第2話 ケモミミ幼女、コン様見参!(3)

 ダラダラと他愛のない話をしていると、時間というものはあっという間に過ぎてしまうものである。


 俺がそれに気づいたのは、スピーカーから聞こえてきた館内放送のおかげであった。


「ご案内申し上げます。まもなく本日の面会終了時刻となります。ご面会中の方は早めにお帰りの準備をよろしくお願い致します。患者様の安静の為、ご協力をよろしくお願い致します」


「あら、もうそんな時間かい」


 口火を開いたのはばあちゃんで、どこか申し訳なさそうな顔をしていたが久々に俺もばあちゃんと話せて楽しかったのでそこは問題ないのだけど。


 なんてやり取りをしていると、母さんが俺に問いかける。


「あらあら、もうそんな時間なのね…私は一応念の為今日はここに泊まるけど…四季あなたはどうするの?明日はお仕事かしら?そうじゃなかったら久しぶりに家に泊ったら?」


 俺はうーむ、と腕を組んで悩む。


 俺の職業は探偵である。


 浮気調査や迷い猫の探索といった割とメジャーな仕事から電球の付け替えやらトイレ掃除、買い出しの為の送り迎え、夕食の調理や、デートの相手、バイトが真面目に働いてるかどうかの覆面調査員とかもやったことがある。


 まあ、要するに何でも屋だ。


 ちょっと変な稼業なのは間違いない。


 だが、サラリーマンの様にノルマや時間に縛られず、自由に仕事をすることができるので、俺にはこの職業が向いていた。


 というか、時間に囚われすぎて会社で働くのは多分性格的に無理だと悟ったのが高校生の時。


 その時から自営業以外にないなーと、薄っすらと感じていたのだけどこの話は長くなるので割愛する。


 それに今は大口の依頼や、特にめぼしい仕事もない。


 つまり、めっちゃ暇である。


 今から帰るのもまあ面倒だし、一泊くらいならお言葉に甘える事にしよう。


「そうだね、今は急ぎの依頼もないし特に忙しくないからそうさせてもらうよ」


 そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、椅子を壁際へと直すとばあちゃんに一言「お大事に」と伝えると病室を去る。


 ばあちゃんも「ありがとう」とだけ短く言うと、手を振り見送ってくれた。


 病室を出てエレベーターの方へと歩き出す。


 面会終了時刻になったので、他の病室からも何人か見舞いの人がぞろぞろと出てきた。


 その流れに乗って俺も実家へ帰る為、ナースセンターを通り過ぎた。


 本当に元気そうで良かった。


「四季!」


 そう思いエレベーターへ乗り込む所で、病室から母が早歩きで近寄ってきた。


「ごめんね、どうしても伝えておかなきゃいけないと思って。やっぱりお母さん気丈に振舞ってるし何も言わないけど、気にしてると思うの。ほら、もうすぐじゃない?」


 母はそう言うと申し訳なさそうにしている。やはり似た者親子というか、母さんもちゃんとばあちゃんの事を気にかけている様子だ。


「ああ、そうか。確かにそろそろ時期だね」


 さっきからと言ってるがばあちゃんの毎年の恒例行事である。


 夜桜市の端っこの方にある夜桜山と呼ばれる標高250メートル程の山の山頂にあるお社へのお参りである。


 毎年一回夏のこの時期に稲荷寿司をお供えするのと、境内の清掃なんかも行ってると聞いた事がある。


 どうも昔はばあちゃん以外の人も管理清掃等を行っていた様だが、その人達も皆歳も歳らしく、亡くなってしまったり、足腰が悪くなっていたりと、今ではもうばあちゃんくらいしかまともに山道を登るのが難しくなっているそうだ。


「今年はほら…足があの調子でしょ?いくら母さんが丈夫だからって流石に今年は厳しいと思うの…どうかしら?もし良ければおばあちゃんのお手伝い…してもらえないかしら?」


 確かにそうだ。


 いくらばあちゃんが健康そのものとは言えあの足では松葉杖を着いて山道を登らなければならない。しかも夜桜山は殆ど手つかずの山だ。


 手入れもされていない山道を松葉杖で上るのは流石に酷だと思う。


 まあ、あのばあちゃんならそんなの気にせずやってのけそうではあるけれども…。


「分かった。今は丁度暇だし…そうだな、俺の方から声かけてみるよ」


 そう言って病室の方へと戻って行く。


「お願いね。母さんは飲み物買ってから戻るね」


「了解」


 短くそう告げて歩みを早めた。


 病室に戻ると、窓にはばあちゃんが眉間に皺を寄せ何やら神妙な顔で窓の外を眺める姿が映っていた。


 俺が戻ったのに気が付くと、何事もなかったかのようにこちらに振り向く。


「おや、四季どうしたんだい?忘れ物かい?」


 ばあちゃんは先ほどと変わらない声色で言う。


 表情も今はもう先ほどとは打って変わって先程雑談していた時の穏やかな表情に戻っている。


 そんなばあちゃんに俺は近づくと、手短に話を進める。


「なあ、ばあちゃん。今年もそろそろお参りの時期だろ?その足じゃ流石に厳しいというか、その…ばあちゃんさえ良ければだけど…」


 一度言葉を区切って反応を見る。


 ばあちゃんは変わらずこちらをのぞき込んでいる。逆にこっちの表情をうかがっている様子だが、こちらの意図を察してか、またすぐに砕けた様子で言った。


「なんだい四季、小遣いが欲しいならそう言いな!あっはっは、いつになってもあんたはまだ子供だねえ…全く、一万円でいいかい?そのくらいあれば、焼き肉くらいは食えるかい?あっはっは、いや、綺麗なねーちゃんのいる店に行きたいならもう二万はいるかい?」


「行かねーし!金欠なのはマジだけど、別にそんな店行かねーし!」


 二回も否定してしまった。


 いや、実際そういうお店に興味がないわけではないけども、この場合に限っては別にそういう意図は全くもってなかったので、ばあちゃんのおふざけだと分かってはいたけど、やはり動揺してしまう。


 俺の反応を確認すると、続けざまにばあちゃんは言う。


「あっはっは、冗談だよジョーダン。準備やら何やらでそれなりにお金は必要になるさね。あんたの稼業もあるだろうし、本当はあたしの方からお願いしようと思っていた所さね」


 そう言うとばあちゃんはサイドテーブルから財布を取り出し、そこから一万円札を五枚程抜き出すと俺に突き出して「足りるかい?」と問いかけてくる。


 本来ならお金を受け取るつもりはなかったのだけど、ばあちゃんはこういう所でしっかりと筋を通して頼み事をする人だ。


 こういう性格だからこそ、この人の周りには人が集まってくるんだなと、改めて実感した。


 それに、金銭を支払うということはただの掃除手伝いではなく、正式に仕事として請け負ってほしいとの意思の表れでもあるということだ。


 それだけ真剣なんだろう。


 ばあちゃんの誠意を見せられたなら、こちらも真剣に向き合うべきだな。


「分かったよ、お言葉に甘えて正式に依頼として引き受けるよ。領収書はいる?」


 孫とそのばあちゃんじゃなくて、仕事モードに切り替えて、対応することにした。


「いや、要らないよ。正式依頼するわけだから手抜きはせず、しっかりと仕事だけこなしてくれたらいいさね。なーに、簡単なもんさ。本殿の中の拭き掃除と、ちょっと草刈りするだけだからね」


「了解。んじゃ、依頼内容は拭き掃除と草刈りだけでいいの?」


「ああ、それと一応お供え物として必ず稲荷寿司だけは持って行っておくれよ」


「ん、稲荷寿司を備えるのも追加っと…」


「後はまあ特にないさ。終わったら連絡しな。やることは基本的にはその三つだけでいい。ただそれだけは確実にやってもらうよ」


「了解、一応正式な依頼なんで契約書作っちゃうわ。えっと、出来たら後で母さんに持って来てもらうよ。それでいい?」


「ああ、それでいい。掃除用具なんかは一応向こうに置いてあるはずだけど、今の時期は相当荒れてるだろうから、鉈と軍手は準備しといた方がいいかもね…山頂まで登るのももしかしたら、ちょ~っとだけ、大変かもだからね」


 やけに”ちょ~っと”だけという所を強調していた様だが、まあ依頼料もしっかり受け取ってしまったわけで、この時点で契約成立しているようなものだから、多少の肉体労働は目をつむろう。


「んじゃ、明日準備したら明後日くらいには取り掛かるよ」


「お、それは助かるねえ。そんなに早く取り組んでくれるならこっちとしてもありがたいね」


 そう言うとばあちゃんは、どこから取り出したのか鉄の塊を取り出し、ぐいっと力コブを隆起させながら、左右の腕を上下させ始める。


「おっけー、んじゃ今日はもう戻るわ。ばあちゃん、お大事に筋トレもいいけど程々に!」


 いつ持ち込んだんだ、とツッコミたくなるが今はもうやめておこう。


 館内アナウンスが再び鳴り響き、今度は本格的に病院が閉まる時間になった様だ。


「何言ってんだよ、一日中ベッドの上に寝てたら体が鈍ってしょうがないよ!ダンベルの一つや二つくらい、持ち上げたって構いやしないさ!」


 いや、そういう問題じゃないと思うぞ…。


 ばあちゃんのパワフルさを改めて実感し、実家に帰って助っ人二人に連絡した後、その日はすぐに就寝した。


 翌日ホームセンターで言われた通り鉈と軍手を買い、他に必要そうな物も纏めて買い込んで車に詰め込んだ。


 そして、今に至る、というわけだ。


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