第22話 ショッピングセンターとクレープと恥じらい
さて、とりあえず中に入ったはいいがこうもただっ広いと、どこから見て回るか迷ってしまい、困りものである。
とりあえず、はぐれない様にコンは樹と花奈に手を繋いでもらい、俺たちは案内板の前に立っていた。
「うーん…ここは外せないわよね?とりあえず服から先に買いにいっちゃう?」
と、樹は案内板を指さし、子供服ブランドの所をマークしていた。
「そだねー…ってか、先に買っちゃうとだるいから、一旦見て回る方が良いと思うっす!」
と、花奈はそう提案する。
正直俺としては買い物をするのも目的の一つなのだが、仙狐水晶をしっかりと探してもらわねばならんのだから、そっちの方もしっかりして欲しいところだ。
「コンちゃんはどうしたいの?とりあえず、まだちょっと早いけど先にご飯にする?」
と、花奈はコンの方に尋ねると、コンは少し興奮気味に鼻から息を吹き出しながら、目を輝かせて言った。
「ぬふー!あっちこっちから良い匂いがするのじゃ…これは、凄い所じゃな!ショッキング!ふふふ…どこから食べてやろうか…とりあえず、あそこから行きたいのじゃ!」
と、コンが指さしたのは、待合ロビーにある大きな水槽。
その中に優雅に泳いでいる海水魚を、食べ放題と勘違いしたのか、そこから回りたいと言い出すコン。
「おい、待て…あれは食材じゃない…観賞用だ!」
と、諭すとコンはきょとんとした顔をして残念そうにしていた。
「なんじゃ…食べ放題というから…あれもよいと思ったのじゃが…」
と、心底残念がっているがあれは流石にダメだ。
こんな様子じゃ、水族館何かに連れて行った日には片っ端から水槽に手を突っ込んでしまいそうだな、とそんなことを考えてしまっていた。
「なら…あれじゃ!ほれ、あのくれえぷ?とかいうやつじゃ!さっきから甘い匂いがしていて、美味しそうじゃ!」
と、コンは水槽の横にあるクレープの屋台を指さしていた。
「ふむ…まあ、あれならいいか…」
と、花奈と樹に目配せすると、二人も顔を見合わせ頷きあっていた。
「よっし、ならコンちゃん私のおごりよ!好きなの好きなだけ選びなさい!」
「おお、樹!良いのか!ワシ一杯食べるぞ!」
と、きらきらと目を輝かせるコン。
樹よ…そいつの腹は底なしだぞ…いいのか、そんなに安請け合いしても…後で後悔しても知らんぞ。
と、俺は心の中でそう思っていたのだが、樹は気にせずコンと一緒にクレープ屋の方へと歩いて行った。
花奈も乗り気でクレープを見て目を輝かせている辺り、女子受けする食べ物なんだなーと思ってしまった。
俺は置いていかれない様に後から追いかけて、クレープ屋の前に到着すると、コンは涎を垂らしてメニューとにらめっこしていた。
「はぁああ…どれも美味しそうで、迷ってしまうのぅ…その、店主よ、おすすめはあるか?」
と、コンが尋ねると店員の若い姉ちゃんは季節のフルーツを使った限定クレープか、定番のチョコバナナにアイスクリームをトッピングしたやつを勧める。
「おお!あいすくりーむ!あれはうまいのじゃぁ…えへへ…。よし、ワシはそれにするぞ!」
「ああ、コンちゃん!よだれ、涎!」
と、昨日のアイスを食べた時の事を思い出したのか、また涎を垂らしてだらしない顔をしているコンの口元を花奈がハンカチで拭っていた。
クレープなんぞ何年も食ってないから分からんが、やっぱチョコバナナは安定なのか。
花奈や樹もメニュー表を見ながらトッピングがどうとか、ホイップ多めがどうとか…はぁ、休日に家族を連れて買い物するお父さんはきっとこんな気分なんだろうなと、一人達観して眺めていた。
その様子を眺めていると、花奈がこちらに振り返り尋ねてくる。
「四季っちはどれにするの?」
俺も買う事確定なのか。
スマホで時計を確認すると時刻は十時四十分。
まだ一時間くらいはあるが、もうすぐお昼だ。
俺は少し悩んだが、先程朝飯を食べてそんなに時間も空いていないのと、単純にもうすぐ昼飯の時間なのでクレープは遠慮することにした。
まあ、これくらいなら普通に食べれはするが…今はそういう気分にはなれなかった。
「ありがとう、今はいいや」
「そっか」
花奈はクスッっと笑って切り上げる。
どうやら察してくれたみたいだった。
と、短く会話すると花奈は輪の中に戻って行き、思い思いに各々が注文していた。
「それじゃ、お姉さんこの…華やぐ香りのマンゴープリンクレープ一つと、Wベリーパッションを一つ。あと、チョコバナナのバニラアイスクレープを一つお願いできるかしら?」
と、樹が呪文を唱えて注文していた。
おっさんには中々理解できない世界かもしれないが、三人とも楽しそうに笑っていて、こういうのもアリなのか?と、考えていると、クレープを焼き始めるお姉さんの様子をみて、コンが目を輝かせて夢中になっていた。
「かしこまりました、それでは焼いていきますので少々お待ちください」
と、お姉さんは器から生地を鉄板の上に流し込むと、専用の器具を使って慣れた手つきでそれを広げ焼いていく。
「おぉぉぉぉ…!」
感嘆の声を漏らし、焼きあがるクレープ生地をガン見しているコン。
お姉さんも見られると調子に乗って、材料のホイップが入った容器をくるくると回転させたり、バナナを切る時にわざわざ包丁の背で台を軽く叩いて音を出したり、バニラアイスをちょっとだけ多めに盛ってくれたり、仕上げのコーンフレークをちりばめる時に、コンに見える様に高さを調節して、高めの位置から振りまいていたりと、サービス満点だった。
一枚焼けるのに二分くらいかかったが、効率よく作業するお姉さんの職人技が光り、待っている間もそれを眺めていると退屈せずに済んだ。
クレープが出来上がると、順番に樹が受け取り配っていく。
「はい、コンちゃんどうぞ」
と、手渡されたクレープを眺めているコン。
尻尾を見ると、ブンブンと大きく揺れており耳もピクピクと激しく動いていた。
どうやら、パフォーマンスの成果もあってか、期待が高まっている様子だ。
「うぉ…凄く甘い匂いがするのじゃあ~…」
と、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるコン。
すぐに齧り付くかと思ったが、以外にも包み紙の上からはみ出た部分を見て、齧りつこうかどうか迷っている様子だった。
そんな様子を見かねた樹がコンに声をかける。
「どうしたの?ほら、食べても良いのよ?」
と、促すとスプーンを使ってアイスを掬うと、口に運ぶかまだ迷っている様子だ。
「すぐ食い付くかと思ったが、どうした?腹でも痛いのか?」
と、俺はコンに問いかけるとコンはてとてとと、手に持ったクレープを揺らしてこちらに走り寄ってくる。
その様子を見た俺は、クレープを落っことしてしまいそうで危なっかしくて見てられなかったが、俺の目の前でコンは停止すると、俺の顔を見上げてスプーンをこちらに差し出してきた。
「ん!」
バニラアイスの乗ったスプーンを、精一杯背伸びしてこちらに向けてくるコン。
一瞬どういう状況か判断しかねたが、どうやら俺に食べて欲しい様だ。
「いいのか?」
と、問いかけるとコンは恥ずかしそうにそっぽを向き、頬を染めて言う。
「…昨日、おぬしのアイスを取ってしまったのと、今朝もびすけっと…貰ったからの…。その、お返しじゃ…」
と、コンはコンなりに考えている様だった。
「も、貰ってばかりじゃ悪いからの!ほら、ワシ土地神じゃし!ご利益がある所もみせておかんとの!?だから…その…あーん、じゃ!」
と、コンが差し出すそのスプーンは少し震えていたが、そういうことなら…と、俺はしゃがんでスプーンを口に入れた。
「ん、うまい!」
バニラアイスは当たり前だが冷たくて、爽やかな甘みと、コク深いミルクの優しいうま味が口に広がる。
だがそれ以上に、コンが食べたいのを我慢して先に俺にくれたことが嬉しかった。
「ん、ありがとなコン」
貰えた事に素直に礼を言うと、コンは顔を輝かせてぱーっと花が咲いたかのような笑顔を浮かべる。
「…っ!ふ、ふん!ありがたく頂戴するがよいぞ!ワシも食べるかの!」
と、スプーンを差し込みアイスを掬うかと思えば、包み紙から露出している部分をガブリと豪快に齧り付き、口や頬っぺたにチョコとホイップクリームをべたべたに付けて美味しそうに頬張っていた。
「うまぁ~…!!」
と、感嘆の声を漏らすコンだったが、その様子を見ていた樹と花奈と店員のお姉さんも皆ほほ笑んでいた。
「ふふふっ、コンちゃんゆっくり食べなさいな。大丈夫よクレープは逃げないわ」
と、すかさず店員のお姉さんからティッシュを貰った樹がコンの頬を拭いている。
樹に口元を拭われると、また新たに齧り付こうとしていたが、包み紙ごと食い尽くしてしまいそうだったので、包みを剥がしてやる。
「ほら、これで食えるだろ?」
と、剥がした包みをゴミ箱に捨ててコンの様子を伺うと、コンは嬉しそうに口いっぱいにクレープを頬張っては、満足そうにしていた。
「ぬふふ…わしの思った通りなのじゃ!やはり、このくれえぷ?というのは大当たりじゃ…母様にも食べさせてやりたいのじゃ!」
と、手に着いたクリームを丁寧に指一本一本なめとると、あっという間に平らげてしまった。
「あらあら、余程美味しかったのねえ…コンちゃん私のも食べてみる?こっちはマンゴープリンの味がするらしいわよ?」
と、樹は自分の分も差し出してきたが、コンは素直に受け取るのを躊躇している様だ。
「その…昨日から貰ってばかりなのじゃ…良いのか?」
と、態度とは裏腹に、目線はやはりクレープに釘付けだった。
樹も花奈もそんな様子を見て苦笑すると、ずいっとクレープをコンの眼前に持って行き、ニコリと笑って差し出していた。
「遠慮なんてしなくていいの。好きなだけ食べなさいな?」
「そうだよーコンちゃん。樹っちゃんの言う通り。遠慮なんてしちゃ駄目だよー?こういうのは貰っておくのが良いと思うっす!」
と、言いながら二人共コンの口にクレープを突っ込んでいた。
「わぷ、ちょっ、ちょっとまつのじゃ!」
と、二つ同時に口に放り込まれていたが、どちらも器用に咀嚼しては飲み込み、味わっているコンだった。
「どっちもうまぁ!なんじゃこれ、酸っぱいのと甘いのとつるつるでぷりんぷりんじゃ!」
と、至極ご満悦な様子のコンを尻目に、俺はベンチに腰掛けて、辺りを見渡してみた。
休日の朝ということで、家族連れや観光客っぽい人も割と見かける。
ごった返しているわけではないが、そこそこ人が多くがやがやとしているな、というのが素直な感想だった。
「おい、食ったらとりあえず行くぞ?流石に騒ぎすぎだ…さっきから、別の子供の視線が痛すぎる…」
と、三人に声をかけると、コン達の周りには人だかりが出来ていて、美味しそうにクレープを食べるコンを見て、他の子供たちも触発されたみたいだった。
「うおお!なんじゃ!祭りか!?」
んなわけあるかい!
と、心の中で突っ込みつつ、コンの手を引いて輪の中から脱出する。
「樹も花奈もさっさと行くぞ?」
と、半分以上コンに食べられていたクレープを急いで口に突っ込み、飲み込むと俺達の後に続いてきた。
「ちょ、待ってよ四季ちゃん~!」
「待つっす四季っち!」
急いで追いかけてくる二人だが、去り際にお姉さんに謝罪すると、お姉さんも追いそうに食べるコンを見れて満足気に笑いつつ「いい宣伝になりました!」と、お礼を言っている始末だった。
「また来るわー!」
と、樹が告げると笑顔で手を振ってくれていて、一連のやり取りを見た他の客達が注文をし始めていた。
さて、そんなこんなあったが、とりあえず買い物から済ませよう。
俺はそう思い、コンの手を繋いだまま先ほど樹が指さしていた子供服売り場へと歩みを進めるのだった…。
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