第36話 腹ペコ大魔王とグッジョブばあちゃん

 稲荷寿司を買って、家に戻る頃には時刻はもう既に二十一時を回っており、昼間アスファルトが貯め込んだ熱を夜風が冷まし、空に昇る水蒸気で少し湿ったひんやりとした空気が肌に纏わりつく。


 稲荷寿司を購入したことを電話で母に告げると、おかずだけは作ってくれているとのことで、それを聞いたコンはニッコニコで、車に飛び乗り「はよかえるのじゃ!」と、激を飛ばしてくれていた。


 腹ペコ過ぎて腹ペコ大魔王になったコンは、帰ってくるなりすぐに腹を鳴らしていて、車を降りるとキッチンに直行し、出来上がっている料理を見て、待て状態の子犬モードだったのは言うまでもない。


 ちなみに、今日のメニューは豚肉と玉ねぎの生姜焼き、昨日の残りの野菜スープ、きゅうりとトマトとレタスの野菜サラダ、そして今買ってきた稲荷寿司というものだった。


 生姜焼きは厚手の豚ロース肉を母さん特性のソースで絡めた甘辛い仕上がりで、美味しそうな白い湯気が立ち込めており、丁度今完成したところだった。


 食欲をそそる良い香りが、鼻孔を伝わり自然と胃袋が収縮して空気を押し出す。


 無意識に腹に手を当てて、それを誤魔化す様に俺は食卓の上に買ってきた稲荷寿司を置いて、洗面所に向かい先に手を洗う。


「先に手を洗うんだ…一人で出来るか?」


 と、振り向きながら俺が言うと、コンはこちらへと走って来ると、蛇口を捻り水を出してごしごしと石鹸で手を洗っていた。


「ごっしごし、あっわあわ~…つるつる、ぴっかぴか~!」


 と、自作の謎ソングを口ずさみながら懸命に手洗いをすると、しっかりと水気をタオルで拭って、タタタとこちらに駆け寄ってくると、両手を広げて見せてくる。


「ふふん!どうじゃ!完璧じゃ!」


 と、ドヤ顔で胸を張って鼻を鳴らし、尻尾をブンブンと振っているコンに母さんはニコニコと対応していた。


「あらあら、上手に出来たわねーそれじゃ、ご飯にしましょうか?」


 と、あらかじめ作って置いてくれたおかずを温めて、皿に盛り机に並べていく母さん。


「とーこ!今日はなんじゃ!?ワシも手伝うぞ!」


「あら、助かるわー…それじゃ、これをあっちの机に運んで頂戴」


 と、その様子を眺めていたコンは料理の乗った皿を一つ受け取ると、小さな手でしっかりと受け止めて、ててててと軽快な足取りで皿を運んでくれていた。


「終わったぞ!まだ手伝えることはあるかの?」


「あらあら、助かるわー…それじゃ、これとこれもお願いね?」


 と、机に皿を置くと再びキッチンへ戻り次々と皿を運んでは置き、運んでは置きと、仕事をこなしていた。


 皿に食事を盛っている間は、母さんの側に立ちピシッと気を付けの姿勢で、仕事が来るのをそこで尻尾をブンブンと振りまわしながら待っていた。


「ところで、四季今日はどうだったんだい?ふんっ、ふんっ…!」


 と、そんな様子を尻目に、俺も食卓に着くと、先に椅子に座って筋トレしていたばあちゃんは十キロはあるダンベルを両手に抱えながら訪ねてきた。


「ああ、その事なんだけど…ちょっと厄介なことになったかもしれない…」


「厄介な事?」


「ああ、恐らく犯人の目ぼしは着いたけど、どうもそれが半グレの不良集団なんだ…」


「不良集団…?」


「そうなんだよ…それで今は情報集め中。はぁ…面倒な事になってきた…」


 俺はそう言うと、机に置かれたコップに麦茶を注ぎ、口を付ける。


 ゴクリと喉を鳴らし嚥下すると、良く冷えた麦茶は渇いた喉を通り抜け、胃まで浸透していくのを感じられた。


「なるほどねぇ…それで、どうやって取り返すつもりなんだい?」


「今それを考えてるところなんだけど…ばあちゃん、なんかいい方法ない?」


 俺がそう尋ねると、ばあちゃんは「はぁ…」と、ため息を吐いて答える。


「警察にでも届けるかい?」


「んーどうやらそうもいかないらしい…久那妓さん曰く、あそこは廃墟だからそこから物が無くなろうが、気にも留めないとか…」


「まあ、それもそうだねえ…」


 恐らく物の在処も判明しているし、持ち主に掛け合って遺失物捜索願でも出してもらえば正規の手順で捜索に乗り出してくれるかもしれないのだが…。


 持ち主と言えば、そう言えばばあちゃんが今日連絡してくれると言っていたはずだ。


 それはどうなったのだろうか?


 俺はふとその事を思い出し、ばあちゃんに尋ねてみる。


「そう言えば、ばあちゃん地主さん達との連絡はついた?」


 ばあちゃんはダンベルを上下させる手を少し早めて、俺の問いかけに答える。


「ふんっ、ふんっ…!ああ、そう言えばそうだったねぇ…一応聞いてみたけど、結局誰も知らないって言ってたよ。市長は忙しそうにしてたし、地主さんも特に気にした様子はなかったし…」


「そっかぁ…持ち主がそこまで焦ってないとなると、警察に頼むのもやっぱり難しいかもしれないな…」


 俺は腕を組み目をつむって口をへの字に曲げて首を傾げる。


 やはり空振りだったか…まあそれもそうか。


 結局容疑者だった四人は全員無実っぽいし、犯人の目ぼし自体は不良グループって事になってるわけだから、必要な情報がそろった今はこれ以上の詮索は不要だろう。


「ああ、そうそう。不良集団といえば…」


「ん、何かあった?」


 ばあちゃんはダンベルを置いて、腕を曲げ伸ばししてストレッチすると、手元に置いてあったプロテインをゴクゴクと喉を鳴らしながら一気にそれを飲み干すと、トンと机にカップを置いて言う。


「政さんのとこの息子さんが、最近反抗期だってんでガラの悪い連中とつるむ様になったって言って愚痴ってたよ…確かホットドックだか、チーズハットグだかそんな感じの連中だって言ってたけど…何か関係はありそうかい?」


 ホットドックもチーズハットグもどっちも似た様な食べ物だろって…ん?ちょっと待てよ?


 どっちも共通してるのは横文字だってことだけど、俺も今さっき英単語のグループを追ってた所じゃないか。


 ガラの悪い連中でホットドックだか、チーズハットグだか…とにかく横文字のグループ名と言えば一つ思い当たる節があった。


「それって、バッドウルヴスって名前じゃなかった?」


 俺は机に手を着き、前のめりになりながらばあちゃんに問いかける。


 ばあちゃんは少し思案し、頬に指をあてて首を傾げるとぼんやりと思い出した様で。


「あー確かそんな感じの名前だったはずだよ」


 と、曖昧な返事をする。


「その話詳しく!」


 俺が食い気味にそう言うと、ばあちゃんは少し困惑した様子で言う。


「おいおい、そんなこと言ったってあたしゃただ愚痴聞いただけだよ。そんなに気になるなら直接話してみたらどうだい?あたしの方から話はつけとくよ」


 これは願っても無いチャンスだ。


 丁度バッドウルブスについて情報を集めていたところだ。


 自分でも下調べをするつもりだったが、関係者がいるなら直接話を聞いた方が早い。


 まあ、そんな簡単に口を割るとは思えないが、接触してみる価値は十分にあるだろうと、思っている。


「頼めるかな?」


「ああ、分かったよ。連絡しとくから返事がきたら伝えるさね」


 そう言うとばあちゃんは、椅子に掛けていたカバンからスマホを取り出し操作すると、高速で指を動かしあっという間にメッセージを送信してしまった。


「サンキューばあちゃん助かるよ!」


「ま、精々頑張りな!」


 ばあちゃんマジグッジョブである。


 会話が一段落すると、俺の真横から視線を感じた。


 気になって首を回し視線を向けると、じっと嘗め回す様な纏わりつく視線の主は、涎を垂らして顔を顰め恨めしそうな顔でこちらを凝視しており、尻尾をブンブン、耳をぴこぴこと揺らして、まだかまだかと、今にも飛び掛かりそうな勢いで立ち尽くしていた。


「のぅ…おぬしよ…ま、まだかのぅ…?」


 話に夢中で完全に失念していた。


「フーッ!フー…ッ!」


 肩で呼吸をするかのように、肩甲骨が上下運動をしており、まさにもう限界と身体全体で示しているコンはマテの状態に耐えられそうになかった。


「あー…すまん、コンもういいぞほら…」


「いただきますなのじゃ!…はぐっはぐっ…うまぁ~…っ!」


「ちゃんと座って食べるんだ…って、聞いてないか…」


 俺が気まずそうにそう言うと、コンは両手で稲荷寿司を掴み取り、次から次へと口に頬張ったせいで、頬は膨れまるで栗鼠かハムスターの様にパンパンに膨れっ面になっていた。


「おい、誰も取らないからもっと落ち着てい食べなさい…」


「…うゆっ!」


 と、俺が静止しつつパンパンに詰まった頬を指先で軽くつついてやると、コンは一瞬手を止めてこちらを覗き込むが、分かっているのかいないのか、気にした様子もなく再び稲荷を頬張り始めた。


「んふーーーっ…!んまひのひゃー…!」


 目を輝かせてタレでべたべたになった手で頬に手を当て身震いをするコンだが、頬っぺたにもタレが付着してテカテカと光り輝いていた。


「はぁ…俺も食べよう…いただきます…」


 そんな様子を尻目に、後で拭いてやればいいかと、俺も食事を始める。


 暑い中歩き回った後で食べるご飯は体に染み渡り、最高に美味しかったのはもはや言うまでもなかった。


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