第19話 2月10日

いよいよ受験の日が迫ってきた。

受験日は月曜日、初めて行く東京で迷わないようにと前ノリして行く事になった。

正確にいうと、前々ノリ。

土曜の夕方にこっちを出て、隆の兄さんの家に泊めてもらい、日曜に受験会場までのシミュレーションをすることにした。

スマホがあるから、迷うこともないとは思うが、父さんや母さんが「大事な受験なんだから、万が一のことがあるかもしれないから準備は万端にしておけ」と言って早めにでかけることになった、隆は就職の面接という理由をつけて一緒についてくることなった。

まあ、体のいい理由だ。一緒に東京に行きたかっただけだ。


運賃が一番安い高速バスで行く事にした。

高速バスはこれでやっていけるのか?と思うほどガラガラに空いていた。

隆と二人で席に着くと東京での生活の話で盛り上がった。


「こないだ部屋みてきたけどさ、結構きれいだったぜ」

「シェアハウスなんだけどさ、だいたい兄ちゃんの知り合いでみんないい人だったよ」


「俺・・・あんまり得意じゃないけどな・・・シェアハウスとか・・・」


「ははは笑、お前は昔から苦手だもんな笑、人付き合い」

「でもさ、ほら新しい場所で新しい自分を手に入れる?みたいな?」


「なんだよ笑、ただ東京で生活するだけだろ」

「そもそも、明後日の試験ダメだったら、それもできないんだからさ」


「いやいや、それはないだろ、お前すげーがんばってたじゃん」

「受かるよ絶対」

「ほら・・・あと・・・あいつのためにも受かんねえとダメだろ・・・」


「・・・・・・」

「そうだな」


少し沈黙ができてしまった・・・・・


「じゃーーーーん」

「親父の持ってきちゃった笑」

そう言って隆は、ビールとチューハイをリュックから出した。


「お前、俺受験にいくんだぞ、いくらなんでもまずいだろ」


「いいじゃん、他に乗ってる人ほとんどいねーしバレねーよ」

「オレたちの未来に乾杯しようぜ」


「こないだでわかったんだけど、俺酒弱いんだよ」

「明日に響くからやめとくよ」


「そう思って、このチューハイもってきたんだよ、ビールよりアルコール低いから大丈夫だって」


隆の強引さに負けて俺はチューハイを飲んでしまった。


「お前もさ、たぶん大学いったら飲まされるんだから、少しは慣れとかなきゃな」


「隆・・・お前結構前から飲んでただろ笑」


「まあな、漁師の息子が酒飲めねえってありえねーだろ」

「中3くらいからかな笑」


「まじかよ笑」


受験勉強であまり隆とは話す機会がなかったので久々にくだらない話で盛り上がった。

小学校の頃のサッカーの話、中学のジダン事件。

ベースをくれた先輩のサッカーのプレイの話。

折原や、孔明の話・・・・・・


これからの話もした


「俺さ、勉強の息抜きに毎日15分だけだけどベースを弾いてたんだけさ、結構上手くなったんだよな、お前が教えてくれたレイジの曲くらいならなんとか弾けるようになったぜ」


「おっまじで?」


「うん、大学行っても続けようっていうか・・・バンドやってみたいって思ってんだよね」

「もちろんボーカルはお前にやってほしいんだけど」


「おおおおお、まじ?やるやる!!!」

「オレさ、トラック作りも少しやってんだよ!2人でもやろうと思えばできるよ」


「それもいいな、でも、バンド作って知らないやつっていうか、気が合いそうな奴ともやってみたいかなって」


「お前やっぱ変わったな・・・良いじゃん、今のお前のほうが良いよ笑」

「いやぁ、折原ちゃんも東京だったらなぁ・・・・」

「折原ちゃんをなんとか説得してバンドに入れたらぜったい人気になったのになぁ」


「それ多分俺たちいらないぞ笑」


「あはは、そうだな折原ちゃんだけスカウトされてメジャーデビューだな笑」



1時間くらい話をして県境を超えたあたりで、俺は酔っ払っていることを自覚しだした。

やっぱり親父に似て酒に強くない体質なんだろうな。


あれ・・・


視界がどんどん狭くなり、暗くなってきた・・・・

隆ははじめ「なんだよ、大丈夫かよ」とふざけて言っていたが、「おい、大丈夫か?」「おい・・光・・・・・」隆の声もだんだん聞こえなくなってきた。


目の前が真っ暗になって隆の声が聞こえなくなった・・・


ビービービービービー!!!!!!


頭の中で警告音が聞こえる。


『目標の行動範囲外の移動を確認』

『目標の強制終了を作動します』

『目標の行動範囲外の移動を確認』

『目標の強制終了を作動します』

『目標の行動範囲外の移動を確認』

『目標の強制終了を作動します』

『目標の行動範囲外の移動を確認』

『目標の強制終了を作動します』





2月11日


目が覚めると家のベッドだった。

リビングに行くと姉ちゃんがいた。


「あんたさ、友達とはしゃぐのはいいけど時期を考えなさいよ、明日受験でしょ?」


そうだ、思い出した。

隆が東京の就職先の面接に行くというから、隆の家で壮行会と称して酒を飲んでしまったんだった。

まあ、受験は明日だから大丈夫だろう。

しかし、俺は本当に酒が弱いんだな。。。。。なにもかも父さんに似てしまったんだな。


俺は隆、いや、折原、孔明・・・先輩たちみたいな才能はない人間だ。

ごくごく普通の人間、そう父さんみたいに。

才能がある人間はこの街から出ていくが、俺みたいな奴はこの街で普通に生活をするのが一番だ。

明日の受験だってまあ大丈夫だろう、隣町の大学に行って、父さんみたいに公務員になって、この街で暮らしていくんだろう。

俺にはそんな生活がちょうどいい。

きっとこの街で結婚して、父さんみたいに普通の家庭を築いて暮らしていくんだろう。




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漁港のアンドロイド ヴァンター・スケンシー @vantar

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