第33話 追跡と中央区と夜桜ボウル
現在時刻は十七時を回り、夕日が辺りを大きく照らし、暑さは和らいだが、その分西日が強く目を遮る。
GPSの取り付けに成功した俺達は、索敵範囲から外さない様お互いに車に乗り込み、追跡する事にした。
車二台で別々に行動するのは、もし尾行に気付かれた時に自然に交代できるようにする為…要するにリスクマネジメントだ。
それくらいはやっておかないと、後々面倒なことになるのもごめんだ。
俺はコンと、樹は花奈とで再び二手に分かれて、現在は中央区を目指して車を走らせていた。
俺はスマホを充電ケーブルに差し込み、台座に固定された画面を確認しつつハンドルを切る。
コンはというと、移動の際にまた車に乗るとかで少し頬を膨らませてむくれいたが、帰りにまた稲荷を買うと約束すると「大盛じゃぞ?」という要求を飲むと大人しく着いてきた。
全く現金な奴だ。
エアコンの摘みを回し、温度を調整すると快適な空気が送られてくる。
コンは助手席に座り、耳をぺたんと閉じて目を閉じ、シートに身体を預けいつの間にかすやすやと寝息を立てて、眠っていた。
「まあ、今日はがんばったからなあ…暑い中散策したり、着せ替え人形大変だっただろうに…」
と、ふとコンの顔を見て穏やかな顔をしているのを確認すると、自然と頬が緩んで笑みが零れた。
「お疲れさん、まあ休める内に休むのも大事だわな…」
と、穏やかな寝息を立てるコンの頬に左手を伸ばし、人差し指を軽く突き立てる。
「んぅ…ん…!」
指でつつくと、コンは身じろぎして尻尾を抱える様に丸くなってしまう。
むにゅっと柔らかな感触が心地よく、何度も突き立てたくなる衝動を抑え込み、ハンドルに手を戻す。
とりあえず、初日からこの成果であれば上出来だろう。
もしかしたらスピード解決もありえるかもしれないな。
あくまで推測だけど。
でないと、コンが反応する程の濃い淀みが付着している理由に説明が付かない。
直接盗んだという可能性もあるが、そうでなかったとしても、どこかで接触したというのならば、アジトやたまり場とかそういう場所で接触したと考えるのが妥当だろう。
まあ、もちろんそれ以外の可能性もあるにはあるがどれも推測の域を出ないので、今の所はこれが一番有力だと思ったまでだ。
何にせよ手がかりが他に無い以上、あの二人を追いかける他無いだろう。
俺は点滅するポインタを目印に、高速道路を乗り継ぎ、中央区へ向かって道を行くと途中で事故があったりして渋滞していたが、程なくして到着することが出来た。
中央区は商業施設が雑多に立ち並ぶ地区だ。
特に企業のオフィスが多く立ち並び、夜桜市の中でも群を抜いて高層ビルが建っている。
中央区に到着した現在時刻は十九時を回ったところだが、オフィスビルの明かりはまだ灯っており、この光の一つ一つの向こう側では誰かがあくせく働いているわけだ。
住宅街とは違って夜になっても賑やかなのがここの特徴の一つで、表通りは居酒屋やレストランといった飲食店の看板が淡い蛍光灯に照らされて、
屋台やテラス席まで用意されている店もあり、仕事帰りのサラリーマンが一杯引っかけるのには丁度良いらしく、席は埋まっており、焼き鳥をつまみに酒を飲んでいる人が居たり、キャッチの兄ちゃんが元気よく看板を持って声を張り上げていたり、車の通りも多く、タクシーが店の前で数台止まっていたりと、辺りはまるでお祭りの様な賑やかさだった。
尤も、中央区のこの辺は夜になるとこれがデフォルトであるので特段珍しい光景でもないのだが。
店のダクトからは、炭火で焼かれた肉や魚や料理の香りが漂い、モロにそれを嗅いでしまうとぐぅ…と、情けない音を立てて腹の虫が鳴き始めた。
スーツ姿のサラリーマンやOLの姿なんかもちらほらと見えていて、今が大体帰宅時刻なのだろうか一番賑やかな時間帯かもしれない。
そんな賑やかな勝手知ったる中央区だが、今はまだ飯を食っている場合じゃない。
先程から美味しそうな匂いに抗議を上げ続けている腹の虫を無視し、スマホに表示されたポインタを追跡する。
表示されている場所はどうやら商店街近くのボウリング場らしい…。
俺はハンドルを切り、目的地である夜桜ボウルを目指し車を走らせた。
「うぅ…うおぉ!良い匂いがするのじゃ!あそこじゃな!」
と、急に目を覚ましたコンは店の中からする匂いに反応して、耳をぴんっぴんに尖らせると、尻尾をブンブンブンといつもより激しく振り動かす。
ボタンを操作し窓を開け、身を乗り出そうとするが、普通に危ないので全力で止める。
「おいこら、窓から身を乗り出すな!危ないだろうが…!」
「ぐえっ!何するのじゃ!離せ、離さぬか!肉が!肉がわしを呼んでおる!」
片手でハンドルを握り、血相変えて必死になるコンの首根っこを掴み、何とか座席に座らせると血眼になって抗議するコンを宥める。
「あのなあ…今は仕事中なの。お腹空いたのは分かるが、もうちょっと待つんだ…帰ったら飯にするからそれまでは我慢しろ…いいな?」
「じゃが…腹、へったのじゃ…」
と、俺の静止を受けると何とか大人しくはなったが、唇を尖らせて耳と尻尾をしょんぼりさせて俯くコン。
「すまんな、だが今は久那妓さんの為にも仙狐水晶を取り戻す事が優先だろ?」
「うむ、そうなのじゃ…」
「だったら、もう少しの我慢だ。帰りに稲荷特盛とアイスクリームも買ってやるから、あと少し頑張れ!」
俺がそう言うと、アイスクリームという単語にコンは目をキラキラと輝かせ、両腕を胸の前で握りしめ、鼻息荒く息巻いていた。
「稲荷…特盛!そして…あいすくりーむ!!ふへへ…それなら、その…もう少しだけ、頑張るのじゃ!」
そう言いながら、両手を頬っぺにくっつけると、目をつむり首を左右に振って身をよじらせ、耳をぴんっぴんに尖らせぴこぴこ動かすコンは口元が緩みまくって涎が垂れていた。
全くコンに対する負債が多くなって困ったものだが、この程度で納得してくれるなら可愛いものだ。
俺はダッシュボードからティッシュを取り出し、コンの口元を拭ってやると、コンはまだ浮かれた様子だったが、目的地に近づくにつれて、表情が変わってきた。
「のう…四季よ…その、この先ヤな感じがするのじゃ」
と、急に真面目なテンションで語るコン。
繁華街の中を突っ切り、一本路地を挟んだ裏手の道路に入ると、表の賑やかな様子とは打って変わって、シーンと静まり返っており、明かりの消えた建物がぽつぽつと並んでいる。
表のギラギラした様子とは違い、こちらは一見さんお断りの雰囲気を醸し出す紫色のネオンが怪しく輝くこぢんまりとした看板を出しているBARや、雑居ビルが多く、表に比べると薄暗い。
表通りとの静けさのギャップで、どこか違う世界に迷い込んでしまったかのような気味の悪さを感じる。
俺もひしひしと何かを肌で感じいたが、多分目的地の外観とこの路地の雰囲気のせいだろうという結論に至った。
「ああ、ここだな…間違いない…」
ポインターの指し示す場所は、地図上に夜桜ボウルと書かれた場所だったが、駐車場の敷地に車が数台だけ止まっていて、その中に見知ったベイサイドブルーのスポーツカーが止まっていた。
建物はぱっと見体育館くらいの広さの四階建てで、お世辞にも繁盛しているとは言い難い、というかむしろ荒廃してしまっていると言った方が適切かという程、古びた建物だった。
外壁はコンクリートに元は白いペンキが塗ってあったであろう部分が所々残っているだけで、残りは全部経年劣化により剥離し、灰色のコンクリート地が覗いていた。
ただ鉄筋が張り巡らされた建物は、長い年月の経過にも耐えしっかりとその骨格を維持し、建物はしっかりした造りであるということが伺えた。
「中は見えない…か」
車を駐車場の入口から少し離れた所に停車すると、窓を開けて建物の中の様子を伺う。
しかし、建物の入り口にはどうやら黒いフィルムが貼ってある様で、中の様子を伺うことは出来なかった。
さて、どうしたものか…。
「のう、四季よ…?」
と、中の様子を伺う俺を覗き込み、コンが声をかけてくる。
俺は身を反らしコンの方へと向き直ると、まっすぐコンの目を見つめ返して答える。
「ん、どした?」
「淀みが…」
「淀みがどうした?」
コンは不安気な顔をして俯くと、一呼吸…そして。
「淀みが、大きくなっておるのじゃ…!」
ボウリング場の方を見つめ、真剣な面持ちでコンはそう告げるのだった。
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