第1話 おまつりのうかん
桜が咲き始めた湖の畔に、薄肌色のこぢんまりとした緩和ケア病院かある。 ここは終末期の患者様が最期のひと時を過ごす、命ではなく、魂を救う終着駅。
元気に退院する人は居ない。
でも悲壮さも宗教色も無い、暖かな日差しが一杯の新しい病院である。
「サキノ先生おはよう御座います」
「おはよう大河原主任」
「今日も銀髪サラサラ、アニメのエルフみたいですね、リア先生」
「??ごめん私わからない」
「よっお姫様達」とバリトン声のゴツい医局長が挨拶してきた。見た目はゴリラ中身は羊?!
有名歌手の歌が浮かぶ。まさに「怪物」かも(笑)
「何ニヤニヤしてるんだ、お嬢」
「おいデカイの、申し送りだぞ!」
「えっ私?(自分の方がデカいの
に)」口をつぼめた主任が集まる。
「以上ですが特に教授が要注意」
「サキノ頼むぞ」
「塩モヒは一杯一杯ですが?」
「うむソフトランディング」と低く暖かな美声と優しい瞳で私を見つめる。
じゅん、体に稲妻。
ブサイクだけどいい男!人気あり。
教授は81才男性末期肺がん、疼痛モルヒネ管理中。
退官しても人望厚く、小柄でお上品な奥様とともに特別個室で闘病中。
毎日のように教え子達がお見舞に来る。皆礼儀正しく、バッチを取って職員にも丁寧な口調で挨拶する。
その日も朝の回診で伺うと、補助ベットで仮眠を取る奥様を気遣う様な視線を送った❛❛❛気がした。その時、強熱な思念が私の体を貫いた。脳内麻薬エンドロフィンが多量に分泌され、相手の夢を共有する。そう、私は「トランス体質」(ヒステリー気質)、魂の叫びに「乗っ取られ易い」のだ。
「今でこそ硬い仕事について肩書だらけだけど、本当はお祭り好きな田舎者なんです。」
「もうじき私は消えますが残した女房が心配で心配で」
「もう周囲には伝えてありますけれど、せめて納棺だけは掛け声かけて盛大に送ってくれませんか」
直後に彼の半被でお祭りを楽しむ映像が大量に押し寄せて、私の体は踊っていた、、、らしい。
「先生、先生、急変です!」
「あっアレストだっ」我に還って蘇生を試みる。心電図は戻らない。
長い時間がながれた、、、気がした。
「先生もう充分です」涙声で、でも気丈な声で妻が呟いた。
「最期のお仕事だ」バリトンの声
「瞳孔散大、対光反射なし、中枢反射なし、心肺停止、11時42分死亡確認しました。ご冥福をお祈りします。」
何十回も唱えた言葉が溢れ落ちる。
トランス直後の疲労もあって一旦医局に戻って死亡診断書を書く。
体の痺れが収まって再び回診再開。
ナースさん達がエンゼルセットを終え
葬儀社を手配していると、悲報を聞いた教え子関係者達が続々とナースステーションに押しかける。中庭にも集まった人数は、およそ200人以上。
いよいよ出棺となり、議員、弁護士バッチを取った黒服の教え子6人が担ぎ上げ、病棟を出てから、泣きじゃくりながら大声で
【わっしょい】
【わっしょい!】
【ワッショイ!!】
【ワッショイ❢❢】
【ワッショイ❢❢❢】
悲しくて暖かな掛け声は、中庭に降りて車に納棺される時には、参列者全員の合唱となっていた。皆笑い顔で泣き崩れていた。
普段は穏やかな雰囲気の病院に一時のお祭りが訪れたが、全員の一礼のあと、鮮やかに「散った」
凄い死に方生き方だった。
「かっこいいね」主任も涙顔
「ワン」病院犬が鳴いた。
青空だった。
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