day3

第41話 寝苦しさとスフレパンケーキ

 結局あの後、俺は自室に戻るとベッドに入る前にスマホの充電ケーブルを探して五分程室内を歩き回っていたが、犯人は昨日と同じダボシャツをパジャマ代わりに着ていて、すやすやと安らかな寝息を立て、気持ちよさそうにフサフサの尻尾を枕代わりに丸まって、充電ケーブルを齧り涎まみれにしながら寝ている。


 俺はそれを見て、大きなため息を吐き、予備のケーブルを車へと取りに戻ってようやく休むことが出来たのだが…。


 朝、俺は不自然な体の重さと息苦しさと暑さで寝苦しくて目は覚め、寝起きは最悪だった。


 原因はすぐに分かった。


 呼吸をする度に鼻孔を物理的にくすぐるサラサラな金髪と、爽やかなシャンプーの香りを他所に俺の胸の上辺りに、確かな質量と熱を持つ人型の物体。


 寝苦しさの正体は、俺を敷布団にするかの様に、ケモミミ幼女ことコンがうつ伏せに覆いかぶさり、大の字で寝ていたからだった。


「…ったく…なんつー寝相だよ…夜中に夢の中でまで稲荷でも探しに行ったか?」


 と、悪態を吐きながらも、スマホを手に取り時刻を確認する。


 時刻を確認すると、時刻は現在七時前。


 勤勉な陽は規則正しく昇り、窓から差し込む朝日が眩しく、遮光カーテンの隙間からでも夏特有の暑さから、太陽のやる気が伝わってくる様だった。


 とりあえず、俺は上で眠っているコンのTシャツの首根っこを掴んで引っぺがし、ベッドサイドへ軽く放ると、コンはまだ半分寝ぼけている目をぱちくりさせて上半身を起こす。


 するとコンは可愛らしい声を上げて抗議してくるのだが。


「きゃうん!…ん~何するのじゃぁ~…まだ寝かせて欲しいのじゃぁ~…昨夜はあんなに激しかったのじゃからぁ~…ふぁぁ~…」


 急に来た衝撃に驚きながら、コンも上半身を起こし、膝を曲げて足を八の字に開いて座る…いわゆる女の子座りをして、しょぼしょぼする寝ぼけ眼をこしこしと手の甲で擦っていた。


「ったく、どこでそんな言葉覚えてきたんだよ…誰かに聞かれたら誤解されそうなこと言うな!」


 俺は寝起きのコンに軽くデコチョップをかましてやる。


「あうっ!」


 耳をピンと尖らせて口を栗みたいな形にしながらのけ反るコンだったが、その一撃でどうやら目が覚めたらしく、女の子座りの体制からベッドに手を着いて四つん這いの体制へとシフトして、胸をベッドにぺたんとくっつけ「んーっ!」と声を出して、耳の先っぽから尻尾の先までピンと伸ばしていた。


 あれだ、猫が体を伸ばす時によくやるやつ。


 あの体制を取って、三秒程静止するとにこやかにほほ笑みながら、元気に挨拶してきた。


「ん~~~~っ!ぷはっ!四季、おはよう…なのじゃ!」


「はぁ…ほら、さっさと起きて支度するぞ?作戦会議しっかりしないと、取り戻せるもんも取り戻せなくなるかもしれないからな?」


 と、俺が声をかけると、コンはぴょんと軽やかにベットから飛び降りて両手を広げてしゅたっと着地し、部屋の入口の方へ駆けて行く。


 ドアノブに手をかけ開け放つと、振り向きざまにまた微笑み、一言言い残し、たったったと軽やかに階段を駆け下り行ってしまった。


「ふふふ…とーこのご飯…先に行っておるぞ!はよ来るのじゃぞ!?」


 と、朝起きたばかりだというのにもう飯の事を考えているコン。


 全くなんてやつだ、いやもう慣れたけど。


「はぁ…とりあえず、起きるか…」


 と、逆にやり返されてしまいなんとも言えない気分になってしまったが、エアコンを切ってカーテンを開き窓を開けると、朝特有の爽やかな…訂正しよう。


 夏特有の温い湿気を多分に含んだ風が入り込み、朝から今日の気温も高くなりそうだと予想できた。


「うへぇ…」


 と、一人やる気をなくしダレていると、先に降りて行った誰かさんが、階下から騒がしい足音を立ててどたどたと駆け上がってくる。


「こら!はよ来ぬか!ハルが呼んでおったぞ?はよ来るのじゃ!今日は朝から豪華なのじゃ!」


 と、若干興奮気味…というか、食べ物を前にした時のこいつはいつもこんな感じだったか。


 下りて三分も経っていないというのに…全く朝から騒がしいやつだ。


 尻尾をブンブンと元気よく振り回し、耳もピンと尖っており、全身から私は元気ですというオーラを感じる…いや、実際にそんなものがあるわけではないが、感覚としてこう、ひしひしと伝わってくる。


「分かった分かった…今行くから…」


「あいっ!なのじゃ!」


 と、元気に右手を頭上にかかげて返事をするコンに「幼稚園児か!」とツッコミを入れたかったが、話がこじれそうだったのでやめておいた。


 俺はベッドから足を下ろして立ち上がると、軽くその場で伸びをしてストレッチして、部屋の入口で健気に尻尾を振りまわし、俺の事を待っているコンの方へと歩き出した。


「飯食ったら行くぞ、それとおはようコン。今日も元気だな…」


「あいっ!」


 と、ピクピクと機敏に動いている耳が手に当たり、それをくすぐったそうに受け止めるコンの頭に軽く手を乗せてぽんぽんと撫でると、二人してリビングへと向かうのだった。


 ◇


 リビングに降りると、母さんとばあちゃんはもうすでに起きており、朝食を用意してくれていた。


 先程から鼻孔をくすぐる甘くて良い匂いの正体は、焼き立てのスフレパンケーキだった。


 一時期母さんが熱狂的にパンケーキにハマった時期があり、その時に習得したものだった。


 最初に粉を振るって卵黄と最初からメープルシロップを加え合わせて水に溶き、そこへ卵白を泡立ててメレンゲ状に仕上げ、砂糖を三回に分けて入れる。


 香り付けにレモン汁を加えて、弱火でじっくりと熱湯を加え蒸し焼きにしていく。


 ある程度固まったらひっくり返して、蓋をしてメレンゲを潰さない様に再び蒸し焼きにすれば完成だ。


 店で見た時に美味しかったという組み合わせのラズベリーとブルーベリーソースを二種類と、お好みでチョコソース、生クリームを横に合わせ、飾りにミントの葉を乗せれば母さん特製スフレパンケーキの出来上がりだ。


 初めてこれを食べた時には俺も感動したし、正直真面目に母さんお店出したら金取れると思う程の出来栄えだった。


 普段あまり甘い物を食べないばあちゃんもこれを食べた時は一瞬フリーズして、持っていたダンベルを床に落としてしまい、床板が抜けそうになっていたが、ばあちゃん曰く、それほどの衝撃だったとのことだ。


 しかもそれをほぼ独学で作り上げる母さんの料理の腕もそうだが、店で食べて自分で再現してしまうのは最早才能なのではと思ってしまう程だった。


 とにかく、それほどに美味しいのである。


 コンが朝から今日は豪華だと騒ぎ立てるのも納得の一品であった。


「なるほどな…今日はコレか―…久々だけどこれは嬉しいやつだ」


 焼きあがったパンケーキを皿に盛り付け、各種ソースでデコレーションしている母さんが、キッチンから声をかけてくる。


「ふふ、今日はコンちゃんの為にスペシャルバニラも乗せちゃいましたー!」


 と、丁度コンの分を用意していた母さんが皿を持ってキッチンからリビングへやってくる。


「うおお!すぺしゃるばにら!甘くて、まったりで、とろ~りで…へへ…楽しみなのじゃぁ~!」


 と、既に頬は緩み切っており、口の端から涎を垂らしているコンを尻目に、ばあちゃんもいつもよりダンベルを上げ下げする回数が多い気がした。


「ばあちゃんも、おはよう。今日はえらく張り切ってるな…?あまり無茶して、床を抜かないでくれよ?」


 と、俺が言うとばあちゃんは至極真面目に返してくる。


「ふんっ!フンッ!ああ、今日は大丈夫さね。そのための特訓だからね!あの衝撃に耐えられない様じゃまだまだ未熟だね~あたしも…」


 と、何やら良く意味の分からない言葉が返ってきたが、とにかくスフレパンケーキを一番楽しみにしているのはコンよりもばあちゃんなのかもしれないな。


「あ、四季もう準備できるから先に顔洗っておいで?」


「了解そうさせてもらうよ」


 母さんがいそいそと準備する中、俺はお言葉に甘えて先に洗面を済ませる事にした。


 通りがかりに机の上を見ると、コンのパンケーキにはチョコレートソースでデフォルメされたコンの似顔絵が描かれており、相当気合が入っているのが伺えた。


 さて、この気合の入りようなら朝食も期待できそうだ…。


 と、胸の高鳴りを押さえて俺は顔を洗うのだった。


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 ※お知らせ


【第2話 ケモミミ幼女、コン様見参!】に挿絵が付きました!(*´ω`*)

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