第35話 心境の変化と特盛
コンはコンなりにきっと考えていたに違いない。
確かにあってまだ一日しか経っていないが、俺達はコンと沢山の事を共有できたと思う。
思い返せば、ばあちゃんの依頼を受けて昼飯を盗まれたことから始まったひょんな出会いだったが、そこで困っている久那妓さんの依頼を受けて、飯を食って、樹とコンが喧嘩して、コンビニで買い物して、仲直りして、花火をして、スイカを食べ、ショッピングセンターでは、クレープを食べて、コンが着せ替え人形にされて、暑い中車を探して歩き回ったり、美味しそうにスポーツドリンクを飲んだり…たった一日だが、それだけ濃い関わりを持てたと俺は思った。
最初はただ依頼されたから、とかそんな動機だったかもしれない。
だが、今は違う。
明確に俺の中でこの幼くて、懸命で、素直で、食いしん坊で、泣き虫で、頑張り屋で、世間知らずで、ちょっと抜けてて、優しくて、可愛らしいコンの姿に心打たれて、もっと何かしてあげたい、傍で見守っていたい。
そういう気持ちが俺の中で強くなってきているのを、このたったの数時間で実感してしまった。
だからこそ、危険な目に遭う可能性があった作戦を回避した。
だからこそ、別の手段を考える必要があった。
だからこそ、守りたいと思った。
俺は視線は前方に向けたまま、思案した。
交差点の曲がり角を抜けて、車を進める。
すれ違う車のライトが眩しく、若干目を細めてしまうが、目的地に到着すると駐車スペースにバックで停車する。
そして、ようやくコンの方を向き直ると無言だったことに少し不安を覚えたのか、いつもは元気よく動いている耳と尻尾はぺたんと垂れ下がり、尻尾だけがふよんふよんと、悩まし気に左右に揺れていた。
俺は、俯いて切なげな表情を浮かべるコンの頭におもむろに左手を乗せて、無遠慮にわしゃわしゃと撫でまわした。
「わ、わっ!なにするのじゃ!」
と、突然の行動に反論するコンだったが、しばらく無言でわしゃわしゃし続けると、大人しくなりされるがままになっていた。
「その…撫でてくれるのは嬉しいのじゃが、もう少し優しく撫でて欲しいのじゃ…」
と、俯き頬を染めるコンは瞳にキラリと涙を浮かべ、若干の不満をぶつけてくるも、満更でもないといった様子だった。
「あのなあ…難しい事考えんなよ。困っている人が居たら助けたい、何かしてあげたい…そう思うのが人ってもんだ。俺もそうだ。困っている人がいたら、それがたとえ神様だろうが、狐だろうが何だって、黙って手を差し伸べる。そうやって人の世界ってのは回ってるって俺は思うよ」
「そういうもの…なのかの…?」
「もちろん全部が全部そうとは言い切れないが、少なくとも俺はそう思うし、そうしたい。そういう人の好意には素直に甘えとけ。んで、今後困っている人を見つけたら俺に全部返すんじゃなくて、半分は別の誰かにあげるんだ。そうすることで、また困ってる人が居たら助けてくれる人が増えて巡り巡って自分が困った時に誰かに助けて貰えるってな。そういうもんだ…」
俺はそう言うと、最後に軽く頭をぽんぽんと軽く撫でるとエンジンを切り、扉を開ける。
そして、車を降りると、コンも器用にシートベルトを外してぴょんと運転席側から車を降りる。
「おい、どうした?」
華麗に地面に着地すると、コンは俯き顔を伏せてどんな表情をしているのかを伺うことは出来なかったが、しばらくそのままでいると、おもむろに突進してきたかと思えば、ぎゅっと俺に抱き着き、みぞおちの辺りにおでこをぐりぐりと押し付けて、若干涙声になりながら言った。
「全く…おぬし…いや、人間というものは…本当に、本当に…」
掠れていて良く聞こえなかったが、本当になんだろうか?
「おい、こら離れろ!暑苦しい!」
と、試みるもぎゅっと力を込めたコンに抵抗されてしまい、なすがままになってしまった。
「…ったく、どうしたんだよ、ほら稲荷買いに行くぞ?」
と、声をかけるも動く気配はないが、観念してもう一度頭に右手を置いて軽くぽんと撫でてやると、拘束する手が緩み、ゆっくりとコンは離れて行った。
「大丈夫だ、心配すんな。仙狐水晶は必ず取り戻すから安心しろって」
俺がそういうと、コンは顔を上げてニコリとほほ笑む。
ペタリと垂れ下がっていた尻尾や耳も、ピンと尖ってブンブンと横に揺れていた。
「ありがとう…なのじゃ」
コンが飛び切りの笑顔でそう告げると、俺も自然と頬が緩むみ、顔が熱くなるのを感じた。
「…ああ」
と、ぶっきらぼうに返すとコンはクルリと踵を返し、店に向かって歩いていく。
数歩歩くと振り返り、こちらに声を掛ける。
「ほら、何をしておるのじゃ!稲荷がわしを待っておる!ふふふ…特盛じゃぞ!とっくもり~」
と、すっかりいつもの調子に戻ったコンはうっきうきで歩を進め、元気よく尻尾を振る回し、鼻歌交じりで上機嫌だった。
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