第32話 承認欲求とチャラ男二人
俺は精一杯笑顔を作り、声をかけ、低姿勢で相手の反応を待つ。
すると、俺の声に反応して背中に感じていたツッパリ感が消えた。
コン上手くやってくれよ。
俺が声をかけると、チャラ男二人はこちらに振り向き、訝し気にこちらを睨みつけてくる。
二人は互いに顔を見合わせると、軽く舌打ちして口を開く。
「ああ?誰だてめぇは?こいつコウちゃんの知り合い?」
長身のチャラ男Aが口を開くと、コウちゃんと呼ばれたチャラ男Bが空かさず口を開く。
「いや、こんなやつ知らん。ヤスの知り合いでもないとなると…お前何の用だよ?」
と、完全に警戒態勢だがここで笑顔を崩してはならない。
対人関係の基本は笑顔ではきはきと…だ。
俺は表情筋を引き上げて営業用のスマイルを維持し丁寧に接する。
「ああ、突然申し訳ございません。自分は車が好きで…珍しい車をお見掛けしたものですから、どんな方が乗っているのかと気になりまして…」
普通いきなりこういう風に声をかけられたら怪しすぎて無視するか、何かの営業か?と疑ったりするものだが、彼らは恐らく話してくれるだろうと踏んでいた。
理由は主に二つ。
わざわざ服にチームのロゴを張って目立つ格好をしているのは、チームに所属することで他者との違いを示し、自己の承認欲求を満たし、尚且つ自分の強さをアピールして、自分は他人とは違う、強いんだぞと、アピールしている様なモノだ。
もう一つはプライドが高いと見た。
見栄やプライドを張らなければ、単純に車なんて安価であり、利便性とデザインを考慮して決めてしまえばいい。
そうではなく、わざわざ高級車に乗っているということは恐らくプライドが高いのだろう。
単純に車が好きだ、という可能性も捨てきれないが、彼等の見た目からして十中八九常日頃から見栄やプライドのぶつかり合いをしているのだろうと、想像がついた。
だったら、その目立った所を褒めてやればいい。
俺は彼らが今まさに乗り込もうとしていた車を指さし、視線を向ける。
「ああ!?俺がこの車乗ってたら悪いかよ?」
と、チャラ男Bことコウちゃんがとげとげしい態度で威嚇する様に詰め寄ってくる。
しかし、それにはひるまず逆にこちらから距離をつめて彼の目の前に一歩詰め寄る。
すると、相手は面食らったのかそのまま停止し少し後退りしそうになると、すかさず続けた。
「このカラー、ベイサイドブルーですよね?人気色でグレードまでは分かりかねますが生産終了しても尚人気で、ヘッドライトはLEDですよね?カスタムまでされている。かなり気合入った車でオーナーさんも相当にセンスのある方だとお見受けしまして…」
俺がそう言うと、チャラ男Bことコウちゃんは面食らった様子で、チャラ男Aことヤスと再び顔を見合わせると、こちらに向き直り口を開く。
「んだよ、だからどうしたってんだ?」
よし、食いついた!
口調こそ荒いが、先程食いかかってきた時の様な露骨な刺々しい態度ではなく、そっぽを向き頬を掻くその態度は困惑か、照れ隠しか。
コウちゃんは更にその手を後ろ髪に持って行くと、くるくると捻り始めた。
癖なのかどうかは分からないが、人が照れている時の仕草だ。
これはいけそうだ…。
俺はすかさず続ける。
「少し拝見してもよろしいでしょうか?これだけの一品他にももしかしたらこだわりポイントがあるのでは?」
ボンネットやサイドミラー、エンブレムなどを一通りゆっくりと目視して回りながら、少し含みを持たせて尋ねる。
すると、相手は少しだけ警戒を下げ、こちらの話に耳を傾ける。
「マフラー…ちょっと弄ってる…」
と、ボソッとコウちゃんは言う。
これは…ちょっとまずい。
背後はコンが仕掛けを施している。
そこへ回って確認してしまっては、俺が付けたと後でバレた時に疑われる可能性がある。
ここらが引き際だろう。
コンは上手く出来ただろうか?
「ほぉ…マフラーですか?やっぱりこういうタイプの車は音も大事ですよね。すみません、お時間取らせてしまって。珍しい物が見れて嬉しくてつい話しかけてしまいました」
と、笑顔は崩さずあくまでも淡々と強制的に会話を終了させる。
「マフラー見なくていいのか?」
と、少し残念そうにコウちゃんは尋ねてくる。
「ありがとうございます。この車のオーナーさんとお話できただけでも十分ですよ。素敵な車ですね!随分と大事にされてる様子で」
「気安く触るんじゃねーぞ?見るだけだかんな?」
と、助手席の方から長身のヤスが声をかけてくる。
「あはは、そうですね良い物も見れましたし、そろそろお暇させてもらいますね。お時間を取らせてしまって申し訳ない」
「そうか…じゃあな車好きの兄ちゃん。音聞かせてやから待ってな」
あっさりと引き下がる俺に、深追いする気はない様子で、二人は車に乗り込むとドアを閉め、エンジンをかける。
対面していた時間は僅か一分程だが、これは上出来と言ってもいいのではないだろうか?
あまり長く話してしまっては逆に印象に残ってしまうし、短すぎると事を成せない。
その上で一分程度というのは実に絶妙なラインだったと思う。
恐らく変な奴くらいの印象で終わっただろうし、俺は特徴的な顔でもないのでわざわざ顔まで記憶されはしないだろう。
俺が丁寧にお辞儀するとエンジンを吹かせ、ブオオオオンと爆音を鳴り響かせ、行ってしまった。
暫くそれを見送り立ち尽くしていると、後方から樹の声がした。
「どう、四季ちゃん上手く行ったの?」
「…」
スマホを取り出し、アプリを起動すると、赤く光る点が移動している。
どうやら、上手く行った様だ。
「コン、もういいぞ良くやった。帰りに稲荷買って帰ろうな」
俺がそう言うと、先程車のあったスペースの後方部分にコンは立っており、その小さな手でペタンと畳んだ耳を押さえ目をつむっていた。
「けほっ、けほ…ん、ワシ上手く出来たのかの?」
と、咽か返りこちらを覗き込み確認するコン。
俺は作戦が上手く行った事実を噛み締め、口が緩まない様に表情筋を固定して、コンに向き直り頷き言った。
「ああ、上手く行った。そのまま尾行するぞ!」
「おお!」
「やったわね!」
「いえい…なのじゃ!」
と、追いついた花奈と樹はハイタッチし、コンもピョンとその場で跳ねて喜んでいた。
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