シンデレラ

空き缶文学

山道にて……

 馬車が山の道を走る。

 荷台を包む布は丸く、橙色が少しくすむ。

 フードを深くかぶった御者は、静かに手綱を握り、休まず走らせている。

 薄暗い景色、木々が並ぶだけの通りを眺めることもなく、荷台の中、鼠の体毛のような色をしたローブを着た人物が読書をしていた。この人物もフードをかぶっている。

 本が雑に積まれ、時折車輪が跳ねるとバランスを崩す。女性二人が握手をしている表紙が多い。

 フードの奥で桃色の唇と鼻で静かに呼吸する。

 電池式のランタンを吊るし、足元にはスコープ付きのライフル銃。ボルトアクション方式。銃弾が入っている紙箱が散らばっている。他にもナイフや肉切り包丁。

「……」

『……』

 お互い会話などなく、ただ沈黙が流れた……――。




 数発の破裂音が森のなかに響いた。

 二足歩行の人食い狼は、貫通した胴体から血を吹き出しながら地面に倒れる。

 同じように三匹が倒れた。

 ボルトアクションライフルを持つ狩人は、ふぅ、と一息。

「こんな町の近くに人食い狼が来るようになるなんて」

 嘆く狩人に、同行している依頼者はショットガンの銃口を下ろし、

「狩人をもう一人雇わないとキリがないな、町長に頼んでみるよ」

 そう提案する。

「あぁ、そうしてくれると助かる」

 二人の耳に蹄と車輪の地面を削る音が聴こえ、目を丸くさせた。

 丸い、橙色が少しくすんだ布が張られた馬車。

 馬はゆっくりと走るのをやめ、狩人と依頼者の近くで停まる。

「なんだ? こんな時間に」


『……』


 フードを深くかぶる御者は微動だにしない、黙って手綱を握っているだけ。

 怪訝な表情を浮かべた狩人と依頼者。

 すると、布を捲って荷台から降りてきたローブに身を包んだ人物が二人の前に現れる。

「どうも」

 桃色の唇が動き、高い声が挨拶をした。

「女性? 道に迷ったとか?」

「こんな山道で、しかもヒールなんて履いて」

 狩人はライフル銃を下に向け、ローブを着た人物に近寄っていく。

「……この狼たちはどうなさったのですか?」

 そんな疑問を口にされ、狩人と依頼者は首を傾げた。

「どうって、駆除に決まっているでしょう。最近は人里まで降りてきて、被害に遭ってばかりですから、これ以上の危険が及ぶ前に」

 狩人は瞳孔を大きくさせて、よろよろと後ろに下がる。

「どうした?」

 ライフル銃を落とした狩人に、依頼者は戸惑う。

 やがて音を立てて血液が地面に垂れていくのが見え、背中から倒れた狩人に、依頼者は顔を引き攣る。

 狩人の心臓部にナイフが突き刺さっていた。

 突然のことに尻もちをついて後ずさる依頼者。

「可哀想なことしないで、彼らも生きているのよ? 危ないと思うなら、町に柵をしたり、威嚇射撃をしたりすればいい」

「な、なにを……っ?!」

 狩人が落としたライフル銃を拾い、ボルトハンドルを前に押し、右に押し下げ、依頼者に銃口を向ける。

 依頼者はショットガンを慌てて向けるも、爆発のような破裂音が響き、ショットガンが手元から弾け飛ぶ。

 ボルトハンドルを引いて排莢させ、再び前に押して、右に押し下げた。今度は依頼者の体を狙う。

『エラ!』

 ローブの人物は手を止めた。

『やめろ』

 ため息を零し、ボルトハンドルを上げて後ろに引いて排莢した後、底のプレートを開けて、装填されている銃弾を取り出す。

 空になったライフル銃を息絶えた狩人の腹の上に捨てた。

「貴方、可愛い子孫達を見殺すの?」

『……目的が違う』

「そう、仕方ない。それじゃおじ様、お気をつけて」

「な、なあな……」

 腰を抜かしてしまい、まともに喋れない依頼者を残し、馬車は再び走り出す。

 荷台の中、フードを外して一息。アップにしたブロンドの髪に、青い瞳が露わになる。

 ローブを脱げば、青いワンピースドレスとガラスのヒールが輝く。

『エラ、ワシは人食い狼に同情なんぞしていない』

 手綱を操り、御者は大きな口で静かに答えた。

「彼らには貴方の血が流れているのに?」

『…………どうでもいい。それよりもエラ、お前は人を探しているんだろ?』

 エラは青い瞳を輝かせて、うっとり、と頬に手を添える。

「そう! 可愛くて強い子なのよ」

『……どんな奴だ?』

「背が低くて、四足で歩く大きな狼さんを連れ歩いて、ライフル銃とリボルバーを持っていて、赤い頭巾をかぶっているわ。とっても可愛い、あぁ、レンズ越しに覗いたあの子はどこにいるのかしら!」

『ちゃんと面と向かって話したことはないようだな。会えるかどうかも分からんぞ』

 呆れた御者は鼻で笑う。

「きっといつか会えるわ。希望を諦めなければ夢は叶うものよ」

 余裕の笑みを浮かべるエラに、御者はもう一度鼻で笑った……――。

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