第34話 撤退と心の中のもやもや

「淀みが大きくなっている…?」


 コンは確かにそう言った。


 つまり、淀みが発生する原因がそこにあるということなのだが、実際どういう状況になっているのかは外からでは分からない為、結局のところ乗り込むしかなさそうだが果たしてどうしたものか?


 コンに偵察してきてもらうのが一番安全策ではあると思うが、果たして本当にそれが可能かどうか確かめる必要もあるな。


 俺がその言葉を聞いて少し思案していると、スマホホルダーに装着していたスマホから着信があった。


 着信音が鳴ると、画面には笹原と表示されていた。


 俺は指をスライドして、通話を開始すると受話器の向こう側から声が聞こえる。


「もっしもーし?四季ちゃん今着いたけど、暗くて中の様子が見えないわねー?」


 どうやら到着している様子で、窓の外を眺めてみると少し離れた位置に見知った車が一台止まっていて、此方の視線に気づいたのかライトを数回明滅させる。


「確認した。とりあえず今から乗り込むか考えてたとこだ。淀みが濃くなっているらしいから早いとこ原因を取り除いてやりたいところだが…どうすっかなあ?」


 と、俺が電話口でボヤくと樹は少し考え込んだ後口を開く。


「ところで、その”淀み”っていうのは何かしら?言葉のニュアンス的に何か悪い物っていうのは分かるけど、一応説明してくれると助かるのだけど…」


「あ、すまんそう言えばそうだったな…」


 俺は素で説明するのを忘れていたことを謝罪する。


「”淀み”ってのはまあ要するに土地に溜まる悪いモノって認識でいいらしい。それが沢山溜まると天変地異や災害が起こるってのは久那妓さんから聞いたよな?」


「そう言う認識でいいのね、そこは聞いてるわ」


「一応その、”淀み”の発生条件ってのが人の悪意やら憎悪やらって事なんで、それが増幅してるってことは、今何かしら悪いことが起きているってことなんだよな…」


「ああ、そう言うことね」


 中の状況は分からないがつまりそういうことなのだ。


「何か分からないけど、っていうね」


 今行けば現場を押さえる事も可能だろうが、確実に厄介ごとに巻き込まれる。


 巻き込まれたとして、俺や樹や花奈はただの一般人だし相手は半グレ集団だ。


 リスクしかない現状正直、真正面から乗り込むのはただの自殺行為にしか思えない。


 目の前に目的のものがあるかもしれないというのに、手が出せない現状焦りともどかしさだけが募る。


 ハンドルから手を離し、腕を組み目をつむって思案する。


「うーむ…どうしたものか…」


 俺が悩んでいると樹から提案があった。


「コンちゃんに消えてもらって偵察っていうのはどう?」


 先程俺も思った手段だ。


 むやみやたらに頼りまくるのはどうかとも思うが、現状安全かつ確実に偵察するならそれが一番だとは正直思った。


「ああ、俺もそれは考えたんだけどな…」


 少し言葉を区切り、コンの方に視線を向けるとコンは真剣な面持ちで、ボウリング場を凝視しており、時折耳をピクリと動かして何かに反応しているみたいだった。


「コン、また姿を消して偵察はできそうか?」


 と、俺が尋ねるとピクピク動いていた耳をピンと尖らせて、こちらに向き直り、こちらを覗き込んで言う。


「行ける…とは思うのじゃ…」


「というと…?」


 コンは苦虫を噛み潰した様な顔をして言う。


「その、淀みが強すぎてわしの力じゃまだ太刀打ちできんかもしれないのじゃ…」


「神様でも負ける事があるのか…?」


「うむ、今の仙狐水晶は盗まれた事によって悪意が増加したり、長年貯めこまれた穢れが逆流している状態なのじゃ…。今の状態だと淀みを撒き散らし、ワシの力が弾かれて近づけぬかもしれんのじゃ…すまぬ…」


 なるほどそう言うことか。


 それ程強い淀みがあるということは、恐らくここに仙狐水晶がある事はほぼ確定なのだろう。


 実際に俺達には淀みは見る事が出来ないが、コンが感じているモノは自分以上という現状、うかつに近付いてしまうと弾かれるのならば、おいそれと近づくのはリスクがある。


 何より、コンにだけそんなリスクを背負わせるのは俺的には正直遠慮したいところだ。


「あ、おぬし今、何か失礼な事考えおったな…!」


 と、コンは八重歯を剝き出しにしてこちらを威嚇している。


「キシャーッ!」


 と、耳と尻尾を逆立て、眉毛を吊り上げ前のめりで必死にこちらを睨みつけているが、全く怖くはなかった。


「まあ、とりあえず待て。一つ確認したい」


 と、俺が左手を伸ばし手を広げて抑え、尋ねるとコンは毒気を抜かれたかの如く、警戒態勢を解いて顔にクエスチョンマークを浮かべ首を傾げる。


「ん、まだ何かあるのかの?」


 と、ぽかんとした顔で訪ねるコンに努めて冷静に聞き返す。


「あそこに仙狐水晶があるのは間違いないのか?」


 俺は出したままの左手をそのままスライドさせて、建物の方を指さす。


 釣られる様にコンの視線がそのまま右から左へとスライドすると、建物をジーっと凝視したかと思えば、口をへの字に曲げて難しい顔をしていた。


「で、どうなんだ?」


「うーむ…恐らく、ある…のじゃ」


「はっきりしないなあ…」


「すまぬ、あれだけ濃い淀みなら仙狐水晶の可能性が高いということなのじゃ…ワシも実物をはっきりと目視するまでは断定はできないのじゃ…仙狐水晶の淀みに影響された別の淀みの可能性も否定はできぬ…」


「なるほどなぁ…」


 可能性は高いが確定ではないと。


 まあ、何も分からなかった昨日と比べれば少しずつではあるが進歩している訳だ。


 だったら、焦る気持ちもあるがここは慎重になる必要がある。


 よし、決まった。


 俺は電話の向こういる樹とコンに撤退を宣言することにした。


「今日は撤収!流石に無策で飛び込むのはリスクが高すぎる。焦る気持ちは分かるが、今は場所が分かっただけでも上出来だ。今日の所は引き上げて、明日情報収集してから踏み込むかどうか決めよう」


「…」


「四季ちゃんがそう言うならそうしましょう。私も賛成よ」


「りょーかいっす、じゃあ今日は帰るっす!うちらも何か調べて分かった事があったらそっちに伝えるっす!」


「ああ、頼む」


 電話口からは花奈の声も聞こえてきたので、あちらもスピーカーにしていたのだろう。


 俺がそう伝えると、通話は切れて向こう側に停車していた樹達はエンジン起動させて、そのまま走り去っていく。


 すれ違いざまに右手を上げて、こちらに合図すると、それを見ていたコンが真似したのか、ピシッと指を揃えて右手で敬礼していたのには流石にちょっと笑ってしまったが、俺達もアクセルを踏み込み、車を動かしてそのまま繁華街にある全国チェーンの回転寿司に向かった。


「のう、四季よ…」


 回転寿司に向かう途中、唐突にコンが口を開く。


「ん?どした?」


 俺はハンドルを握り、目線は前方に向けたままコンの呼びかけに答える。


 するとコンは少し声のトーンを落とし、なにやら神妙な声音で訪ねる。


「のう、おぬしはどうしてワシに良くしてくれるのじゃ?」


「え?」


 俺は唐突なコンの問いかけに、ドキッとしてしまった。


「ワシは、自分で言うのもなんじゃが、貰ってばかりで…おぬしらに何も返せておらぬのじゃ…」


「…」


 コンは続ける。


「のう、おぬしよ…まだ会って日は浅いのに…危険な目に遭うかもしれぬ…得られるものも無いかもしれぬ…なのに、何故なのじゃ…?」


 と、コンは声音を震わせ、不安げな様子で訪ねる。


 時折見せる不安げな表情はこれが原因か。


 こんな事を考えていたのか…。


 さて、俺は何と答えるべきだろうか…?


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