第46話 デザートは別腹である。

 車に戻ると、花奈はもうすでに来ており、樹と一緒に後部座席に腰掛けて、スマホを弄っていた。


 俺達が戻ってきたのに気が付くと、にこやかにほほ笑みこちらに手を振り挨拶をする。


「あ、やーっときたっす!四季っち、コン6ちゃんおはよっす!」


「ああ、おはよう。ただ物を買うだけなのに朝からこんなに付かれるとは思わなかったぞ…」


「おお!花奈か!おはよう、なのじゃ!」


 と、軽い挨拶を交わすと、俺は運転席にコンは助手席にとそれぞれ所定の位置に着く。


 シートベルトをして、コンビニの袋をシフトレバーに引っさげると、キーを回しエンジンをかける。


 現在時刻は十一時頃。


 家を出て丁度一時間ほど経過したことになる。


 出発したばかりで、エアコンからは生ぬるい風が吐き出されているが、走っていればその内涼しくなるはずだ。


 コンは慣れた手つきでシートベルトを止めると、樹と花奈の方へと振り返り、にんまりとほほ笑みドヤ顔をして見せていた。


 その様子を見て、空気の読める二人は口々に賞賛の言葉を並べ、コンを褒める。


「わわっ!すっごーいコンちゃんもう自分でシートベルトできるんだ!流石土地神様!日本一っす!」


「あらーすごいわねぇ…たった一回教えただけでマスターしちゃうなんて…天才かもしれないわぁ!」


 と、二人の言葉に気を大きくしたコンは、しっぽをふよんふよんと得意げに揺り動かし、これ見よがしに窓の開閉ボタンを操作して、おもむろに窓を開け閉めする。


「どうじゃ…ワシ、これもできるようになったのじゃ…ふふふ!」


 と、今まさにかくし芸でも披露するかの如く、自信満々にやるものだから、ミラー越しに確認した後ろの二人は吹き出してしまい、笑いながら、大げさに驚いて見せて、コンを褒めちぎっていた。


「ぷっ…ふふふ…すごいわ、コンちゃん流石ね…これは、大技だわ…!」


「ホント凄いっす!すっかり順応してるっすね!まさに天才児っす!いよっ、コンちゃん世界一!」


「そうであろう、そうであろう…!ふふふ、もっと褒めるがよいぞ?」


 と、二人の言葉に気を良くしたコンは、腕を組み鼻の穴をぴくぴくと揺らしながら、耳も小刻みに震え、しっぽも心なしか素早く動いていて、こそばゆいというか、単純に褒められて照れている様子だった。


「し、しかし…こうも褒められると、ちと、むずかゆいのじゃ…」


 と、赤面するコンだったが、その様子を見た花奈が後部座席から身を乗り出すと、コンの頭に手を乗せて、俺がやるのとは違い丁寧にさすさすとさする様に優しく撫でていた。


「うんうん、コンちゃんはすごいねー!ほら、そんなコンちゃんにプレゼントっすよー?」


「わわ、花奈…!あっ…これっ!もっと撫でるのじゃー…!」


 と、目を細め口を緩めて顔を蕩けさせていたコンが抗議の声を上げるのだが、コンの頭を撫でている花奈は、軽く撫で終えるとすぐに手を引っ込めて、ごそごそと何やらカバンの中を漁っている様だった。


 やがてカバンを探る音が途絶え、ミラー越しに確認出来た花奈の手に握られていたのは、可愛らしい包装が施された袋にたっぷり入った一口大の焼き菓子の包みだった。


「じゃっじゃーん!昨日帰ってから焼いたっすよ!コンちゃん喜ぶかなーって!はいどうぞ!コンちゃん召し上がれっす!」


「おお!これは…!何やら良い匂いがするのじゃー!」


 コンは花奈から受け取った袋の匂いをくんくんと鼻を鳴らして嗅いでみたり、ビニール袋の包装を指でつんつんとつついてみたり、包装をペロリと舐めてみたりと、試行錯誤しているが、中身の取り出し方が分からない様子だった。


「うぬぬ…花奈よ…これは良い匂いがするのじゃが…食えそうにないのじゃ…」


 と、心底がっかりした様子のコンは耳と尻尾を垂れ下げて、しぶしぶ後部座席に袋を返すのだが、そんな様子を見かねた樹が手を伸ばしてそれを受け取ると、カラフルなモールを外して、袋を開けると、再びコンへと手渡す。


「はい、どうぞ!ほら、コンちゃん…こうやって開ければ食べられるわ。ボロボロになっちゃうから、一口ずつゆっくりね?」


「おお!樹か!ありがとうなのじゃ!スンスン…うはぁ…これは、良い匂いじゃ…甘くて、爽やかな…この丸っこいの…これはミカンかの?」


 と、樹に礼を言うと、袋の中の匂いを嗅ぎ、さっそく袋に手を突っ込むと目当ての物を手に取るコン。


 手には薄茶色の丸くて五百円玉くらいの大きさの一口サイズのクッキーが握られており、その中央にはドライフルーツのオレンジが乗っかっていた。


「お、コンちゃん気付いたっすか?そうでーす!それは乾燥させたミカンを乗せたやつで、飽きない様に後はパインにチョコチップの三種類用意したっすよー?」


 流石花奈バリエーションも豊富な様だ。


「あーんっ!む、むむっ!花奈っ!これは…うますぎなのじゃ!」


「お、それは良かったっす。いっぱいあるからゆっくり食べるといいっすよ!」


「口の中でサクサクと子気味良い食感…そして生地のほのかな甘み…それを包み込むかのように甘酸っぱいミカンが良い刺激を加えておるぅ~…!花奈これはうまいぞ!」


「おいおい、どこでそんな言葉覚えたんだよ…」


「昨日てれび?のどらま…とかいうやつでやっておった!わし、何か変な事言ったかの?」


「いや、そういうわけじゃないが…」


 恐るべし神様幼女の学習能力。


 現代社会の文化に触れて、どんどん知識を吸収しているが、急に大人びたことをいうもんだからびっくりしたぞ。


「ならよいではないか!美味しいものは美味しい、それに尽きるのじゃ!」


「まあ、それもそうだが…ところでコン。そんなにうまいなら俺にも一枚くれないか?」


 と、俺はそれもそうかと納得したが、コンの食べているクッキーが気になった。


 いつもあげてばかりだが、偶には貰っても罰は当たるまいて。


「う~………………い、一枚…だけ、じゃぞ…?」


 眉間に皺を寄せ、口を噛み締め、クッキーの入った袋を大事そうに握りしめ、ぷるぷると震えているコン。


 あからさまに本当はあげたくはないが、渋々、本当に渋々といった感じでコンは一枚クッキーを手に取りこちらに手を伸ばし掲げる。


「おう、あんがとよ!」


 と、俺は伸びているコンの手から直接パクリと口でクッキーを受け取ると、視線を戻し咀嚼して飲み込むと、声をかける。


「んじゃ、そろそろ出すぞー?」


「あーい」


「了解」


「出発しんこーなのじゃー!…もぐもぐ…!」


 各々が返事をすると同時に、前後確認をしてからアクセルを踏み出発する。


 コンがくれたクッキーは確かにほの甘く、サクサクの食感とドライフルーツの自然な甘さが癖になる、そんな一品でとても美味しかった。


 そして、そんなに美味しいクッキーであれば、コンはあっという間に食べ終えてしまい、その後に放った一言はこうだった。


「ほれ、四季よ!はよめーぷる味を寄越すのだ!ワシの楽しみじゃ!忘れておるのではあるまいな!?」


「おいおい…まだ食うのか…?」


「ふふふ…でざぁとは、別腹なのじゃ!」


「ははは…そうかよ…」


と、平然と言ってのけるコンに力なくメイプル味のビスケットを一つ放ると、今度は器用に包装を破り捨て、中身を取り出し両手に一本ずつ持って頬張っていた。


残り一つの包装は後部座席にいる二人におすそ分けということで、樹たちは顔を見合わせ、ありがたくそれを分けて食べていた。


「花奈から貰ったやつも美味しいが、やはりこれも最高なのじゃー!」


と、なんやかんや賑やかに目的地までドライブが始まったのだった。


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