第31話 スニーキングミッションとぶっつけ本番

 どうやら、火照る身体に鞭打って走り出した甲斐があったようだ。


「それで、どっちに向かってる?」


「多分この方向は反対側ね。D区画の方だと思うわ!」


「了解。通話はそのまま繋げておいてくれ。奴らが近づき次第教えてくれると助かる」


「はーい了解、エントランスホールに向かったらこっちから報告するわね?」


「頼んだ」


 屋内駐車場も四つの区画に分かれていて、今いる場所と丁度反対側の区画だった。


 しかし、今ならまだ間に合いそうだ。


 本当にギリギリのタイミングに休む暇もなく、電話は繋げたまま、俺はコンの方へ向き直ると人が全員捌けたの確認してから、エントランスホールの隅へ手を引っ張り歩いて、壁際にコンを立たせる。


 そして、しゃがみ込んでコンの身長に高さを合わせてやると、コンはまっすぐにこちらの目を見つめ返してきた。


「ん、どうしたのじゃ?」


「コン仕事だ。しっかりやるんだぞ?」


「ん?ワシは何をすればよいのじゃ?」


 と、聞き返してくるコンに説明する。


「いいか?今から姿を消して俺の後をついてくるんだ。絶対に俺から離れないでちゃんと着いてくること。いいな?」


「わかったのじゃ!」


「不安なら服の裾か俺の左手を握ってても良い。とにかくどっかに離れて行かない事」


 と、コンは右手を上げて勢いよく返事をする。


「それと、その機械はしっかり持っておくんだぞ?目的の車があったら合図を出す…そうだな…一度拍手をしたらそれが合図だ。そしたら目立たないところ…車の下とかが良いかもしれない。そこにそいつを張り付けるんだ…出来るか?」


「合図で目立たないところ…車の下に張り付けるのじゃ…」


 コンは俺の言葉を反芻している様子で、少し不安だったので、外の車を指さし、こっちが前でこっちが後ろと丁寧に説明すると、コクリと頷き了承した。


「分かったのじゃ。こっちが後ろでこっちが前じゃな…付けるのは後ろの方の下でいいのじゃな…頑張るのじゃ!」


 よし、これで準備は整った。


 俺は辺りを見渡し、人が居ない事を確認すると、コンに向かって指示を出す。


「よし、それじゃ、作戦開始だ!行くぞ?」


「了解…なのじゃ!」


 俺がそう言うと、コンは何故か先程の樹達の様に右手をピシッと揃えておでこの横に付け、敬礼のポーズを取る。


 その際に耳と尻尾もピンと尖ってまっすぐになっていたのに少し笑ってしまいそうだったが、本人はいたって真面目にやっていたので大人しく見守る事にした。


「んじゃ、着いてくるんだぞ…って、あれ…なんだっけか…」


 と、俺が何かを言おうとすると、もうそこに影も形も何もなかった。


「えーっと…」と、言いつつ頬を掻き、目的を思い出す。


「ああ、そうか…!」


 と、なんとか目的を思い出し自動ドアの方へと歩いていくと、僅かながらシャツの裾部分に引っ張られる様な抵抗を覚えて安心した。


「……」


 エントランスを出ると、昼間でも薄暗くじめっとした空気感を放っている屋内駐車場を、白色のLEDライトが点々と照らしていた。


 屋内駐車場も外と同じく所狭しと車が陳列されており、どこを見ても車、車、車…と、たまに人が歩いているといった具合で休日のショッピングモールの集客力の恐ろしさを実感していた。


 店内入り口は四つあり、その内の一つが今出てきた所だった。


 目的のD区画の方は建物の西側で、今いるA区画が東側なので、そこそこの距離を移動することになったのだが、裾の引っ張り具合を確認しながら何とか急ぎ足で到着することが出来た。


 さて、到着したは良いが車を探すにしても時間が無さ過ぎるな…。


 辺りをざっと見渡すが、ステッカーの様な目印が目立つような車は発見できず、これといって成果は無かった。


 俺は樹に状況を確認すべく、スマホを耳に当てて受話器に向かって喋る。


「そっちはどうだ?こっちは今D区画の入口近くに着いたとこだ」


 俺がそう告げると、数舜間があったが樹から反応があった。


「こっちはもうすぐエントランスに到着しそうよ!」


「分かった…探してる時間はもう無い…か」


 こうなったら直接足止めして、その間にコンに付けてもらうしかない…。


 俺は意を決して、相手が出てくるのを待つ。


 その際に、シャツの引っ張りを確かめると僅かに引っ張られる感触が確かにあるのを感じ、腹を据えた。


「四季ちゃん、もう出てくるわ!後はお願いね!」


 と、受話器から樹の声が聞こえてくると、程なくして二人組のチャラ男二人がエントランスホールの方から顔を見せる。


「…よし、なるようになれ…だ!」


 俺は出てきた二人の後を何食わぬ顔で追跡し、目的の場所に着くまで息を殺して歩く。


 怪しまれない様気配を消して、あくまで自然に。


 下手な演技などせず、ただまっすぐに歩くだけに注力し、二人の様子を観察する。


 先程は遠目過ぎてそんなに観察することが出来なかったが、チャラ男二人組の身長の高い方をA、低い方をBとする。


 チャラ男Aの方は身長はぱっと見百七十センチ程で髪の毛は派手に金髪に染めていて、スプレーでガッチガチに固めてあるオールバック。


 左耳にだけシルバードクロのピアスをしており、ギラギラと怪しく光っていた。


 服装は白のジャージを上下で履いており、背中には金色の刺繍で龍や謎のアルファベットの羅列が入っていた。


 もう一方のBの方はというと、こちらもジャージ姿なのだが厚手の黒色の生地で上下ともに金色の刺繍で狼の模様が入っている。


 作りの良さから、もしかしたらブランド品か何かだろうか?生地の質からどこか高級さを感じる。


 やせ型のAに対してこちらは少し肥満気味で、身長は百六十センチくらいで、恰幅は良く腕の太さは二リットルのペットボトルの様に凸凹に隆起しており、鍛えているのを服の上からでも確認できる程だった。


 髪型は黒の短髪だが襟足の方だけが長く伸びておりウルフカットの襟足は外ハネにセットされており、毛先の部分だけ茶色のメッシュが入っていた。


 男二人組は無言で歩いており、それを追うこちらは緊張感が高まる。


 見られているわけでもないのに、威圧されている様なプレッシャーを感じるのは相手が半グレ集団の一員だからだろうか。


 こちらの顔は割れていないとはいえ、今から目的の為とはいえリスクを犯すのだから、そのプレッシャーもあるのだろう。


 シャツの脇部分からはツーっと汗が這い、嫌な感触が伝わってくる。


 湿度は高いのに、緊張で口の中がカラカラになり、生唾を飲み込むと喉にかかる様な気がした。


 そんな緊迫感の中、二人組の足がピタリと止まると、どうやら目的の車の前にたどり着いた様だ。


 身長の低い方であるチャラ男Bがキーを取り出すと、車のヘッドライトが点滅し開錠する。


 ヘッドライトの光った車を目視すると、青色のスポーツカーだった。


 この車は…これなら、ちょっと話しかけてもいけそうだ。


 脳細胞をフル活用して、何とか脳内で会話のシュミレートをする。


 頼むから食い付いてくれよ…!


 車に乗り込もうとする二人に何とか喉から絞り出して、パンと手を合わせて声をかける。


 作戦開始だ!


「あのっ!すみませんちょっといいでしょうか!?」


 

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