東京殺人教室

redstennis

第1話

 あなたは人を殺したことがありますか?、、私は人を殺したことがある、、、何度も、何度も、、、


1.

 今日もまたあの恐怖と絶望の世界が待っているのかと思うとこのままどこかに消えてしまいたいという衝動に駆られる、、しかし戻るしかない、、

 

 買い物をしてアパートに戻る、、ポストに郵便がいくつかある、、どうせあいつはパチンコして近くの居酒屋にでもいるのだろう、、暴力も嫌だが、タバコの臭いは耐えられない、、小さい頃に父がタバコ吸いで母が、嫌だ、嫌だ、あなたはタバコ飲みとは結婚してはダメよと何回も何回も愚痴っていたのが体に染み付いていたのだ、きっと、、、

 お弁当を食べ、怖い亭主気取りの彼がきっと要求するだろう酒のおつまみを作り、ボーッとテレビを観る、、テーブルに置いた郵便は宣伝か請求書だ、、


 「東京殺陣の会のご案内」??その一通が目を引いた、、

 「さつじん」、、何となく封を切っていた。。

 「東京殺陣(たて)の会は伝統ある会ですが、従来の殺陣の研究に加えて、背景にある殺害の方法についても研究する研究会でもあります。今回は無料体験入学のお勧めで、お試し教室のご案内です。詳しくはネットからでもご覧頂けます。貴方の受付番号は564番です。尚、当会は決して公序良俗に反する行為、犯罪を勧めているものではありません。単に殺人方法を研究し、如何に犯罪が無意味であるかを理解しようとするものです。犯罪は割に合いません、寧ろ思い止まるようお願いしております。是非一度ご参加下さい」、、、

 何だ、”さつじん”ではなく”殺陣”ー”たて”か、、何だか訳の分からないものだ、馬鹿馬鹿しい、殺す方法なんて、、すぐにゴミ箱に捨ててしまった。


 彼が戻り、またお酒を飲み、目が座ってくる、、怖いが体が動かない、、暴力も嫌だが、「ふん、お前のような暗い女はね、キャバクラにも売れないんだよ、」、、この言葉が惨めに突き刺さる、、後は、、、

 

 翌日、殴られた顔をさすりながら、ふとゴミ箱からDMを取り出し、スマホで東京殺陣の会をググってみる、、DMと同じような内容だが、一人で泣いているよりもその方法を”研究”して少しでも気持ちを逃した方が良いかな、、、 


2.

 そのビルは繁華街の雑居ビルだった。部屋番号を押す、、ピンポーン、「ハイ、東京たての会です」と男性の声だ。

 「あのー、ネットで見て来ました」

 「はい、では受付番号を教えて頂けますか?」

 「564番です、、」、ちょっと間があり、、

 「分かりました、どうぞお入り下さい」、ビーっとドアが鳴って、ビルに入る、、エレベータに乗り、指定の階で降りる、指定の部屋の前でまたインターホンを押す、、

 「564番です」

 「ハイ、どうぞお入り下さい」

 部屋に入ると、サングラスとマスクをした黒い服の男が立っていて、一瞬ドキっとするが、声は割と明るいので少しホッとする。

 「ようこそいらっしゃいました、さあ、どうぞ、こちらへ。。スミマセン、こんな格好で、雰囲気を出そうと思いまして、、先ずこのガウンとマスクをして頂きまして、そのドアから教室にお入り下さい」、、何の雰囲気だ、、


 教室に入ると同じようなガウンとマスクをした男女数人がソーシャルディスタンスを取るようにポツポツと離れて座っていた。学校のように前に向けて小さなデスクが並んでいる、、ガウンは特徴を分からないようにする為か、、、

「席は自由ですから、お好きなところにお座り下さい」、、小さい頃から引っ込み思案で地味な性格だし、いつものように一番後ろに座った。


 「改めてようこそ体験教室にお出で頂きまして、有り難う御座います。講師の左丹です。今日はお試し受講ということで、殺人の方法の研究の入門編をテレビのサスペンス劇場を参考に説明致しますが、質問も自由です、皆さんと一緒に研究したいと思います」、「その前にお手元の誓約書にご署名下さい」、、誓約書には、”本講習で得た知識、経験を決して公序良俗に反する行為または或いは犯罪行為に用いないことを誓約致します”とあった。


 「、、、というように殺人の方法はテレビでは色々ありますが、実際にはなかなか簡単ではないと思います。毒殺には毒が必要ですが、そうそう簡単に入手は出来ません、、よく以前メッキ工場で働いていたとかありますが、メッキ工場に務めたことがありますか?」

 「サスペンスドラマでは2時間あれば殺人は完成しますが、突然万座毛や東尋坊に飛んだり、そして半年が過ぎたなどと簡単に言いますが、、実際問題、我慢が必要ですし、、焦りは禁物でよく作戦を練り、長期戦で臨む考えが必要です」 

 「重要なのは動機です。動機がないと検察も結局起訴出来ません、なので、動機の原因を取り除く必要があるかも知れません」

 ・・・

 「では、本日の入門講座は終了となりますが、別室のブースで個別相談、カウンセリングを行いますので、順番にどうぞ、、、」、大した内容でもなく、2時間ドラマの受け売りかとも思ったが、受講料が無料だったので仕方ないか、、


3.

 個別相談は、話は具体的になった。悩み、DVや借金の状況なども聞かれ、最初はおずおずとだったが、段々辛さと惨めさでついつい愚痴ってしまった。。

「たての会としては実際の殺人、犯罪は得なことは何もなくお勧めておりません、単に架空の研究をしていることをご理解下さい」と話しつつ、"反対とお取り下さい"のメモを見せた、、誰か盗聴でもしているのか??

 

 「あの、それで料金はどうなるのでしょうか?お金も余りないので、、」

「通常はコースにより、、」"50万"とメモが上げられ、”100万”「とかですが、お客様のお辛い状況を勘案して、キャンペーン中でもありますし、お支払い頂ける範囲で結構です」、、、

 そして、詳しい説明と指導があった、、、”はた目に同棲相手と仲良く見せる、、生命保険はかけない、、愛想をよくし、明るく演技する、、好きな蕎麦打ちのセットと麺棒を買うこと、、毒や包丁は避ける、、、慎重に行動パターンを調べ、少なくとも半年は時間をかける、、、ごく自然な形で事故を装う、、共犯者は持たない、飽くまで自分でやるしかない、、、」、、そんなこと出来るだろうか??


4.

 島田という男がいつものように酔っ払ってフラフラ歩いている。”フフフ、最近は知子もようやく俺の良さが分かったようだ、大分愛想もよくなってきたし、俺の好きな蕎麦も作ると言ってやがる、、他に大口の金の当てもあるけどな、でも、もっとあいつを働かせよう、、」、こうした生活は良いものだ、酒を飲んで、楽しく暮らすのだ、、

 ”神社を通り抜けて帰るのが近道だ、夜は暗いが寧ろ酔いをさましながらで丁度良い、、フン、この急な階段から落ちると一たまりもないよな、、、”と思った瞬間、頭の後ろに激痛があり、そして誰かに後ろから突き飛ばされた気がした、、、アッという間もなく転落し、嫌な音がして首の骨が折れた、、

 一人の老婆が、振り返りもせず、老婆にしては足早に歩いて立ち去った、、、


5.

 「ねえ、滝沢、この間、酔っ払いの男が神社の境内から転落して亡くなったことがあったけど、あれってホントに事故死だったのかしらね、、」と荒井女刑事が、警部だ、、

 「エッ、荒井警部、何かおかしいっすか」と若手の男刑事、滝沢だ。

 「うーん、ちょっと気になるんだな、、」

 「へへへ、女の勘ってやつですか」

 「違う、、刑事の勘だよ」

 「何が変なんですかー」

 「うん、、あの転落事故ね、、丁度あの近くを歩いている老婆の目撃情報があったのだけれど、そのお婆さんは見つかってないんだ、、近くの防犯カメラも確認したけど写ってないし、でもそんなに早く歩けないでしょう、、」

 「そのお婆さんが突き飛ばしたとか?」

 「分からない、、けど、何か気になる」

 「同棲していた森という女にはアリバイがあったみたいだし、、死んだ男の島田はまあひもみたいな感じだったらしいですね、、保険も掛かってないし、結構最近は仲も良かったようで、よく腕組んで歩いている姿が見かけられた見たいだし、結局事件性はない事故死として処理されましたよね」

 「一つ、気になるのは、その女性が、東京殺陣の会と云う怪しげな会に出入りしていたようなんだ、、」

「だから??」


・・・


 「荒井警部、言われて東京殺陣の会を調べてみましたが、結構歴史の長い、まともな、たての型を習う道場みたいなもので、特に何も怪しい点はありませんでしたよ」

 「でもそれなら何故、あの森っていう女はその会に行ったのかな、、いつも同じ生活パターンの中で唯一、あの女の変わった行動だったんだ、、、」

 「えーと会員ではなかったそうですよ、、確認して貰いましたけど、、」と、滝沢だ、、、

 「うーん、何か引っ掛かるなあ、、」

 「考え過ぎですよ、もう終わってる事故だし、、」


6.

 どうしたんだろう、、殺陣の会の人と相談して、明日の夜決行の予定だったのに、、島田が事故で勝手に死んでしまった、、、ここ半年くらい準備してきたのだけれど、拍子抜けというか、おかしな気分だ、、これでもう自由なのかと思うと、本来なら嬉しいのだが、準備が無駄になってしまった感じがする反面、ホッとしたような気もする、、これからのことはゆっくり考えようか、、、自由に、、

 気分を変える為に引越しでもしようか、、いや、待てよ、たての会の人が、うまく事が成就したとしてもその後すぐには急な変化、大きな買い物とか、引越しとかしない方が良いと言われていたのを思い出した。暫くは大人しくしていようか、、、


7.

 ピンポーン、、

 「はい、、」

 「森さん、スミマセン、新宿中央警察署の者ですが、先日の島田さんの事故について、またちょっとお話を伺いたいのですが、、」、あの女刑事だ、、、

 ガチャツとドアノブが鳴り、キーッと鳴りながらドアが開いた。

 「荒井です」、「滝沢です」

 「スミマセン、早速ですが、、島田さんですが、何か変わったこととかなかったですか?誰か友人とトラブルになったとか、借金とか、、ありませんでしたか?」

 「いいえ、特には、、覚えていませんが、、借金はありましたが、最近は競馬が当たったとかで私もアルバイトは軽めで済んでました、、、」

 「事故の日ですが、近くでお婆さんが目撃されているのですが、白髪混じりだったそうで、何か心当たりありませんか」

 「お婆さんですか、、いいえ、分かりません、、」

 「それは麺棒ですか?」

 「アッ、ハイ、島田が蕎麦が好きだというので作ろうかと、、、」

 「それ、ちょっとお借りしても良いですか?」と荒井刑事だ。

 「ハイ、構いませんが、、、何かあるのですか?」

 「いえいえ、念の為です、島田さんに打撲痕があるので、色々な物と照合してまして、形を参考にしたいと思いまして、、」、笑いながら荒井刑事が答えた。 


・・・


 「麺棒って、何で借りたんですか?」

 「滝沢、、蕎麦打ちってね、結構大変なんだよね、気持ちにもお金にも余裕がないとやらないんだ、特に主婦はね、、だから見た時に何か違和感を感じたわけ、、まあ、何も出て来ないだろうけどね、、、」


8.

 驚いたことに麺棒にはルミノール反応があった。僅かだか島田の頭髪の痕跡も発見された。森の指紋も付いていた。。急遽森のアパートの家宅捜索を行ったところ、白髪混じりの女性物のウイッグも発見された。

 森は警察署で任意で事情聴取を受けることになった。


 「森さん、麺棒に島田さんの頭髪と血痕がついていたのですが、どうしてでしょうね?境内の階段から落ちる時に頭を殴られた可能性もありますよ」、女刑事は探るような目付きで聞いてきた、、

 「、、どうしてそうなっているのか、全く分かりません、、、」

 「ウイッグはどうしてお持ちだったのですか?島田さんが転落した時に白髪混じりの老婆が目撃されているのですが、それって森さんが変装したのではないですか?」

 「い、いいえ、その時は私は新宿をブラブラしてましたから、、私ではありません」

 「一応森さんらしい人を見たとの証言もあるのはあるのですが、確かでもないのですよ。本当に現場には居なかったのですか?よく思い出して下さい」

  

 内心はドキドキしていた。実際に殺していないし、神社にも居なかったのだから、、でも翌日だったらと思うと動揺が止まらない、、多分刑事にはそれが伝わってしまうのだろう、、、


 「話は変わりますが、、東京殺陣の会をご存知ですか?」

 きたと思った、、でも変に否定するよりも少しだけの事実を認めて多くは否定することを勉強したので、、、

 「はい、、一度覗いたことはありますが、、それが何か?」

 「一部に宗教団体で洗脳したり、犯罪に手を貸すという噂もありましてね、、何かありましたか、、」荒井刑事のブラフだ、、、

 ドキツ、そうなのか、、洗脳された?のか、、、頭の中がグルグル回る、、

 「知りません、何のことか、、ただ、殺陣に興味があったもので、でも退屈で面白くなさそうなので、すぐ止めましたので、、それだけです」

 

 個別相談で言われたように、島田の後をつけ、行動をなぞり、愛想も良くし、好きでもない蕎麦を作り、、数ヶ月、時々老婆の扮装をして神社や島田の居酒屋の近くをゆるゆると腰を屈めて歩いて見せていたことがバレたのだろうか??

 女は段々追い詰められる感覚を覚えた。


 ”この女は何かを隠している”、、荒井刑事はそう直感した、、この森という女が犯人なのか、、それとも共犯が居るのか、主犯が別に居て森が共犯なのか、、

犯人だとすると森は老婆の振りをして後ろから麺棒で島田の頭部を殴り、そして突き落とした、、それ以前にも老婆は目撃されていた、、でも何故麺棒なのか、、

 それにしては、凶器かも知れない麺棒やウイッグを部屋に残しておくのは不自然だ、、、やはり”東京殺陣の会”に何か裏があるのではないだろうか、、、


9.

 その情報は別の部署から飛んできた。

 代議士の妻が覚醒剤所持の疑いで検挙されたのだが、その捜査の過程で島田がどうやらその妻を強請っていたというものだった。動機のあるもう一人の女性がいたのだ、、その妻は元々金持ちの我儘娘だそうで代議士と結婚したが、ホスト遊び癖は止まらず、更に覚醒剤もやっていたらしく、島田がそれをネタに強請っていたようなのだ。

 そしてその自供の中で”東京殺陣の会”を通じて島田の殺害を高額で依頼したこともベラベラと喋ったそうだ。島田の強請りに応じて金を払っていたが、このまま一生強請られるよりは殺害する方が得だ考えたようだ。

 どうして東京殺陣の会なのかは不明だが、、どうも元々ある殺陣の会の部屋を休日に会議用として貸し出していたことがあるらしい、、、講師は左丹という名前の男性だったと供述している。

 また、左丹は保険として犯人の身代わりを立てるから心配ないと言っていたそうで、それがきっと森だったのだ、、代議士の妻は左丹に大枚叩いたようだった。。

 

 恐らく、、左丹は、島田を探り、その女の森が島田を憎んでいることも知ったことから、森に誘いのDMを送った、、休日に教室を設営し、森以外の数人の受講者はエキストラだったのだろう、全て、森に罪をかぶせる目的であったのだろう、、それなら森にやらせれば良かったのではないか、、いや、森は動機はあるが、気持ちが弱く、失敗する可能性を恐れたのではないか、それでも一応保険の意味で引き込んだのではないか、、と、思われた。。

 そして、麺棒を持ち出し殺害に使い、ウイッグも森の部屋に仕込んだのだ。。


10.

 左丹の素性も行き先も分からないが、恐らく請負の殺し屋だと思われた。

 「それじゃあ、その左丹という殺し屋が老婆に化けて島田を突き飛ばしたといいことですかね、、」

 「滝沢くん、多分そういうことだよね、、それで麺棒とかウイッグを森の部屋に仕込んだんだ」、、


・・・


 「森さん、あなたは殺人教唆、幇助になる可能性があるしね、、殺意があったから東京殺陣の会に行ったのです、それ間違いないですよね、、十分罪深いですよ」


 今にして思うと、つい無料体験受講に釣られて目がくらんだが、本当に殺したいと思っていたのだ、、実際には手を染めてないが自分でやったも同然だ、、寝覚めが悪い気がする、、


 「あのー、私はどうなるのでしょうか、、」

 「殺人未遂でもない、準備しただけ、実行もしていない、、でも本気で殺そうと思っていたでしょ、、気持ちは殺人者だよ、きっと何度も何度も殺してきたんだよね、心の中で、、、あなたは島田の犠牲者で、同情もするけどね、でもね、殺人は人としてやっちゃいけないんですよ、、もし本当に実行していたら、簡単に捕まっていましたよ、、今後は十分反省して真っ当に生きるんだね」、荒井刑事から突き放されたように言われて、、その通りだとゾッとした、、、トボトボと自分しか居ない狭い、寂しいアパートに戻る、、これから私はどうしたら良いのだろう、、多分私は依存症だ、グウタラな男しか私を見てくれないだろう、、、

 

・・・


 1年ほどして、、似たような事件が別の警察署の管轄で起こった。どうやら”東京殺人教室”がまた開かれたようだ。左丹がまたやってきたのだ、、殺人は割りに合わない、、でも、次は、、貴方にDMが届くかも知れない。。。


終わり

 



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