47、諦めて、もがいた先に

 よく晴れた日。ユーディットは懐かしい景色に目を細めた。三年前まで通っていた学園。そこに、今度はエアハルトが通う。


 今日はその見学に訪れており、一通り見て回ったところでユーディットは一人、校舎の中庭を歩いていた。休暇中なので辺りには誰もおらず、不思議と学生時代に戻った気分になる。


(ああ、このベンチ……)


 あの日のことを思い出しながらユーディットは腰を下ろした。


(アルフォンスさまとの婚約が解消されて、ベルンハルトさまと結婚することになって……)


 ――久しぶりだね、ユーディット。


 途方に暮れていた自分に、話しかけてくれた人がいる。


(ねぇ、スヴェン。わたしね、子どもを産んだのよ)


 ユーディットによく似た女の子で、ティアナと名付けられた。ベルンハルトもエアハルトも新しい家族の一員に喜び、とても可愛がってくれている。


(ベルンハルトさまなんて、今からお嫁に出すことを寂しがっていらっしゃるのよ)


 淡白な態度だろうと思っていただけに、夫の子煩悩ぶりはユーディットを非常に驚かせた。エアハルトは軽く呆れているくらいだ。


(あなたも、結婚したと聞いたわ)


 スヴェンは自身の母親を、精神科の病院に診せたらしい。借金もなんとか返済し終え、学園を卒業すると同時に家を継いだ。ベルンハルトの知り合いと事業を立ち上げ、稼いだお金は貧しい家庭環境の子どもを救う慈善活動に寄付しているそうだ。


 その間、様々な葛藤と決断があったと思う。それでもスヴェンは乗り越えて、今の結婚相手と出会った。一度だけ、偶然街で見かけた彼は、とても穏やかな表情をしていた。


 よかった、とユーディットは心から思う。スヴェンがユーディットの幸せを願ってくれたように、ユーディットもまた彼の幸せをずっと願っていた。


(これからも、ずっとあなたの幸せを願っている)


 ふとユーディットは、ポケットに違和感を覚えた。気になって取り出すと、白い花びらのブローチが出てきた。別れる時に、スヴェンが贈ってくれたもの。ずっと自室の引き出しに仕舞っていたと思ったけれど、いつの間に……ティアナが遊んでいてポケットに忍ばせたか、――あるいはその時が来たのかもしれない。


「ユーディット!」


 名前を呼ばれて、彼女は顔を上げた。視線の先に、ベルンハルトとエアハルトが手を振っている。父親に抱っこされている小さな娘の姿も一緒だ。


 ユーディットは微笑んで、今行くわと立ち上がった。


 ――僕はどんなに自分が落ちぶれても、汚れても、生きることは諦めたくない。生きていれば、あの時生き抜いてよかったと思える日がいつか必ず訪れると信じている。


「ありがとう、スヴェン」


 振り返り、あの日自分を慰めてくれた青年にお礼を述べる。残された白い花びらのブローチが、日の光を受けてきらきらと輝いていた。



 おわり


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諦めて、もがき続ける。 真白燈 @ritsu_minami

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