第5話コネクト

小児病棟、正確には脳腫瘍の子供が居る、東病棟3Fの個室の窓を木枯らしが小さくノックした。夏の音と書いてナツネちゃん6才と、付き添うお母さんハルナさん31才のお部屋を、朝回診でお邪魔する。

「おはようナッちゃん」

「おはよう先生の銀髪奇麗だね」

「おはよう御座います、トオノ先生」「ナッちゃん、よく眠れた?」

「うん」

「怖い夢見なかった?」

「アキちゃん来たよ」

「えっ、あのアキちゃん?」

私が少し驚くと、母が告げる。

「この頃この子、アキちゃんと入れ替わるんだ、と時々言うんです。」

このアキちゃんとは、隣の個室の5才の女児、悪性脳腫瘍末期の患者様で、頭痛や吐き気などの他に意識レベルの変容が見られ、危ない状態が続いている。小児の脳腫瘍では最後の最後まで元気に飛び回る子も少なくは無いのだが、彼女も3日前までは病棟を飛び回っていたが、今は終日臥床して居る。「ナッちゃん、アキちゃん来たのわかるんだ?何か言っていたの?」

「うん分かるよ、こんにちは、少し体借りるね、て言ってる気がするよ」

「頭に入って来るの、怖くない?」

「全然、しょっちゅう入れ替わってるよ。」とナツちゃんが笑い、続ける。

「でもこの頃アキちゃんが、私もうじき死んじゃうから、こっちに移っても良いかな?と言われて、困ってるの、だって私の体もあまり持たないから」

ここでハルナママが静かに登場する。「何を縁起でもない事言ってるの?!」

あまりの剣幕にそのまま回診は終了。

その日の夕方にアキちゃんステる。

享年わずか6才10ヶ月、両親は「何でうちの子だけ」と不条理を訴え号泣。

翌日の朝回診、ナツちゃんが薄目を開け、弱々しく話しかける。

「おはよう先生」

「おはようナツ、、、ちゃん??何だかいつもとは声や雰囲気が違うわね」「そだよアキだよ!入れ替わったの」「ナツちゃんはどこ?」

「中で寝てるよ」

「少し話せる?貴女の事。昨夜失くなったでしょ?覚えて居るの?」

「うん気付いたらナツちゃんの体の中だった。何回もお邪魔してたから」

ドキドキしながら私が質問する。「ナツちゃんは消えちゃうのかな?」

「ううん隅っこで膝抱えてウトウト」「彼女の体も無くなるかもよ?!」「今度は一緒に他のお友達の中に」

「じゃあ私にして!」突然ナツちゃんママが話に飛び込んで来た。

「これからも娘 ナツと話せるなら、ナツを感じられるのなら、私に入って 」泣きながら訴える母親を冷静に見つめて、アキと名乗るナツちゃんは

「私のママも、貴女の代りにママ死ねるのよ、愛しているから、といつも言っていたわ。」と涙ぐむ。

「でもね、ここに入ってきたのは私だけじゃない。院内学校の仲間2人も」「ウッウッわかったから私に来てね」「優しいね。ナツママは。私の母はオロオロして居るだけだったのに」

「でも本当はトオノ先生が良いのにな!大人の女性になって見たかった。銀髪美人も憧れるし」と舌を出した。

ここで急に声が大き目な中国人婦長が入って来て「良く分からないけど皆さん固まってますよ、換気します」

頭の良い彼女の事だ、わかっているばず。いつから聞いて居たのだろ?二日後、後を追うようにナツさんが亡くなられた。お見送りの時に、母親が深々と頭を下げ、お礼の言葉を述べたあと 、目があった。急にウインクされその瞳の輝きは、少しいたずらっぽく、そして「幼い」気がした。

春が近づき、暖かな風が心地よかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンドロフィン @ktakeda515151

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ