの…わぷっ!」
ずざっ!ばたん!
「ねえ、大丈夫?つかウケルー、パシャ!」
と聞こえてきたかと思うと。
「あああああ、おニューのズボンがあああああぁぁぁあぁああ…」
「つか、ウケルー!ダメージジーンズじゃんお得じゃーん!」
「そういう問題じゃないわよ!ったく…あああ…高かったのにぃ…」
盛大にコケたらしい。まあ人に泣き言ばっか言ってるから注意が散漫になるのだ。
というか山にそんな服装で来るのが悪い。
完全に自業自得だ。
「だ、大丈夫か…?」
一応心配してる事を伝えると、オカマはこっちに向かって叫び返してきた。
「もうやだあああああ!あたし帰るわああ!ピクニックだって言うから来たのにこんな目に遭うなんて、あんまりだわ!」
どうやら怒っている様子だが、ここまで来たので一応それをなだめる事にしようとするとまた声が聞こえてきた。
「つか、ここまで来たのにまた戻るとか余計めんどーじゃん。だったらさっさと用事終わらせてから奢ってもらった方が得だしー…まじだるー…」
冷静にツッコミを入れてくる森本花奈。くそっ、華麗にスルーしてたのに掘り起こしやがる。
「ま、まあ…花奈の言う通りだと思う。ここまで来て戻るのもダルさ的にはあまり変わらないって。もうあと少しで頂上だから頑張ってくれ…焼き肉は…うん、掃除が終わったらちゃんと奢るからさ…?」
そう言うと笹原の態度が一変し、急に凛々しくなった気がした。
スピーカーの向こうではやたら野太い声で「オッシャアアアアア焼き肉ゲットオオオオオオ!」と、叫んでいたのでどうやら転んだ時の傷は浅いようだ。
「はー…まじだるー…」
「じゃあ、頂上で待ってるからもう少し頑張れ!着いたらちょっと遅いけど昼ごはんにしよう」
ほっ、と胸をなでおろしそれだけ伝えると笹原も短く「おっけー、了~解!」とだけ返してきて通話を終了する。
我ながら濃い助っ人を呼んでしまった。まあ唐突に呼び出したから仕方致し方なし。
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